何かを表現する、ということについて | 漫葉集。

何かを表現する、ということについて

今日もマンドリンの練習に行ってきました。


練習の過程で、ただ譜面通りに弾くだけでは本番で素晴らしい演奏をすることはできません。
練習回数を重ねながら、「ここはもっとこういう雰囲気で弾く」などと指揮者や奏者自身の意見を出しあって曲を作っていきます。

こういうとき、細かいニュアンスを言葉で説明するのはなかなか難しいので、色々なものに例えることが多いようです。



(例1:今日の合奏中)
指揮者「(譜面を指しながら)…それで、この小節から素早く音量を上げて弾いて下さい。
ここでいきなり雰囲気をガラッと変えるような感じね、」

奏者「どんな感じにしたらいいんですか~?」

指揮者「えーと、……あの人、今流行ってるやん。あの…

3の倍数で変になる人!

ほらあの、
『1、2、さァん!』の
『さァん!』
みたいな感じで弾いてな」
(勿論ジェスチャーつきで説明)


…。
……。

先生、わかりやすく説明して頂いてありがとうございます。

お教えの通り、この小節では精一杯ナベアツになりきって弾こうと思います。

ただ、
忠実にやろうとするあまり楽器から両手離して白目剥いてしもたら、

本番当日にせっかく来てくれはったお客さんがそんなん見て帰ってしまわはったら、


…そん時は、そん時は、1時間土下座さして頂きます。



(例2:大学時代のクラブにて)
指揮者「ここはDolcissimo(音楽記号の一種。「非常に甘く」の意)で弾いて下さい」

奏者「ドルチッシモて、実際どんなふうにやったらええのん?」

指揮者「…ハチミツ~な感じで弾いて下さい」


…。
……。

先生!
あの有名な、上半身だけ服着てるハチミツ依存症の黄色熊が襲いに来ますよ!



…要するに、指揮者はまあ色々と大変であるということです。

今日もくだらなくてすみません。