今回で、お金に関わるお話の最終回とします。
まず、これが今までに書いたものの中で一番大事であって一番難しいと云うか出来づらいお話かもしれません。
ユダヤの教えの書物の中にも指摘されている事で、
『世の中の為になるように自分の所得の中から社会に役に立つ為の寄付をする。』
と云う行為だ。
自分のお世話になった地域や卒業をした学校、病院、老人ホームや自分の信じている宗教などに対する寄付だ。
これが私も一番出来なかった事だ。
20歳の頃から、仲間とチャリティークリスマス会を行ってパーティーの収益や物をチャリティーで寄付してもらいその売却したお金を八王子の社会福祉協議会に寄付を始めていたが、個人からの寄付行為に移行する事の難しさを一番感じたものだ。
当時、会社設立をした2年目の平成元年に消費税が導入され、コンビニの募金箱におつりでもらう1円玉、5円玉、10円玉などは入れる事が出来たが、500円玉とか1000円札などを入れるまでには、気持ちがなれなかった。
『この500円があれば、吉野家の牛丼食べれるのに!』
『この1000円があれば、ガソリンの足しになるのに!』
とか普通に思って中々書物に書いてあるような所得の10分の1を寄付できるようになんてとても出来ない心構えだったものだ。
でも、毎年寄付する事が大事とは頭の中でわかっていたので、毎年年末に会社と個人から社会福祉協議会に寄付すると云う事と毎年少しでも寄付額を増やして行こうと云う事を心に決めた。
そして、次の年の年末に個人で1万円を寄付した。
もちろん、その時も
『この1万円があれば○○が買えるのになぁ~』
と思いながら。
次の年の年末は、5万円。
その次の年の年末は10万。
その次の年の年末は20万円。
と、この頃までは
『これで電化製品買えるのになぁ~』
とか思いながら、寄付をしていた。
でもこの頃になると心境の変化も表れてきた。
『寄付をさせていただいている』
と自然に思えるようになってきたのだ。
そして、その頃から明らかに神様のご褒美とも思える人との出会いやご縁をいただくようになっていった。
偉そうな事を書いたが、この寄付の本質を伝えたく金額なども書いてしまったが、寄付について真剣に向き合って欲しい為に書かせていただいた。
間違っても、
『寄付するお金があるなら私に恵んでください!』
的な発想は勘弁願いたい。
実際にこのブログを観た後輩で、何年も前にそういう事を言って来た人もいたが、この事を書いているのは何度も言うがロンサムゲームでないのだから、まず自分でもお金に対する考え方や習慣を始めて欲しいだけで書いているので是非ご理解を願いたい。
ある本に書いてあったが、
『世の中の為になるお金を寄付できるようになるとお金が一気にぐるぐると廻って来るようになる』
と。