
5年前の12月、ロンドンでの話。
オレは世界一周の貧乏旅行中で、調べた中で最も安値のホステルに一週間ほど滞在していた。
一泊3000円弱、部屋はドミトリー、大部屋に二段ベッドが5つ有り、10人泊まることが出来る。
その部屋のベッドはオレが入ったところで満杯となった。
短期滞在の旅行者はオレだけのようだった。
ロンドンは家賃が高いので地方から出稼ぎに来た若者はホステルに長期滞在し、職場に通うのだ。
彼らは皆、同じ部屋を共有するなりのきちんとしたコミュニケーションをとっていた。
挨拶をしたり、譲り合ったり、騒がなかったり。
だがしかし、一番奥のベッドの黒人の青年だけは誰とも口をきかなかった。
さて、クリスマスだ。
日本と違ってイギリスのクリスマスは神聖なものらしく、一年の中でもっとも大切で、家族が集まって心を温めあうという特別な日なのだ。
日ごとに宿泊者は減っていった。
そう、クリスマスは家族のもとですごすためだ。
最初、ゼロだった空きベッドは日が経つにつれ1つ、2つ、4つ、7つとどんどん増えていった。
新たな客も入ってこなかった。こんな時期にくる観光客はもっと良いホテルに泊まる。
12月23日。
隣のベッドのジェームズと呼ばれていた青年がオレに「じゃあね、キミも良い旅を……」とトランクを引いて部屋を出ていった。
部屋に残った2人のうちのオレでない方、一番奥の黒人青年には声をかけなかった。
もともと一人旅のオレは全く寂しさなんてなかった。むしろ独占可能となったLAN線にPCをつなぎ、悠々と次の訪問地の安宿の物色をしていた。
ふと気づくと、後ろにさっきまでベッドで寝転んでいたはずの黒人青年が立っていた。
「……○、○×△■、ミヴァウア、……??○×△■?」
英語ではなかった。
彼は英語がしゃべれなかったのだ。
しかも彼の言語はフランス語でもスペイン語でもドイツ語でもないように思えた。
オレがきょとんとしていると、彼は察したのだろう。
「……ユ、ユー(あなた)、……リーブ(去る)、フェン?(いつ?)」
「……、トゥッ、トゥモロー」
「…………」
彼はその後なにも言わずにベッドに戻った。
そして、もとと同じように寝転んだ。
翌日オレは、空港に向かうため朝6時に起きた。
簡単に身支度をし、バックパックに荷物を詰めた。
布団にくるまっている彼に声をかけるべきか迷った。
がしかし、朝6時ということと、話したのが前日の一言だけということから、オレは声をかけないことを選択した。
ドアを閉める瞬間、彼が鼻水をすする音が聞こえた。
それが風邪なのか、泣いていたのか、
今でもこの季節になるとふと頭を過ぎる。

