私の右眼は視力ゼロで眼球は萎縮し、瞼が覆っていつもウィンクしている状態らしい。左眼は明るさを感じる程度であるが辛うじて右眼ほどには崩れてはいないようだ。
そんな酷い状態になったのはいつの頃からだろう。
久しぶりに会った息子が、テレビで義眼を使用することでかなり外見が正常に戻った女性のことを話して、それを勧めてくれた。さらに、ブラインドヨットの仲間で、奥様が、わずかに萎縮した片眼をアートメイクにより目立たなくしたと教えてくれた。
自分では自分の顔が見えないので、どの程度哀れな顔に変貌したのか気づかなかったが、というよりも気にしていなかったが、たまたまそんな見た目の話が重なって耳に入ると、偶然ではないような気がして、眼科の主治医に相談してみた。
結果的には、自分の右眼は萎縮して外側を向いていので、アートメイクでは手遅れのようだ。
外側に向いた白濁した瞳の女性が目の前にいたら恐怖かもしれない。瞼が隠してくれているのだろう。見えてないのが幸せかもしれない。
顔がホラーなら、きっとそのうちに心もホラーに変容していく。そんな短編が書けるかも。
主治医に義眼の扱いは難しいのではと聞いたが、とにかく私は義眼一択らしい。
まだ何も決めていなかったが、速攻紹介状を書いてくれた。
主治医もまた、私の見た目を憐んでいる一なのかもしれない。
ちなみに、ここでの義眼とは残っている眼球に被せる大きなコンタクトレンズのようなものである。。
主治医に紹介されたオフィスは横浜の野毛にあった。
そこでは技術スタッフさんによる簡単な説明があったので、扱いが難しいのではと聞いてみると、特殊義眼は水洗浄だけでよさそうだ。
自分が50年前に使用していたソフトコンタクトレンズは、まだ発売されたばかりだったが、保存液や洗浄液なんてのがあったし、それから間も無く煮沸消毒なんてのもプラスされていたし扱いは大変だった。半世紀前は、硬くて小さいハードコンタクトレンズからソフトコンタクトレンズへ推移する画期的な時期だったと思う。
まあ、コンタクトレンズも義眼も目には入れるけど、目的は全くちがうのであるから、扱いは楽な方がいい。
とりあえずサンプルを入れてみることになった。
サンプルというと、なんとなく色見本のように、サイズ別にズラリ並んだ義眼をイメージしてしまう。
一斉に義眼がこちらを向いたらなんて想像するとワクワクする。
そこで「眼が並んでいるんですか?」と尋ねると、「そうですよ」とつまらない返事。いや、当たり前の返答だ。
義眼に対してはコンタクトレンズのイメージが払拭できないでいたが、全く大きさが違う。
眼球の半分を覆う感じ。
入れてもらうと意外に違和感はない。
ただ、これはちょっと小さいらしく、もうひと回り大きいものを入れてみた。
こちらは違和感というよりも右端の目尻内側が痛い。
しかし、大きさ的には左目とのバランスを考慮するとこちらがいいらしい。左目の色を確認すると、完成したら電話するとのことでその日は終了。何ともあっさり。
4月20日、いよいよ義眼デビューである。
オフィスの通りでは、野毛の大道芸フェスが行われて賑やかだった。
特殊義眼は浸透性のある素材が使われており、オーダーメイドがメインである。
技術スタッフさんから自分の義眼を入れてもらう。
やはり前回同様に右側の目尻の内側が痛い。
サイズの小さい靴を無理に履いている感じである。
慣れるから。そう言われても半信半疑だ。
今度は自分で着脱の練習である。
上瞼を持ちあげて義眼の上端を目と瞼の間に差し込むのだがなかなかうまくいかない。痛いくらいに差し込むとなんとなく入った感がある。
次は下瞼を引きさげて下端を差し込む。あっかんべーをした感じだ。こちらも難しいが、ペコンという感覚があると、装着完了。でも痛い。
義眼を外す時には、つまようじ三本くらいの太さのスティクの先についている小さな吸盤を、垂直に義眼に吸い付かせて、そのまま引き出すのだ。
ちょっとグロテスクである。
前回大きさ合わせのため義眼を入れた時にも、そうそう、さっきだって外す際にはこれを使用したはずだが気にしていなかった。なすがまま、されるがまま。
取り出す作業を自分で試してみて、改めてこの吸盤を利用する方法に驚嘆したのだ。
あとで調べてみると、指を使って取り出すこともできることがわかり、ホッとする。いちいちとりだす時に道具を使い、そのために持ち歩くことは少々ストレスを感じるからだ。
初日は慣れることなく痛いままで終わる。入れたまま就寝。
二日目は、痛みが右端の目尻内側から微妙に上に移動した。目を閉じることで痛みが軽減するような気がした。
義眼を洗浄した方がいいのか迷うが、取り出したら2度と装着したくないかもしれない。
ひと月も入れっぱなしのおじいさんもいると聞いてたので、そのつもりで、取り出すことはしなかった。
三日目は、さらに痛みが斜め上へと移動。痛みを感じる間隔が短くなった気がするが、それでも気付くと痛みを軽減するために瞼を閉じている。本末転倒である。
目尻にベタついた涙が溜まっている。
四日目は、さらに痛みが上端に移動。かなり軽減されてきた。取り出して洗浄してみたいが、また装着して痛みが振り出しにもどったらと考えると取り出す勇気はない。
五日目、痛みはあるが、だいぶ楽になってきた。この晩には水洗浄を決意。
いよいよサポートなしの一人で行う脱着。
技術スタッフさんは一人暮らしの私がもしも義眼を落としたらと心配していた。
ブリスがパクリと食べちゃったら、そのうちお尻から目が出てくるのかな。
そんなことを考えながら、吸盤スティックを垂直に義眼に近づける。ぺったり。それを取り出す。意外に簡単。
水道水で洗浄。次は目の中に戻す作業。
タオルを広げたテーブルの上で行う。
なぜタオルを用いるかといえば、落とした時に、義眼が弾むのを抑えるためである。
義眼には上下を間違えないように右側に印の凹みがある。
痛みを覚悟しながら上瞼の奥に義眼の上部を押し込むと、下瞼にも同様に押し込む。入った間隔がするまで繰り返す。
やっとペコンのっ感じがあって装着完了。
六日目は、昨晩の水洗いのせいかさっぱりした気分であるが、もちろん見えてはいないのだ。
ペン先ほどの痛みがたまにある程度であり、装用が楽になってきた。
それでも右眼は閉じ加減であり、瞼の筋トレが必要なのかもしれない。
七日から九日目まで。痛みはほとんどないが、たまにゴロゴロ感がある。ここまでで、私の義眼に気がついたのは一人である。瞼の筋トレあるのみだ。
十日目はもう一度義眼洗浄にチャレンジ。
吸盤ををペタリ義眼を引き出すが、同時に吸盤からはずれて落ちるが、テーブルの上のタオルの上だった。
こんなこともあるんだと、ひとつ経験。
洗浄した義眼を目に戻す作業。
義眼の上端を上瞼の奥に差し込む。下瞼も同様に。その感覚はまだつかめないなあ。
※特殊義眼は補装具として公的な補助金の交付がうけられる(吸盤スティックと補完容器(別料金)。



