最初に出かけて行ったのは、出雲だったけれど、その時はこの先もあちこち行ってみようという考えは毛頭なかった。

 

その9か月後、再び出かけていくようになったのは、軽い感覚だったのだけれども、それが今に至る軌跡の始まりになった。

 

滋賀の水口という駅で降りた時、辺りはありふれた住宅街があった。観光スポットでもない土地を訪れるというのは、おそらく生まれて初めてのことだと思う。

 

当時、観光地に行くことが旅行と思っていた自分にとって、これは何と言ったらいいのだろうと思ったのを覚えている。

 

こういうことでもなければ、おそらく一生涯訪れる機会がなかった土地に立ち、歩いているという時間は、新鮮な体験だった。

 

言ってみれば、イベントそのものが観光地になっているということだろうから、今の地域振興のアピールの一種だったに違いない。

この日、渋谷のクロスFMに行った。思い返せばあの時から7年の年月が流れていて、今日に至る。そんな感慨が湧いた。

 

何だか、長い長い旅路の果てに7年前のあの時に戻ってきたような感覚にとらわれたかのような気がした。

それは長い旅路のちょうどよい区切りのような感じもすれば、ここからまた新しい何かにつながっていくような気もして、判然としない。

 

旅というものは、本来目的があってないようなものだから、ここが終着地が最初からわかっているものではない。改めてそう思う。

 

あてもなく彷徨い、漂泊の思いを抱いて、ただ進んでいくだけ。その先に何があるかとか考えるのは無粋というものなのかもしれない。