初めまして、高町サイトです
リアルネームはネットということで出しませんのでご了承ください!
仕事は工場に機械や、部品を配送する仕事をしております。これは半年前にできた出来事なんですが、仕事最中におきました。
簡易プレス機をトラックにつんでいる最中に、それが自分の方に倒れてきてしまい、その瞬間に意識が遮断されてしまって起きたら下敷きになっていました。
その時になぜか立ち上がることもできず、息も全然吸えなくて、救急搬送になってしまいました。
診断結果が「脊髄破裂骨折」という診断でした。余談ですが、折れた骨が神経に50%刺さっていて、下半身付随になっていないだけ奇跡と言われました。最初のうちは初めての入院で不安がありました。横に向くときも背骨が痛くて全然向けませんでした。第一手術がその翌週に決まったのですが、22歳なのに初めての手術が怖くて母の前で泣いてしまいました。母は自分の仕事が終わると毎日のように病院にお見舞いに来てくれました。「大変だと思うからいいよ~」って言っても母はそれでも毎日来てくれました。病院食も一口おにぎりと、おかずでしたが、寝ながら食べていたため、全然喉にも通らずなかなか食べれませんでした。せいぜい起きていい角度が約30度でした。
第一手術の朝、母に手を振り「いってきます」そういって手術に望みました。手術時間がおよそ2.3時間だったそうです。起きてみると病室に寝ていたのですが、ただいまよりも先に全身麻酔のフィードバックで欲を向いたとたんに吐き気に襲われました。ですが、何も飲んでない、何も食べてない状態でしたので、吐けることなく時間とともにおちつきました。背中にはビスみたいなのを入れたそうです。
第二手術も順調に日時が決まりました。ですが少し大変な手術で内容が
「左肋骨一本の切除して、それを折れた部分の支えにすること。背中に折れた骨の収納ケースをいれたいため、左半身は全部機能停止(簡単にいいますと、肺、心臓、血液、すべての機能を一時的に停止させることだそうです)その際には血液の出血量が多くなること。」
そのような内容でした。もしかしたら、大量出血で死ぬのではないかという不安に毎日怯えてしまいました。
その時に母が時々手作りご飯を持ってきてくださいました。最初のときに情けなく泣いてしまいました。「ありがとうね」とともに泣きながらの夕飯でした。その時には病院食も少しずつ食べれるようになりました。
手術前夜のときに死ぬかも知れないと想う恐怖で、母の前でまた泣いてしまいました。出来ることなら泣きたくなかったのですが、不安に押しつぶされてしまいました。
手術当日午後の一時から開始となりました。その時も母に笑顔とともに
「いってきます!」
と手を振って手術室手前まで一緒に行きました。
そして手術が始まり、終わって目を覚ますと病室でした。ですがここで最悪の出来事で、下半身にひどい痛みを覚えMRIをとることになりました。結果もよく分からずに、主治医の先生から
「もう一回手術するからねと」
そんなことを言われ、また眠りにつきました。緊急手術だったそうです。およそトータルで12時間ほど寝ていました。
なぜその手術が必要だったかと言われると
「一回目の手術した部分に、血栓ができていてこれを取らないとか反し付随になるよ」
と母が言われて泣いていたそうです。
起きたときはICU(集中治療室)にいました。夜中の1時すぎに帰ってきていたそうです。
それからまたすぐに寝てしまったのですが、朝から脚が親指に押されるくらいの激痛にみまわれ、痛み止めも効かないほどの痛みでした。
その痛みが三秒に一回襲われ、そのときは心から死にたいと思ってしまいました。
先生たちが治療薬を作ってそれを使ったら大分治まったのですが、なんと後遺症を持ってしまいました
脚裏に痺れた感覚が残る感じです。その痺れが強く脚に何かが触れると痛く感じてしまいました。そしてなにより、脚が暖かいのに冷えた感覚しかしないのです。
ICU生活は本当に苦痛の三日間でした。四日目から一人での病室になりました。ですがそれでも脚の痺れは全然取れずに掛け布団も脚に触れないようにしました。
それからコルセットをつけられるまでに良くなりましたが、最初トイレに行こうと思いナースさんを呼び立とうとした瞬間に、脚がガクンと沈み自分の力では立ち上がることもできませんでした。
およそ一週間は車椅子で病院内を散策しました。それからは歩行器で歩くことになりましたが、ほんの少し歩くだけでも脚がガクガクしてきてなかなか上手くいかない毎日でした。
それからリハビリの許可がでてリハビリにも通いました。その中で歩けるまで脚の力をつけるのには死に物狂いで力をつけなくてはいけなくて、脚裏が痺れていて痛みにも耐えながらの闘病生活でした。
脚の冷えた感覚が取れ始めてきたころには、4人部屋に移ることになり、2ヶ月と2週間で退院できました。
家に帰ると懐かしい匂いと、不思議と引っ越した当初を思い出しました。
家でのリハビリ生活が始まりましたが、なんと主治医からは
「背骨の折れた場合のリハビリは生活に慣れるしかないです」
と言われ主にする内容なかったです
家から出て、ほんの50m歩いただけでも疲れて脚がガクガクしてしまい、家に帰ってから泣いてしまいました。なんでこんなに歩けないんだろうと、そう思ってしまいました。
それからは徐々にゆっくり距離を伸ばしていくことにしました。それから数日したある日に、仕事場の方から、リハビリしてくれるところを紹介していただいたりしてくださり、そこでのリハビリ生活になりました。
実はお尻の筋肉が下半身を支えるは重要とのことで、そこの部分の筋肉が完全に落ちていて、そこから筋肉を付けることになりました。
通っているうちに歩ける距離も増えていき今では結構歩けるようになりました。脚裏の痺れも気にならない程度まで落ちましたが、冷たいところに脚裏が触れると激痛なのは後遺症みたいです。
最初のころはお風呂も半年間だめで、シャワーでも座椅子に座ったら直立不動のままで髪や身体を洗う毎日でした。
コルセットは今は家ではつけずに大丈夫との許可もでました。外や車の助手席乗るときはまだ付けて欲しいそうです。
仕事も10/23日から復帰になります。また更新できたらしようかなと思っております。
長文になってしましいましたが、ありがとうございました。
