以下の記事は「バンディッツ」、「女神の見えざる手」の重大なネタバレを含みます

 

 

「バンディッツ」というブルース・ウィルスとビリー・ボブ・ソーントンの映画を観た。関係ないけどビリー・ボブ・ソーントンって「バーバー」の人か!すごい幅の広い役者さんだな〜

 

 

この映画はラストからはじまり、なぜそうなったのか順にストーリーが明らかになっていく構造で話が進む。そしてラストにつながって、「実は予測させてたオチとは違いまーす!ひっかかったなー!!ww」というタイプの映画である。

 

いままでなんとなく「こういうラストから始まる映画あるよなー鼻ホジホジ」と思っていたが、今回こういう映画はいかに前半からラストに合流するまでに納得感と驚きをあたえる伏線をはるかが大事だなと思った。

 

バンディッツはこのどんでん返しの伏線の張り方が少し甘くて、最後にスタントマンが二人を運び出すところもかなり無理があるので素直に「騙された!あっぱれ!」とはならなかった。血のりの伏線単発ぐらい?だった気がする。

 

 

女神の見えざる手」ではこの伏線の張り方が複合的で非常にうまい。

 

 

最初の「ロビイストは切り札を隠す」的なセリフを議会の練習という体で不自然でない形で刷り込んだり

 

「実はスパイを送り込んでいました!」というのも途中主人公がつらすぎてスパイに電話するとこで「出ると思わなかったわ、、」ってどちらでもとれるように言わせたり。(敵になったから電話に出ると思わなかった、と観客には思わせて実はスパイだから電話に出ると思わなかった、だった)

 

最初の主人公が銃規制にまわる回想シーンで、なぜかスパイに入る側の人にカメラがよっていくことで「実は最初から情報を共有してた」という映像的な伏線をいれていたり。

 

奥の手を単に後出しジャンケン的に出すんじゃなくてあらかじめボツにされたと思ってた不発弾が実は生きてたっていうところがうまい。ここも中盤で「議会で逆に追い詰められる材料になってしまった!」というその伏線の役割が別にあったからこそラストに生きている。

 

 

伏線の作り方について前回のブログでも書いたように、伏線はまずストーリーの中で有機的に意味のあるようにとれるワンシーンであり、後々別の意味をもってくるものが素晴らしい。

 

なんか謎かけっぽいかも。ラストに使いたい言葉とか奥の手があったら、それが別の意味とか展開の役割になるシチュエーションを考えればいいのか。いい整理がついた!!

 

 

あと女神の見えざる手ではテーマ的に現実社会の厳しさからガンロビーの強さに絶望するエンディングにもある程度納得感があったからより驚きがました気がする。

 

でもバンディッツもなかなかいい映画だった!(えらそう)。支店長家族とパスタ食べるとこ最高だったし。インタビューとかラスト付近のバーのくだりとかアイデアの量に対して相対的に冗長に感じるとこも多いけど、二人のじゃれ合いは観てて楽しかった!

 

 

この他にもラストから始まる映画としてファイトクラブ、パルプ・フィクション、カリートの道、アメリカン・ビューティ、メメントとかちょっとパターンの違う感じのが色々あるからそっちの分析も後々したい