黒澤明は1970年に「どですかでん」で初めてカラー作品を撮って、その後ソ連で撮影した「デルス・ウザーラ(1975)」もカラーだった。
しかし、当時の多くの黒澤映画ファンはカラーの大型時代劇が見たいと望んでいた。
当初、予定されていた「乱」は予算の関係で断念。(「影武者」の次回作となる)
代わりの企画が「影武者」だったが、それでも当時の邦画界では予算が組めず、世界に誇る“クロサワ”が日本では映画が撮れないという悲しい状況だった。
しかし、「ゴッドファーザー」のフランシス・コッポラと「スター・ウォーズ」のジョージ・ルーカスが制作を担当することで実現可能になった。
世界中の映画人もクロサワの新作が観たいのだ!
そして、我々映画ファンも黒澤初のカラー時代劇大作に期待が膨らんだ。
<ストーリー>
戦国時代。徳川家康の野田城攻めの折り、武田信玄(仲代達矢)は鉄砲で撃たれこの世を去ったが、「われ死すとも、三年は喪を秘し、領国の備えを固め、ゆめゆめ動くな」という遺言を残す。
移動中の籠の中で信玄死す
弟の信廉(山崎務)は信玄と瓜二つだった盗人の男(仲代達矢)を影武者に立てる。
やがて、影武者はその風貌だけではなく、機転の利く才能で幾度もピンチをきりぬけて、本物の信玄のような威厳も伴ってくるようになるが、信玄の子:勝頼(萩原健一)は影武者に服従する立場に不満をつのらせる。
孫との対面も機転をきかし乗り切る
安堵する信廉(左)と不機嫌な勝頼(右)
影武者が無難に任務をこなして、そろそろ遺言の三年が経過しようとしていたが、・・・。
黒澤組の常連スタッフが集結
集められたスタッフは往年の黒沢映画を支えたベテランばかり。脚本は「赤ひげ」にも参加した井出雅人と黒澤明との共同、撮影は斎藤孝雄と上田正治だが、撮影協力に「羅生門」の宮川一夫と「七人の侍」の中井朝一が名を連ね、美術の村木与四郎と録音の矢野口文雄も黒澤組の常連だ。さらに監督部チーフで同じ山本嘉次郎門下の「ゴジラ」の監督の本多猪四郎、アドバイザーに名脚本家の橋本忍が参加しているという超豪華メンバー。
音楽の池辺晋一郎は初めての黒澤作品だが、ドラマチックに映画を盛り上げていて効果的だった。
期待以上の映像美
背景を大きく入れた構図や色彩は素晴らしい。
冒頭の信玄、信廉、影武者、の3人が一同に会している場面、最後の合戦後の死屍累々とした状況のスローなど期待通りの映像美だった。
伝令が城の階段を走り抜けるシーンの疾走感
そして、邦画ではあまり見ることのできない多くの馬が疾走するシーンも見事だった。
全体に冗長すぎ、往年のダイナミックな映像表現が見られなかったのが残念
しかし、映画全体の展開がスローテンポで、往年のダイナミックな映像表現が少なく絵画的で物足りなかった。
特に夢の部分はチープなペイントの背景が絵画的すぎて、時間も長すぎて退屈だった。
また、勝頼の独断による高天神城攻めの攻防は夜のシーンも多く、長くてわかりにくい
盗みを働き追放された影武者が”なぜ、もう一度、影武者として仕えることを決意したのか“が描かれていない部分など人間ドラマのパートが希薄なことも残念だった。
盗みまで働きながら突然に「俺を使ってくれ」(?)
一番の問題はキャスト
映画の制作発表時、出演者を新聞広告で募集し、プロの俳優やまったくの素人を含めてオーディションを行ったことや、勝新太郎の降板などキャスティングの話題には事欠かなった。
しかし、「乱」でも感じたが、多くの若い俳優たちの時代劇出演は違和感が強い。
仲代達矢
最初の構想では影武者と信玄を勝新太郎が演じ信廉役は若山富三郎だったのが、まず企画段階で若山富三郎が降り、撮影に入ってすぐに勝新太郎が黒澤と衝突して降り、結局、代役は急遽仲代達矢になった。
仲代達矢は頑張っているのだろうが、舞台役者の大芝居で、ユーモラスな感じもなく、悲壮感ばかり目立ってしまい力みが空回りの悲惨な状況。
最後のゾンビみたいな白塗りもやりすぎ感が強い。
勝新太郎が出ている特報もある
やっぱり勝新で見たかった
山崎努
山崎努は安定感がある。全編を通じて受けの演技が多かったが、この作品で唯一演技がうまいと思った。
キネマ旬報の助演男優賞獲得
大滝秀治
オーディションではなく黒澤が希望してキャスティングした大滝秀治はその後の黒澤映画では一切起用されていないので、黒澤の期待通りではなかったのだろうか?
当時55歳だが、すでに老人の風貌。調べてみたら今年(2024年)55歳の俳優は佐々木蔵之介と大沢たかお、福山雅治も今年55歳になる。同じ年齢には見えない。
室田日出男
大滝秀治以外の武田の家臣団はアップになることが少なく集団での登場シーンばかりなので、誰が誰だか区別がつかないが、その中では室田日出男がよかった。低い声が魅力的。
室田日出男(中央)
室田日出男(左)
桃井かおりと倍賞美津子
この二人もオーディションでなく黒澤監督の希望のキャスティング、セリフのある女性の登場はこの二人のみ。
当時の報道で、大竹しのぶも「影武者」のオーディションをは受けていたと思うがちょっとイメージが違うか。
倍賞美津子
桃井かおり
隆大介と油井昌由樹
オーディションに合格して起用されて話題となったのが、織田信長役の隆大介と徳川家康役の油井昌由樹だろう。
隆大介は仲代達矢主催の「無名塾」に所属はしていたものの無名の新人。
油井昌由樹はアウトドアショップの店主の全くの素人。
二人とも次作の「乱」でも重要な役にキャスティングされてたにも関わらず以後は伸び悩み。
隆大介にはスケール感を感じたが、油井昌由樹の演技は素人丸出しでひどかった。
隆大介
油井昌由樹
萩原健一
個人的に最も失望したキャストが萩原健一。
独特の個性で若者に人気だが、黒沢明の時代劇に合うとは思えなかった。
現場を厳密にコントールし天皇と呼ばれる黒澤明と、自由奔放な演技が持ち味のショーケンはそりが合わないような気がする。
まげ姿が似合わずセリフが何を言っているのかサッパリ判らない。
阿藤海、根津甚八などの人気者も印象が薄い。
根津甚八
謎の清水利比古
信玄のライバル上杉謙信役は清水利比古という人だが、この映画以外の出演作がない。
多くの時代劇に慣れていない俳優たちの演技はハラハラしてしまう。
以前の作品は出演時間の短い脇役にも東宝や演劇界のベテランを配して安心して見ていられたのだが。
この映画のオーディションは、合格した出演者たちがその後に映画界を担う人材に育たなかったという点で成功したとは言い難い。
短い時間だが黒沢映画の常連の志村喬と藤原釜足が顔を見せているのがうれしい。
志村喬
藤原釜足(左)アップがなく残念
完成した映画は次作の「乱」には及ばなかったものの、“黒澤明監督作品”というフィルターを外してみれば平均点以上の佳作だろうが、やはり「七人の侍」「用心棒」のような“面白い”時代劇を期待してしまった自分にとっては失望感が強かった。
やはりキャストが弱かった「乱」
【鑑賞方法】ブルーレイ:CRITERION COLLECTION
【原題】KAGEMUSHA
【制作会社】黒澤プロダクション=東宝
【配給】東宝
【監督】黒澤明
【脚本】黒澤明、井出雅人
【海外版プロデューサー】フランシス・コッポラ、ジョージ・ルーカス
【アシスタント・プロデューサー】野上照代
【制作】黒澤明、田中友幸
【撮影】斎藤孝雄 上田正治 中井朝一 宮川一夫
【美術】村木与四郎
【音楽】池辺晋一郎
【監督部チーフ】本多猪四郎
【アドバイザー】橋本忍
【出演】
武田信玄、影武者:仲代達矢
武田信廉:山﨑努
諏訪勝頼:萩原健一
土屋宗八郎:根津甚八
山縣昌景:大滝秀治
織田信長:隆大介
徳川家康:油井昌由樹
お津弥の方:桃井かおり
於ゆうの方:倍賞美津子
馬場信春:室田日出男
内藤昌豊:志浦隆之
跡部大炊助:清水綋治
原昌胤:清水のぼる
小山田信茂:山本亘
高坂弾正:杉森修平
武田竹丸:油井孝太
森蘭丸:山中康仁
竹丸付き老女:音羽久米子
丹羽長秀:山下哲夫
雨宮善二郎:阿藤海
托鉢僧:江幡高志
原甚五郎:島香裕
傀儡子:田辺年秋
温井平次:井口成人
塩売り:山口芳満
甘利おくら:金窪英一
信玄を狙撃した足軽:杉崎昭彦
友野又市:宮崎雄吾
泥武者:栗山雅嗣
酒井忠次:松井範雄
伝騎:矢吹二朗
石川数正:土信田泰史
伝騎:渡辺隆
本多平八郎:曽根徳
織田の使者:伊藤栄八
宣教師:フランシスコ・セルク
武田屋形番頭:梁瀬守弘
宣教師:アレキサンダー・カイリス
医師付きの小者:加藤敏光
武田屋形小者:ポール大河
武田屋形小者:大村千吉
田口刑部:志村喬
医師:藤原釜足
能「田村」シテ:浦田保利(観世流)
鏑馬武田流司家:金子有隣







































