銀子の寂しく厳しい表情が胸を打つ

 

 

 

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昭和31年の大阪。多くの庶民にとってはまだまだ戦後の苦しく貧しい時代。

昭和20年代の小津安二郎の映画に出てくる鎌倉の上流階級の生活とは全く別の世界。

 

 

<ストーリー>

河沿いで小さな食堂を営む晋平(田村高廣)と貞子(藤田弓子)の夫婦には信雄(朝原靖貴)という息子がいる。

 

 

ある日、信雄は喜一(桜井稔)という少年と友達になる。喜一には姉の銀子(柴田真生子)と母親の笙子(加賀まりこ)がいて、母親は河に浮かぶ船で娼婦をしている。

信雄は父から「夜は船に行っては行けない」と言われる。

 

 

そんな境遇の銀子と喜一を晋平と貞子は信雄の友人として優しく迎え、3人の交流を温かく見守る。

 

 

ある日、信雄は偶然、喜一の母親の夜の仕事を目撃してしまう。

翌日、喜一と銀子を乗せた船は河を去っていく。

 

 

 

 

 

小栗康平の監督デビュー作

1981年の制作。時代はその後迎えるバブル期に向かう一歩手前。テレビは「ひょうきん族」が始まろうかという軽薄なバラエティ番組の時代。

当時、劇場で鑑賞。

自分が幼い頃にわずかに残っていた懐かしい風景。最後の別れのシーンでは涙が出てしまった。この時代に、ここまで丁寧にクオリティの高い日本映画が作れるとは思わなかった。

 

 

 

白黒の澄んだ画面、時折突き放したようなロングショット、川べりを歩く子供たちを追う移動撮影。

 

 

 

 

車輪を転がす遊び、ひもの付いた空き缶のポックリ、箱のマッチ、ランニングシャツに半ズボン、黒砂糖、金平糖、瓶入りのラムネ、皆で食堂で見る相撲中継・・・。衣装や美術の素晴らしい再現。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この映画では多くの死が描かれている。戦争で生き残ってもあっけなく死んでいく人たち。

 

冒頭、耳のつぶれた荷車のオヤジがかき氷を食べている。食堂を出るとすぐに事故で死んでしまう。

 

 

 

船から落ちて上がらない死体。

 

 

死期の近い田村高廣の元妻

 

戦争で生き残っても「スカみたいに死んでいきよる」(晋平)

 

 

 

そして、あの祭りの夜。

 

 

祭りで使う50円を穴の開いたポケットから落としてしまった喜一。

 

船に戻った二人。喜一は蟹に火をつけて遊ぶ。火をつけた蟹を逃がしてやろうと追いかけた信雄が、偶然見てしまった喜一の母の夜の商売。

 

 

唖然とする信雄と無表情に見つめる加賀まりこ。

 

 

泣きながら帰る信雄とやはり涙目で見送る喜一。信雄は銀子と橋ですれ違う。

厳しい表情で3人の関係が決定的に終わってしまったことを悟る。

 

 

 

 

翌朝、喜一たちの船は無言で去っていく。

ラスト、喜一たちの姿を見せないことで、感情過多でウェットな描写をさけた厳格な演出の余韻が素晴らしい。

 

 

 

 

主役は3人の子供たち。

 

3人のうち、メインの主人公は食堂を経営する晋平(田村高廣)が40歳過ぎてから生まれた信雄なのだろう。ちょっとふくよかな顔立ちが印象的だが、信雄のキャラクターがいま一つ描き切れていない感じがしたのが残念。

 

 

そして、信雄と友達になるヤンチャで元気な喜一。ずっとランニングシャツに短パンで、いかにも戦後の時代にいたような風貌でヤンチャな笑顔がいい。

 

 

 

しかし、もっとも印象に残るのは喜一の姉・銀子だ。

他人への甘えのない毅然とした態度と、あまり笑顔を見せず始終寂しそうな表情。ヤンチャな弟の喜一の面倒を見ながら家事もこなすしっかり者。

誰もが、この子に笑顔が戻って、将来、幸せになる日が来ることを願わずにはいられないが、恐らく厳しい人生しか待っていないであろうことも承知している。

そして、だれよりも銀子自身がそれを悟っているのではないか?

 

 

・残り少ない綺麗な飲み水を使って信雄の足を洗ってやるやさしさ。

 

・着せてもらった洋服を返すシーン。

 

 

 

・米びつに手を入れて「あったかい」と言うところ

 

・風呂に入って楽しそうに笑う銀子。喜一が「姉ちゃん。笑うてるな」

 

 

 


3人の子役たちの演技は素晴らしい。

子役の演技指導をスティーヴン・スピルバーグが絶賛していたという。自分も公開数年後の映画雑誌のスピルバーグへのインタビューで最近印象深かった日本映画を聞かれ“子供たちが河を船に乗って移動していく白黒の映画”と答えていた記憶がある。

 

 

 

信雄の父で食堂を経営する晋平と貞子の夫婦を演じる田村高廣と藤田弓子の大人の演技も素晴らしい。

 

初めて食事に招待した時に見せる藤田弓子のやわらかい笑顔。

 

 

喜一を見て「廓船の子や」という食堂の客を毅然と追い出し、子供たちを守る田村高廣。

 

 

子供に罪はない。不幸な銀子と喜一を息子の友人として受け入れる二人の姿が素晴らしい。

 

 

 

 

 

そして1960年代の小悪魔キャラでも、2000年以降のバラエティ番組のキツイおばさんキャラでもない正真正銘の美しい加賀まりこ。

 

 

 

蟹江敬三と殿山泰司も顔を見せている。

 

 

 

 

 

アカデミー賞外国語作品賞ノミネート。

この白黒の美しい映像をブルーレイで販売しないのはなぜだろう?

 

 

 

モノクロ105分

 

【鑑賞方法】配信 U-NEXT

【原題・英題】MUDDYDY RIEVR

【制作会社】木村プロダクション

【配給会社】東映セントラル

 

【監督】小栗康平

【脚本】重森孝子

【原作】宮本輝

【制作】木村元保

【撮影】安藤庄平

【音楽】毛利蔵人

【編集】小川信夫

【美術】内藤昭

 

 

【出演】

田村高廣:板倉晋平

藤田弓子:板倉貞子

朝原靖貴:板倉信雄

加賀まり子:松本笙子

柴田真生子:松本銀子

桜井稔:松本喜一

初音礼子:タバコ屋

八木昌子:佐々木房子

蟹江敬三:巡査

殿山泰司:屋形船の男

蘆屋雁之助:荷車の男