最後の“面白い”黒澤映画

 

 

★★★★★

 

 

室内劇でも全く飽きさせない前半、そして列車内に場面が移ってから後のダイナミックな映像

 

 

 

<ストーリー>

ナショナルシーズの専務権藤(三船敏郎)は会社の株を買い占めて実権を握ろうと画策し、5千万の金を集めた。その時、権藤の息子と間違えて運転手:青木(佐田豊)の息子が誘拐され、犯人から3千万円の身代金を要求される。

戸倉警部(仲代達矢)らが権藤邸に張込み犯人との交渉が始まったが、権藤は身代金を払う決断をする。特急こだまの窓から身代金を渡し、子供は無事に戻ってきた。

権藤はすべてを失ったが、戸倉警部らの必死の捜査で犯人は病院のインターンの竹内銀次郎(山崎努)だとわかり、共犯者の麻薬中毒者二人の死亡が確認された。

しかし、共犯者の殺害の立証が難しいため、今、逮捕しても死刑にはならない可能性が高い。戸倉らは犯人を泳がせて犯行を再現させようとする。

 

 

 

 

 

前半の権藤邸内の1時間、舞台が室内に限定されて派手な動きはないのに全く飽きさせない。室内シーンが多い映画は、よほどカメラの位置や人物の配置や動き、セリフのやり取りなどを工夫しないと単調になってしまうのだが、さすがは黒澤明。

マーティン・スコセッシが指摘しているようにワイドスクリーンにの使い方が上手い

 

 

会社の役員たちとの経営方針に関する論争や、誘拐後の犯人と警察との緊迫したやり取りが続いた後、中盤でいきなり列車内に場面が移り、伝説になっている身代金受け渡しのシーンとなるが、ここでのスピード感、サスペンスとダイナミックな映像が素晴らしい。

1時間の室内劇からワイプで一気に特急こだまへ舞台が移る

 

 

 

そして伝説の列車内の身代金受け渡しシーン

「こだまの洗面所の窓は7センチ開くんだ!」

 

 

 

 

子供が無事に戻ってきてからは少し緊張感が途切れるのと、罪を重くするために犯人を泳がせるところから逮捕までがやや長く感じるが、パートカラーが使われているピンクの煙を発見するシーンの高揚感や麻薬中毒患者のたまり場の異様な雰囲気、そして情け容赦ないエンディングが印象に残る。

このシーンの高揚感(音楽もいい)

 

クスリの取引が行われる横浜のクラブ

 

菅井きんもいる麻薬患者の巣窟

 
 
 
ラストシーンの面会室での怯えながら饒舌な竹内と落ち着いた権藤。
情け容赦なく降りるシャッターの音で絶妙なエンディング
 
 
 
 
 

 

 

今までも、さんざん議論されてきたけれど“誘拐の罪だけだと軽いので殺人の罪状を上乗せしてしまおう”という仲代達矢の捜査方針はゆるされるのだろうか?

 

犯人が特定できても“刑が軽すぎるので逮捕せず犯行を再現させるしない警察が犯罪を誘発させるという”という信じられない捜査方針に誰も異を唱えない警察。

警察が犯人憎しの感情論から犯罪を誘発させるのは問題ないのだろうか?

 

無事、犯行を再現させ戸倉警部は大願成就

「竹内、これで貴様は死刑だ!」

 

 

しかし、初見の時はそれが気にならないほど時間があっという間に過ぎて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一つに気になったのは犯人のインターンという設定だった。

 

題名の「天国と地獄」の由来は、シューズメーカーの重役で丘の上の豪邸に住む権藤と、ボロアパートに住むインターンの山崎務の対比だが、山崎努は黙っていても将来は地獄から抜け出せる可能性が高いのではないだろうか?

丘の上の権藤邸が見える犯人の部屋

権藤の豪邸:こんな遠景でもリビングで遊ぶ子供がうつうてるのが凄い

 

 

薬物の専門知識があって、ある程度の知能を持っているということで医師という設定にしたのだと思うが、今は地獄にいるような貧乏生活で病院でこき使われていても、数年して一人前の医師になれば人並以上の生活を送れるようになるのに、何故、ここでリスクの高い犯罪に手を染めてしまったのか、ここの動機の部分が弱いような気がした。

 

 

 

一方、権藤キャラクターは非常に魅力的。

大手のシューズメーカーで重役の地位まで昇りつめ、美しい妻と豪邸を手に入れた成功者。株を買い占めて会社を自分の手に入れようとする剛腕でありながら、自分の息子と間違われて誘拐された運転手の息子のために身代金を支払うべきか苦悩する。

誘拐犯からの電話で「子供の声を聴かせる」と言った瞬間に、運転手の耳に受話器を持って行って真っ先に子供の声を聴かせてやる配慮や、身代金を渡し無事に運転手の子供が戻ってきた時に一目散に駆け寄って抱きしめる姿は、ただの冷徹な金持ちではない。

犯人が「子供の声を聴かせる」と言った瞬間に運転手の耳に受話器を持っていく

 

無事に帰ってきた運転手の子供に駆け寄り抱きしめる

 

 

お嬢さん育ちの妻が「私は贅沢なんかちっとも好きじゃありません」と言った時に「贅沢しか知らんからそんなことが言えるのだ」と返す言葉も苦労人であった叩き上げの職人らし名セリフ。

 

 

 

 

俳優陣の層が厚い!

 

三船敏郎、仲代達矢、山崎努の主役3人は安定の名演技。

三船敏郎

 

仲代達矢

 

山崎努

 

 

そして、香川京子の美しさ。香川京子は黒澤明の「悪い奴ほどよく眠る」「赤ひげ」「まあだだよ」、小津安二郎の「東京物語」、溝口健二の「山椒大夫」「近松物語」、成瀬巳喜男の「驟雨」「稲妻」、山本薩夫の「華麗なる一族」、是枝裕和の「ワンダフルライフ」など日本映画の黄金期から現在まで多くの名作に出演し、2020年にも出演作品がある現役最高の映画女優であり、年齢を重ねても凛とした美しさがある稀有な女優さん。

 

 

東宝の大部屋俳優でいつも1~2行のセリフしかない佐田豊が重要な運転手役に大抜擢されている。演技は硬い感じだが、この俳優によっては一世一代の大役だろう。長寿を全うし2017年、106歳で没。

 

同じく東宝の名脇役で特撮映画ではワンシーンのみの出演のことも多い沢村いき雄が嬉々として江ノ電の音について解説するシーンも楽しい。

 

 

の他、警察関係では加藤武、木村功、志村喬、藤田進、土屋嘉男などの黒澤映画の常連組と、容姿を買われ演劇界から重要な役でキャスティングされたが「七人の侍」の稲葉義男同様にしごかれまくった石丸健二郎、若き日の名古屋章。

記者関係は千秋実、三井弘次、北村和夫、大滝秀治など渋い演技派。

ナショナルシューズの重役は三橋達也、田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助、そして債権者に浜村淳、西村晃、山茶花究と抜かりないキャスティング。

 

 

警察関係

仲代達矢、志村喬、藤田進、後ろで立っているのは本作でさんざんしごかれた石丸健二郎

加藤武と木村功

 

立っている刑事の右が土屋嘉男

 

若き日の名古屋章

 

 

記者たち

記者たち前列に北村和夫、三井弘次、千秋実、後列中央に頭髪のある大滝秀治

 

ナショナルシーズの重役たち

権藤の右腕:川西(三橋達也)

 

重役:田崎潤、中村伸郎、伊藤雄之助

 

債権者た:浜村純、西村晃、山茶花究

 

藤原釜足、東野英治郎など出番は短い役にも一流の俳優が起用されていて、こn頃の東宝俳優陣は層が厚い。

藤原釜足

 

東野英治郎

 

権藤の子供役は若き日の江木俊夫(“フォーリーブス”って誰も知らないか)

 

 

以前にマーティン・スコセッシがリメイクするという話があったが、どうなったのだろう。さすがのスコセッシでもこの作品以上の映画にするのは難しいのではないか。

ロン・ハワードの「身代金」ではキーワードとしてHGIH AND LOWが出てくるし、スピルバーグの「シンドラーのリスト」や「踊る大捜査線」でのパートカラーの使用など多くの作品でオマージュがみられ、やはりクロサワ作品の世界の映画人への影響は多大なものがある。

 

 

この後、集大成的な「赤ひげ」を経て、「暴走機関車」や「トラ・トラ・トラ」の挫折や自殺未遂の後、カラーの時代になると絵画的な美しさが優先されて“面白さ”が無くなってしまったのは残念。

 

 

 

 

CRITEION COLLECTIONのブルーレイで鑑賞。特典豊富。

 

メイキングでは一発勝負の列車内の撮影の裏話がたっぷり聞ける。

綿密に計画されたカメラポジション

 

また撮影されたもの最終的にカットされたラストシーンのスチールも見れる。

 

インタビューも香川京子、加藤武、三橋達也、仲代達矢、など

 

メイキングとは別に山崎努の単独のインタビューもあり

 

 

三船敏郎が出演した「徹子の部屋」も入っている

 

 

 

 

モノクロ143分

 

【鑑賞方法】ブルーレイ CRITERION COLLECTION

【原題・英題】HIGH AND LOW

【制作会社】東宝/黒澤プロダクション

【配給会社】東宝

 

【監督】黒澤明

【脚本】黒澤明 小国英雄 菊島隆三 久坂栄二郎

【原作】エド・マクベイン「キングの身代金」

【制作】田中友幸 菊島隆三

【撮影】中井朝一 斎藤孝雄

【音楽】佐藤勝

【美術】村木与四郎

【衣装】鈴木身幸

【記録】野上照代

【監督助手】森谷司郎 松江陽一 出目昌伸 大森健次郎

 

【出演】

三船敏郎:権藤金吾

香川京子:権藤の妻 伶子

江木俊夫:権藤の息子 純

佐田豊:運転手 青木

島津雅彦:青木の息子 進一

仲代達矢:戸倉警部

石丸健二郎:田口部長刑事(ボースン)

木村功:荒井刑事

加藤武:中尾刑事

三橋達也:権藤の秘書 川西

伊藤雄之助:馬場専務

中村伸郎:重役 石丸

田崎潤:重役 神谷

志村喬:捜査本部長

藤田進:捜査一課長

土屋嘉男:村田刑事

三井弘次:新聞記者A

千秋実:新聞記者B

北村和夫:新聞記者C

東野英治郎:年配の工員

藤原釜足:病院の火夫

沢村いき雄:横浜駅の乗務員

山茶花究:債権者A

西村晃:債権者B

浜村純:債権者C

清水将夫:刑務所長

清水元:内科医長

名古屋章:山本刑事

菅井きん:麻薬患者

山崎努:竹内銀次郎