アバンタイトルの佐賀までの道行きのシーンが素晴らしい

 

 

 

★★★★★

 

 

松本清張原作+橋本忍脚本+野村芳太郎監督のトリオの映画は多くの傑作があり、「砂の器」が有名だが、この「張込み」も「砂の器」と並ぶ出来でこの2本は甲乙つけがたい。

 

 

<ストーリー>

深川で起こった殺人事件の犯人の一人(田村高廣)が逃亡した。警察は昔の恋人のさだ子(高峰秀子)に会いに来る可能性を考えてさだ子を張込むことにした。

横浜駅から急行列車で下岡(宮口精二)と柚木(大木実)の二人の刑事が佐賀に向かった。佐賀駅に着くと二人はさだ子の家の向かいの旅館日肥前屋に泊まり込み張込みを開始した。

銀行員の後妻になっていたさだ子は、毎日を家事と子育てに追われ質素に暮らしていた。

何事もなく1週間が過ぎた時、さだ子はいつもの買い物とは違う方向に外出していった。

 

 

 

「砂の器」の後半の親子の旅の圧倒的な映像美に比べると、この「張込み」は白黒で地味な印象だが作品の完成度は「砂の器」に劣らない。

 

 

 

 

本編も名作なのだが、アバンタイトルの横浜から佐賀までの列車の旅の描写が素晴らしい。 

 

ベテラン下岡(宮口精二)と若手の柚木(大木実)の刑事が夜の11時に横浜駅で列車に飛び乗る。

 

 

 

まず、この当時の列車がドアを開けっぱなしで出発していたことに驚く。

 

列車内は猛烈に暑く座席に座れなかった二人は汗を拭き上半身は下着姿になって通路に腰を降ろす。

 

通路でもタバコが吸えた時代。

 

途中で弁当や酒を買って関門海峡を渡って博多につく頃は再び暗くなっているので当時は1日がかりの行程だったのだろう。

 

当時の風俗や鉄道の駅、風景を見ることができるので楽しい。

 

 

目的地の佐賀につき、張込み対象の家の真ん前の“おあつらえむき”の宿に入ってから柚木が「張込みだ!」と言ってタイトルが出るまでに10分以上!

 

 

 

 

この導入部自体は“張込み”には直接関係ないが、「砂の器」のクライマックスで原作ではたった数行しか書かれていない親子の旅のシーンを膨らませたように、この導入部で文字の原作小説から映像の世界へと変換する橋本忍の脚本のアイデアが秀逸。

 

 

 

 

刑事二人は質屋殺しの犯人・石井(田村高廣)が、昔の女・さだ子(高峰秀子)のところへ訪ねてくると予測して張込みを続けるが、今は堅物の銀行員の妻となっているさだ子は、すっかり地味な良妻賢母になっていて、とても犯罪者との情熱的な過去があったとは思えない。何事もなく日が過ぎてゆく。

 

 

 

単調になりがちな張込み中の描写も随所で宿の女将や従業員との交流や、外出するさだ子を追いかけては空振りに終わるエピソード、張込み中のセリフをきっかけに柚木の回想を挟み込む構成で飽きさせない。

何事も起きない1週間

 

外出したさだ子を追うが知り合いの葬儀だった。

 

回想で下岡の家に呼ばれる柚木。下岡の奥さんは菅井きん

 

 

 

 

そして、いよいよ、さだ子が石井と逢いに外出し、ちょうど下岡刑事が不在で柚木は一人でさだ子の後を追う。

携帯電話の無い時代の張込みであり、単独で対象を追いかける柚木は下岡に連絡が上手くとれないジレンマとサスペンス。

夏の暑さを表現した撮影も見事。

 

 

 

 

高峰秀子が外出時に必ず日傘をさすようにしたのは良いアイデア。

遠景でもわかりやすいし、恋人の石井に会いに行くときのクルクル回る日傘の後ろ姿で、いつもの買い物の外出とは違うさだ子の高揚感をうまく表現している。

 

 

 

 

 

ほぼ全編がロケーション撮影。

高峰秀子が買い物をしている時の移動撮影や、刑事二人が警察署の1階からに入り2階の部屋に表れるまでクレーンを使ったワンカット撮影。

 

 

警察署に入る下岡と柚木。2階に上がって室内にはいるまでのワンカット撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

そして田舎道を空撮で捉えた俯瞰ショット、タクシーでバスを追いかけるシーンのスピード感もいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ロングショットの構図はどれも完璧。

 

 

 

 

 

 

 

 

昭和30年代の前半の風景や生活が観れるのも嬉しい。

 

アスファルトのない土の道、木や竹の垣根

 

露店のマーケット

 

自転車に乗った金魚売

 

アイスキャンディ屋

 

ラジオを集まって聞く風景

 

切符を切るバスの添乗員

 

電車内でのたばこ

 

エアコンの無い時代の夏のランニングや浴衣姿

 

 

 

ふんだんに出てくる列車のはしる姿も鉄道ファンにはうれしいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

さだ子演じる高峰秀子は日本映画の黄金期を支えたスターでありながら、演技力で普通の主婦を違和感なく演じられる稀有な女優。

 

 

 

無表情で平凡な普通の主婦が恋人に会った瞬間に情熱的な女に豹変し、恋人の逮捕をうけて嗚咽するところの演技も見事としかいいようがない。

 

 

 

 

 

 

刑事コンビが宮口精二と大木実という準主役級な配役なのもいい。

宮口精二

 

大木実

 

 

原作(未読)では一人で張込む設定らしいが、映画ではベテランと若手のコンビで張り込むように変更している。

一人で張り込む場合はセリフがないので単調になりがちだが、コンビにすると張込み中の会話があることで観客を飽きさせない。

そして、黒澤明の「野良犬」や「砂の器」のように、古今東西、映画の刑事ものではベテランと若手のコンビに設定して若手の成長を描くというパターンが多い。

この映画でも、若手の大木実がベテランの宮口精二に刑事としてのアドバイスを受けながら、高峰秀子が“女”を見せる部分では常に若い大木実が見ていることで、この後の私生活での恋人への想いの変化が納得できる。

 

ベテラン下岡刑事役の宮口精二は撮影当時44歳。成人の大人が年齢相応の年の取り方をしていた時代。

 

 

 

脇役も芸達者が揃っている

浦辺粂子

 

藤原釜足

 

多々良純

 

内田良平

 

左は「生きる」に出ていた小田切みき

 

 

 

当時、黒沢組のメインライターだた橋本忍と、黒澤明に“日本一の助監督”と絶賛された野村芳太郎のコンビは、この後、多くの名作を作る。

 

 

唯一の欠点はうるさすぎる音楽か。

 

 

 

モノクロ116分

 

【鑑賞方法】ブルーレイ 松竹

【原題・英題】CHASE

【制作会社】松竹大船

【配給会社】松竹

 

【監督】野村芳太郎

【脚本】橋本忍

【原作】松本清張

【撮影】井上晴二

【音楽】黛敏郎

【編集】浜村義康

【美術】逆井清一郎

 
 

 

【出演】

高峰秀子:横川さだ子

宮口精二:下岡雄次

大木実:柚木隆男

田村高廣:石井

内田良平:山田

芦田伸介:捜査課長

浦辺粂子:肥前屋の女主人

小田切みき:肥前屋の女中

多々良純:佐賀署の巡査

菅井きん:下岡満子高千穂ひづる:高倉弓子

藤原釜足:弓子の父

清水将夫:さだ子の夫