閉鎖された社会での村八分の恐ろしさ
木下恵介監督の異色作。

 

 

評価:★★★★☆

 

日本の映画監督で最も有名なのは黒澤、小津、溝口、であろう。しかし、邦画の全盛期の50年代、国内では木下恵介の評価もこの3人と同じくらい高かった。

ちなみに「七人の侍」が公開された1954年のキネマ旬報のベストテンは第1位「二十四の瞳」(木下恵介)2位「女の園」(木下恵介)第3位「七人の侍」(黒澤明)で、この年は他にも第5位「近松物語」(溝口健二)6位「山の音」(成瀬己喜男)第7位「晩菊」(成瀬己喜男)9位「山椒大夫」(溝口健二)、そして「ゴジラ」(本多猪四郎)もこの年の公開であり後に世界的な傑作と評価される映画が量産された年であったが、その年の1位、2位が木下恵介の作品だったわけでいかに当時の日本国内での木下恵介の評価が高かったかがわかる。

 

しかし、木下恵介の世界的な評価は今一つである。

この要因としてはダイナミックな男性アクションの黒澤、鎌倉の中流家庭の家族の姿を題材にした小津、長回しを多用した時代劇の演出の溝口など作品の内容がある程度パターン化された3人に比べると木下恵介の作風が多岐にわたっていたことがあるのかもしれない。

 

まず第一に題材の豊富なバリエーション。「陸軍」や「日本の悲劇」などのシリアスな作品、「お嬢さん乾杯」や「破れ太鼓」のようなコメディ、実験的な作風の時代劇「笛吹川」「楢山節考」、感動作の「二十四の瞳」封建的な社会を批判した「女の園」。

そして様々な新しい技術への挑戦。邦画で初めてのカラー作品「カルメン故郷に帰る」、「野菊の如き君なりき」での回想シーンの白い楕円形のマスク、全編セット撮影の「楢山節考」、白黒映画に部分的に色を付けた「笛吹川」など。

これらの多彩な作風や多くの試みが日本の映画界の発展に貢献したことは間違いないが、逆に木下恵介という映画作家の評価を難しくしているのではないか。

 

そんな多様な木下監督の作品群の中でも、この「死闘の伝説」は非常に異質である。アクション映画といってもいいくらいの内容。私もこの作品を見て木下恵介の評価が判らなくなってしまった。

 

 

 

<ストーリー>

冒頭カラーで現代の北海道で暮らす人々の和気あいあいと過ごす風景が描かれる。トラックが道端で立ち往生している。

 

暗点して不気味な音楽とともに真っ赤な題字で「死闘の伝説」のタイトル。以下、クレジットは緑色の文字でここからはモノクロで終戦直前の北海道の田舎の村が舞台となる。

 

この村の実力者の息子(菅原文太)との結婚の話が持ち上がっている岩下志麻とその家族は東京から疎開してきている。戦地から兄の加藤剛が帰ってくるが、加藤剛と菅原文太は以前、同じ部隊にいて、菅原文太の大陸での極悪非道な行動を知っている加藤剛は岩下志麻との結婚を断る。

病気で軍隊から帰ってきた加藤剛を迎えに来る菅原文太(岩下志麻の婚約者)

 

加藤剛の顔を見て極悪非道の行いを目撃されていたことを思いだす。

 

すると、実力者の顔色をうかがう村の住民は菅原文太と一緒になって畑を荒らしたりして散々な嫌がらせを行う。駐在も実力者の顔色をうかがってばかりで役に立たない。

しかしl近くに住む加藤嘉と加賀まりこの親子だけは岩下志麻の家族に親切だった。

エスカレートする嫌がらせに一家は引っ越しを決意し、加藤剛が引っ越し先を探しに行く。

引っ越し先を探しに出る加藤剛と見送りに来た加賀まりこ。加賀まりこは加藤剛に惚れている。

 

加藤剛が不在の間に菅原文太が岩下志麻を襲い助けた加賀まりこは石で殴って菅原文太を殺してしまう。

林で岩下志麻を襲う菅原文太

 

 

その頃は終戦間際で村の若者の戦死者が11人も出て、家族を失った住民の怒りの矛先が岩下志麻の家族に向かう

腰抜けの駐在は抑止力にならず岩下志麻の弟がまず半殺しされ、暴徒と化した村人は岩下志麻の家を焼き祖母を撃ち殺してしまう。

息子の菅原文太を殺されて怒り狂う実力者

 

暴徒と化す花沢徳衛、浜村純

 

実力者の顔色ばかりうかがい全く無能な駐在

 

村人によって家は焼かれてしまう。

 

親しい隣人である岩下志麻の一家を守り通した加藤嘉と加賀まりこの親子は死んでしまう。村全体では7人もの死者を出して死闘は終わる。

 

ラストは再び現代の風景。冒頭で立ち往生していた車がみんなの助けで動くところで終わる。

 

冒頭とエンディングの現在の部分のみカラーで、このサンドイッチみたいな構成は、悪夢のような白黒で描かれた戦争中の物語が“伝説”で、今では皆が協力して助けあって生きているということなのだろう。

 

しかし、これは伝説ではない。

壮絶な村八分のいじめは現代でもあり得る。

2020年からのコロナ渦での混沌とした状況下、多くの人々がマスコミの報道や風評に左右され自粛警察なる言葉まで登場。

地方ではまだコロナ患者が少なかった頃、県をまたいでの移動はなるべく自粛するように言われていた。自粛は出来ればした方がよいが、用事があってやむを得ず東京から地方へ帰省した人もいた。そして帰省先の家には「帰れ」と張り紙が貼られているとのニュースが報道されていた。まさに現実に今でも村八分の差別があり得ることが判った。

 

 

だが希望はある。この映画では、以前から岩下志麻や加藤剛を荷車で駅まで送り迎えしていた男が一人中立で、村中が高揚してリンチに向かうのを見て「お祭り騒ぎをしている」と嘆くし、実力者に逆らえなかった老人が最後に実力者を責めて殴りかかる。

岩下志麻の一家を駅まで送り迎えし、一人冷静中立な男

 

村の老人(教師?)も最後は実力者に立ちむかう

この村にも権力や風評に流されない人もいたではないか。

 

もし、自分がこの村の住民であれば大勢に流されずこの人たちのような勇気ある行動ができるだろうか?

 

 

 

随所で見られる長い移動撮影、北海道の大自然の中のロングショットの美しさ、道で菅原文太と岩下志麻のすれ違う場面の尋常ではない緊張感のサスペンス演出など木下恵介の演出も見事。

 

道ですれ違う岩下志麻と菅原文太。菅原文太が向きを変え追いかけてくる。

 

 

出演者では名女優田中絹代の存在感が希薄なのと、ストーリー上、重要な役割のはずの加藤剛の演じる岩下志麻の兄の行動が後半ほとんど傍観者のようになってしまうのが残念だったが、その他の出演者は素晴らしい。

やくざ映画で人気が出る前の菅原文太の徹底した悪役。

 

「鬼畜」や「極道の妻たち」などのエキセントリックなキャラクターになる前の可憐だったころの岩下志麻。60年代の岩下志麻は本当に美しい。

 

一途に加藤剛を愛する可愛さと、後半の猟銃を手放さなさず岩下志麻の一家を守り抜く強気が共存する加賀まりこも適役で印象に残る。

 

 

そして加藤嘉。劇中の設定は53歳。後年の老人役とは全く異なり、正義のため、隣人を守り抜くために毅然として闘う強い男を演じて名演技。随所で走りまわり、猟銃を構えこの映画の真の主役であろう。

この作品の10年後には「砂の器」での老人役で、共演場面はないが作曲家・加藤剛の父親役だった。同じ俳優とは思えない演技力。

 

四六時中、ビョンビョンと鳴って精神的に不安を駆り立てるアイヌの伝統楽器ムックリをもちいた音楽が頭から離れない。

 

この異色作は必見。

 

 

モノクロ(カラー)84

 

【鑑賞方法】DVD 松竹

【原題・英題】A LEGEND...OR WAS NOT?

【制作会社】松竹大船

【配給会社】松竹

 

【監督】木下恵介

【脚本】木下恵介

【制作】白井昌夫 木下恵介

【撮影】楠田浩之

【音楽】木下忠司

【編集】杉原よ志

 

 

【出演】

岩下志麻:園部黄枝子

田中絹代:園部静子

加藤剛:園部秀行

加藤嘉:清水信太郎

加賀まりこ:清水百合

毛利菊枝:園部梅乃

菅原文太:鷹森剛一

浜村純:酔っぱらいの親爺

花澤徳衛:山ノ助

松川勉:園部範雄

岡田可愛:園部篝