主人公の矢須子と石像を彫る青年悠一との交流が感動的

 

 

評価:★★★★★

 

 

今村昌平は生涯20本の監督作品があり、重喜劇や性に関するテーマの作品が多く、エネルギッシュでねっとりとした描写が特徴だが、この井伏鱒二原作の映画化ではいつもの濃密な描写や性に関するテーマは封印されて、モノクロの映像に被爆者たちの悲劇が静かなタッチで描かれていている。

 

 


 

<ストーリー>

昭和2086日の朝、広島に原子爆弾が投下された。

電車内で被爆した閑間重松(北村和夫)その妻・シゲ子(市原悦子)、姪・高丸矢須子(田中好子)の3人は瓦礫の山と化し、多くの怪我人や遺体がいる市内を抜けて重松の職場である工場にたどり着く。矢須子は途中で黒い雨に打たれていた。

5年後の昭和25年、閑間夫妻と矢須子は福山市で暮らしていた。結婚適齢期の矢須子は何回か縁談を持ちかけられるが、二次被爆や原爆投下直後に広島市内にいたことを理由に縁談は全て断られてしまう。

周囲では重松の友人たちが次々と原爆症を発症し亡くなってしまい矢須子も自身の発症の不安を抱き始める。

近所には車のエンジン音を聞くとフラッシュバックを起こし、車に座布団爆弾を仕掛けに行く元特攻隊員の悠一(石田圭祐)が住んでおり、矢須子は悠一の誠実で優しい人柄に気分が癒やされる。

しかし、ついに矢須子も尻に発病し毛髪がごっそり抜けてしまい、それを見たシゲ子はショックで亡くなってしまう。

矢須子は自宅療養することになるが、近所の池で大きな鯉が飛び跳ねるのを目撃した矢須子が興奮して半狂乱になってしまい、体調を崩した矢須子は救急車で運ばれる。

 


 

 

 

最初の方と北村和夫の回想で閑間夫妻と矢須子が原爆投下直後の広島の街を歩くシーンがあり、ここの修羅場の描写は凄まじい。ことさらグロテスクになりすぎないためにもモノクロで撮ったのは正解だった。



 


 

印象に残ったのは井伏鱒二の原作(未読)にはなかったという戦車への特攻隊の生き残りで車両のエンジン音を聞くとフラッシュバックを起こしてしまう石像掘りの青年悠一で、この青年と田中好子扮する主人公の矢須子との交流を丁寧に描いており、黒い雨で原爆病を発症した矢須子と特攻隊の生き残りでPTSDを持つ悠一はお互いの病気を理解し、心を通わせる。この二人の描写が非常に感動的で心を揺さぶられる。

車両のエンジン音を聞くと車両の下にもぐって枕爆弾を押し込む。

 

矢須子と悠一は心を通わせる

 

 

 

最後に病気の矢須子を抱いて救急の車両に乗せる時には、車のエンジン音を聞いても悠一はいつもの発作を起こさず矢須子と一緒に車両に乗り込む姿が印象的。

 

 

矢須子を演じる田中好子はこの映画以前には女優として目立った仕事はなく大抜擢だったと思うが熱演だった。すこし外観が健康的すぎるような感じがしたが、だからこそ後半の病気が発症してからの彼女と周囲の人の困惑や悲しみが観客にも伝わるのではないか。

風呂ではしゃぐ元気な矢須子


尻に出来物ができた。

 

髪の毛も抜け落ちる

 

 

テレビや映画で元気な女性役が多かった田中好子がここまでいろいろな表情を見せてくれるのは意外だったし、彼女の意外な演技力の高さに感心した。

矢須子と心を通わせる青年悠一を演じた石田圭祐という俳優はこの映画以外では見たことが無かったが、彼もまた誠実な演技で、いつもの今村組ではない田中好子と石田圭祐の二人の素晴らしい演技がこの作品を支えている。

 

矢須子を見守る叔父夫婦を演じる北村和夫と市原悦子の抑えた演技や、三木のり平、小沢昭一、小林昭二、沢たまき、殿山泰司、大滝秀治など今村組を中心としたベテランの俳優たちを周囲に配役したのもよかった。


 

 

美しい白黒映像で撮影された田舎の風景も心にしみわたる。

 

 

武満徹の音楽も印象的。

 


 

重松の「正義の戦争よりも不正義の平和の方がまだまし」という言葉が印象に残る。

声高な政治的なメッセージが無いのも良かった。

 

 

今村監督は「楢山節考(1983)」と「うなぎ(1997)」で二度、カンヌ映画祭のパルムドームを受賞している。この「黒い雨(1989)」はこの2本の間に挟まれておりカンヌ映画祭ではフランス映画高等技術委員会賞受賞に留まっている。しかし、個人的には後期の今村作品群では、この作品が一番の傑作だと思う。

 

 

 

Arrow Academy ブルーレイで鑑賞

特典には田中好子がお遍路巡りをするかなり長いカラー映像が入っており、ラストシーン以後も矢須子が生存していたことも判り、このシーン自体は悪くはなかったが、カラーで見ると田中好子の顔が若々しすぎて病弱な中年女性にみえない。


 

また、キスを交わすほど強い愛情で結ばれた二人がなざ別れる選択なのだろうか?

病院に向かう矢須子を見送るところで終わる今の形で正解だと思う。

常田富士夫はあの被爆直後に森であった被爆者なのだろうか?


 

その他にも田中好子や助監督だった三池崇史のインタビューも入っている。


 

被爆国の日本国内ではブルーレイの販売がない。(DVDは発売済)

 

絶賛されたこの映画がカンヌでパルムドームを取れなかった理由は推して知るべしだが、このテーマでこれだけの傑作が海外で先にブルーレイ化されていることは日本の映画ソフト販売の貧しい現状を物語っている。

 

 

モノクロ123

 

【鑑賞方法】ブルーレイ ARROW

【原題・英題】BLACK RAIN

【制作会社】今村プロダクション=林原グループ

【配給会社】東映

 

【監督】今村昌平

【脚本】石堂淑朗 今村昌平

【原作】井伏鱒二

【制作】飯野久

【撮影】川又昴

【音楽】武満徹

【編集】岡安肇

【美術】稲垣尚夫

 

 

【出演】

田中好子:高丸矢須子

北村和夫:閑間重松

市原悦子:閑間シゲ子

原ひさ子:閑間キン

沢たまき:池本屋のおばはん

立石麻由美:池本屋文子

小林昭二:片山

山田昌:岡崎屋タツ

石田圭祐:岡崎屋悠一

小沢昭一:庄吉

楠トシエ:カネ

三木のり平:好太郎

石丸謙二郎:青乃

大滝秀治:藤田医師

白川和子:白旗の婆さん

深水三章:能島

殿山泰司:老僧

常田富士男:ヤケドの四十男

常田富士男:老遍路

三谷昇:郵便局長