黒澤明にとって最後のモノクロ映画
そして黒澤監督と三船敏郎のコンビの最終作
物語の主軸は若い医者:加山雄三の成長記。
<ストーリー>
長崎に留学していた若き医師:保本登(加山雄三)が小石川療養所にやってくる。
ここのボスは“赤ひげ”(三船敏郎)と呼ばれていて、貧しい患者からは慕われ尊敬されているが、いわゆるエリートではない変わり者。
そんな赤ひげに反抗する保本。
しかし様々な患者との出会いや赤ひげの仕事ぶりに接するうちに保本の心境は変化していく。
赤ひげ(本名:新出去定)
「病気の原因は社会の貧困と無知からくる。」「だがこれまで政治が貧困と無知に対してなにかしたことがあるか。人間を貧困と無知のままにしては置いてはならないという法令が出たことがあるか」
登場人物が非常に多いが、見事な脚本でどのキャラクターも詳細に描きこまれている。
療養所には赤ひげのほかには2人の若手医師がいるが、赤ひげに心酔して業務にはげむ森半平太(土屋嘉男)と、赤ひげとは打ち解けずちょっとやる気のない津川(江原達治)。
長い映画だが療養所内に入院している様々な患者たちのエピソードが忘れ難い。
美しい狂女(香川京子)
前作の「天国と地獄」のお嬢様役から一転。この高い演技力が黒澤だけではなく小津、溝口、成瀬など日本映画黄金期の巨匠たちがこぞって起用する理由なのだろう。
六助(藤原釜足)の臨終。
「人間の一生で臨終ほど荘厳なものはない」
悲惨な六助の過去を語る娘役の根岸明美の圧倒的な一人芝居
大工の佐八(山崎努)とおなか(桑野みゆき)の悲恋
雪の出会いのシーンやほおづき市の再会の美しさ。
おとよ(二木てるみ)と長坊(頭師佳孝)の優しい交流
保本が失神してしまう壮絶な手術シーン
太った殿様の往診のエピソードでは食事の献立を見て白米はダメ、鶏肉と卵もダメで塩分制限と、まさに現代でも通用する成人病対策を言っているのが面白かった。
その他の出演者では杉村春子が別格のうまさ。最後に田中絹代と笠智衆が出てくるのも豪華。
モノクロ映画で本当に“赤ひげ”なのかはわからないが、当時のアリナミンの広告のカラー写真を見ると三船敏郎はひげだけでなく、髪の毛の赤くしている。
あまりにも道徳の教科書的なエピソードやメッセージを安いヒューマニズムと批評する意見もあるだろうが、逆に言えば変化球無しでストレートのみで勝負できる黒澤明の才能が凄いと思う。
大規模なオープンセットや衣装や小道具などの美術も見事。
黒澤明の映画監督デビューが1943年(「姿三四郎」)、この「赤ひげ」の1965年までは傑作続きの22年だった。
1966年以後は「暴走機関車」「トラ・トラ・トラ」という2本の海外進出企画が頓挫し、「どですかでん」でカラーの時代に入り、白黒時代のめっぽう面白いエネルギッシュな作品は作れず、駄作ではないが黒澤個人の思いや絵的な美しさが前面に出すぎて作品の評価も全体に低調な27年間となってしまい残念。
【鑑賞方法】DVD :CRITERION COLLECTION
【英題】RED BEARD
モノクロ 185分
【制作会社】東宝=黒澤プロダクション
【配給】東宝
【監督】黒澤明
【脚本】黒澤明、井出雅人、菊島隆三、小国英雄
【原作】山本周五郎「赤ひげ診療譚」
【制作】田中友幸、菊島隆三
【撮影】中井朝一、斎藤孝雄
【美術】村木与四郎
【衣装】鮫島喜子
【編集】黒澤明
【音楽】佐藤勝
【助監督】森谷司郎
【出演】
三船敏郎:新出去定(赤ひげ)
加山雄三:保本登
笠智衆:登の父
田中絹代:登の母
内藤洋子:まさえ
三津田健:まさえの父天野源伯
藤山陽子:ちぐさ(まさえの姉)
江原達怡:津川玄三
土屋嘉男:森半太夫
団令子:お杉(女中)
七尾伶子:おとく
辻伊万里:おかち
野村昭子:おふく
三戸部スエ:おたけ
山崎努:佐八(車大工)
桑野みゆき:佐八の女房おなか
香川京子:狂女
柳永二郎:利兵衛(狂女の父)
二木てるみ:おとよ
頭師佳孝:長次
菅井きん:長次の母
根岸明美:おくに(六助の娘)
藤原釜足:おくにの父六助(蒔絵師)
志村喬:和泉屋徳兵衛
杉村春子:娼家の女主人
荒木道子:娼家の女主人
東野英治郎:五平次(大家)
佐田豊:むじな長屋の住人
沢村いき雄:むじな長屋の住人
左卜全:入所患者
渡辺篤:入所患者
三井弘次:平吉
西村晃:家老
千葉信男:松平壱岐
常田富士男:地廻り