大学1年生の夏休み、大阪の実家に帰って、朝、まったりしながら新聞をパラパラめくっていると一つの広告が目に入った。

 

「高野山の宿坊で住み込みのバイト募集」

 

実家から高野山までは最寄り駅から約2時間。途中ケーブルカーに乗り換えるが、ほぼ一本でいける場所だった。

 

「これや!」

 

さっそく応募すると、面接もなく、「じゃ、来週月曜日から来てください」

 

1か月間の宿坊でのバイト生活が幕を開けたのである。

 

ところでお坊さんというと、悟りを開いた善人の塊で、世俗の世界の人間とは一線を画す、私利私欲を捨て仏門に従事する優しく高貴なジェントルマンって感じのイメージがあったが、それらがすべて見事に裏切られる結果になるとは、そのときは想像すらしなかった。

 

「そもそもお坊さんが経営する旅館(宿坊)って。。。坊主がそんなビジネスしていいの?」

 

最初からちょっぴりそんなことは思ったりしていた。

 

そのお寺はとにかく広く、本堂と宿坊施設が別々に建てられて、その間を屋根付きの長い渡り廊下がつなげていた。

 

寺の主として出てきた坊主は、眉毛の濃い、仏頂面の禿げ頭だった。

 

失礼ながら悟りを開いた善人の顔とは程遠いチンピラ顔だった。

 

その隣には女性がいて、その坊主が「妻です」

 

「坊主も結婚できるんかいっ!」(心の中で)

 

仕事は想像以上にきつかった。

 

朝は100組以上の布団を上げ下げすることから始まり、それだけで一日分のエネルギーをもぎ取られた。

 

一番すごかったのは、坊主とその嫁が笑ってしまうくらい夫婦そろってスパルタ教育だったこと。行動が遅いと怒鳴り散らされた。

 

ただそれが原因で心の病になったりとかはなく、逆に男女合わせて6人くらいいた仲間内で、「坊主一家のスパルタ教育」が休み時間中の恰好の話題となり、面白おかしく今日怒られたエピソードをそれぞれが競って言い合っていた。

 

一度、小鉢のおかずに髪の毛が1本入っているとお客さんからクレームを受けたとき、

 

「すみません、すぐに取り替えます」

 

急いで部屋を出て代わりの小鉢を取りに厨房に行く途中で坊主に出くわし、事の顛末を説明すると、髪の毛を指でつまんでポイっと投げ捨て、小鉢を揺さぶりおかずの位置を少し変えて、

 

「これで持っていけ」

 

山の上なので夏でも涼しく、休み時間中、広く長い渡り廊下に仲間で並んで、中庭の日本庭園をぼーと眺めている時間が本当に気持ちよかった。

 

あのビジネス坊主とその嫁は今も誰かを怒鳴り散らしているんだろうか。。。

 

いや、たぶんもう本当の仏様になっているだろうな。

 

おしまい。