「オリンダのリストランテ」【ネタバレ有り】 | 映画の夢手箱

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 映画の鑑賞記録です。基本的にネタバレ有り。

 新しい年を迎えて最初に観た映画は、アルゼンチン製作の「オリンダのリストランテ」。年末のうちにツタヤでレンタルしておいたDVDを、家でゆっくり鑑賞しました。

 本作の原題は、 Herencia で、遺産とか、相続財産といった意味の言葉のようです。これは本作を最後まで鑑賞すると、どういう意味なのかわかります…わたしのブログはネタバレ有りとトップにも警告してあるので書いてしまいますが…本作は、イタリア移民としてはるばるブエノスアイレスに渡ってきたというのに、生涯をかけた恋に破れ、レストランを経営することで人生を送ってきたオリンダ(リタ・コルテセ)が、自分の人生を象徴するそのレストランを、わが子でもない者に継承させることで自由になるまでの過程を描いた物語なのです。
 この点、見ただけで何となく展開がわかってしまう原題に比して、雰囲気だけをほのめかす邦題は秀逸と感じました。「オリンダのリストランテ」という題名にすることで、語感から何となく心を慰められる映画を想像しますし、レストランが舞台となることも…それが英語圏のレストランではないことも…わかります。

 本作は、暗がりのなか、寝台に身体を伸べたオリンダが、「わが子のように愛しい子よ お前が生まれた日 バラの花が咲いた」というような歌(子守唄?)を歌っているシーンから始まります。右手に持った大きな鍵を、どこか落ち着かない風に時々左手に軽く打ちつけながら小さな声で歌を歌っている。この歌の途中で、「Herencia 」というタイトルが入り、飛行機がブエノスアイレスに到着するシーンへと移っていきます。
 最初にこのシーンを見たとき、「わが子のように愛しい子」というフレーズが大変気になりました。わざわざ「わが子のように」というからには、わが子ではないわけです。しかし、歌全体は子を思う愛情に満ち溢れている。つまり、この歌は、「血が繋がっていないがとても愛している養い子」に対して歌っているように思えるのです。手に持っている鍵にも意味があります。この鍵は、彼女の家であり仕事場でもある、大切なレストランの鍵なのです。結局、この映画はタイトルと冒頭シーンとで、既に結末を暗示しているわけです。

 本作には、序盤から、ペーター(アドリアン・ウィツケ)、フェデリコ(マルティン・アジェミアン)、アンヘル(エクトール・アングラーダ)、ルス(フリエタ・ディアス)というような、オリンダを取り巻く主要な面々が登場します。
 オリンダの料理の手捌きは見ていて小気味よいほどで、粉物を練った中央にカッと全卵を割り入れ、その上にサッサッとさらに小麦粉を振りまいてから、手で生地を畳んで練って。包丁2本を打ち合わせて爽やかな金属音をさせた後、鮮やかなトマトや緑の野菜を大変手早く切っていき。湯気を上げる大鍋のなかに食材を入れて、サッと出て来た料理は、ニョッキでしょうか。粉物を練って茹でて一口大の団子にしたようなものに、赤いトマトソースがかかってとても美味しそうです。
 レストランが舞台となる作品だけあって、本作には調理・食事シーンがたくさん出て来ますが、美味しそうな料理が出てくるのに、序盤ではフェデリコが、「君の料理のおかげで食欲が出て来た。」とかいって褒めるくらいで、やたらクリームを足せケチャップを寄越せと文句を言う客がいたり、食事そっちのけで喧嘩を始めるカップルがいたりと、どうも食事を楽しんでいる雰囲気がない。
 オリンダ自身も、どこか心ここにあらずで落ち着きがありません。彼女はこのレストランを売りに出そうと思って不動産屋を呼んでいるのですが、そのことをフェデリコに知られたくないと思っているようです。
 このフェデリコというのも、当初は観客にとって「謎の人物」で、フェデリコが昼食を取りに来ると、オリンダはフェデリコの隣に座り世間話をします。フェデリコは料理を待つ間、テーブルのペーパークロスに鉛筆で上手なスケッチをしており、それは窓から見える風景だったり、オリンダだったり、アンヘルだったり、料理だったりするのですが、フェデリコが帰ると、オリンダはいそいそとその絵の部分を千切り取って大事にしまっておくのです(映画後半で出て来ますが、オリンダは1枚残らずフェデリコのスケッチを取っており、それを自室の壁という壁に貼っています)。単なる常連という以上に親密な情感…友達以上恋人未満といったような…が通うのが見て取れるのですが、途中までこの2人の人間関係について説明がない。
 のちに、ベレンという女性を訪ねてブエノスアイレスを訪れたドイツ人青年ペーターが、宿で盗難に遭って持ち金のほとんどを奪われ、オリンダのレストランに転がり込んで寝泊まりすることになるのですが、壁に貼ってある古い少女の写真を指差して「あれは誰?」と、ペーターが尋ねたことによって、オリンダは少しずつ身の上話を始めます(彼女は…という言い方をしますが、オリンダ自身の物語であることは見え見えです)。
 オリンダは、ある男性に恋をして、その男性に会うためにはるばるイタリア移民としてアルゼンチンに渡ってきたのです。ところが、当時は郵便事情が悪く、お互いの手紙が届いていなかったために行き違いになってしまい、再会することができなかった。何年か後に映画館で偶然に出会うことができたが、どうやら時既に遅かったようで、2人は結ばれなかったようです。ここまで聞けば、憎からず思っているのに結ばれなかった、その相手がフェデリコであることは薄々察しがつきます。フェデリコはすてきな庭のある家に住んで、いつも女の人と楽しげに会話をしている人物で、金持ちの女好きという印象を与えます。ハッキリとは言及されませんが、フェデリコのこの女性に対する博愛精神も、気性の激しいオリンダと、特に若いころ、うまくやっていくための障害となったことでしょう。
 冒頭から、何となくオリンダはいらいらとして、心ここにあらずで、レストランを売るといって不動産屋を呼んでは、名刺をなくしたとか台所の改修には応じられないとか、何とかかんとか様々な理由をつけて積極的に会おうとはせず逃げ回っています。まるで売る売る詐欺のように。
 アンヘルに対してかんしゃくをぶつけながらも、この店からいなくはならないと安心しているところがあったり、店に置いてくれというペーターを激しく拒絶しながらも、一度、受け容れるとなったら帰りが遅いことを心配して寝ずに待っていたり、どうにも情緒が落ち着かず、全体に不幸そうな印象を受けます。
 そんな彼女が、少しずつ変わっていきます。最も大きな節目は、故郷であるイタリアが地震で壊滅的な打撃を受けたという新聞記事を目にしたときではないでしょうか。ちょうど同じころ、オリンダの家で寝泊まりしていたペーターも、はるばる外国から追いかけてきた女性ベレンには他の男がいて、自分は騙されていたということを知り、レストランの常連で会ったルスも、もともと喧嘩ばかりだった彼氏との間がいよいよこじれ、気持ちがペーターに傾いていくというように、変化の連鎖が始まります。寝ぼけて皿を割ってばかりと叱られていたアンヘルも、実は恋人が妊娠中なので店員の仕事を掛け持ちしていて本当に寝不足だったことが判明。「キングバーガー」というファストフード店に内定が取れたからといって、何度目かの辞職願を出してきます。

 このアンヘルという人物も極めて面白い人物で、オリンダのかんしゃくの矢面に立たされてサンドバック状態。こいつ自身もふてくされた態度を取るので、若干、自業自得のところはあるのですが、概ねオリンダの方が無茶振りしている。時に大声で罵り合うような大喧嘩をして、辞職していなくなることもあるが、また当然のようにひょっこり戻ってくるし、オリンダもそれが当然と思っている。
 一度、ペーターが水道管を修理していたとき、「勝手にその辺をいじるとオリンダに怒られるぜ。」と、アンヘルが忠告するのですが、やってきたオリンダが、「あなたは配管工でも食べていけるわね。」と褒めるのを見て、アンヘルは実に面白くなさそうな顔をします。こんな小さい店に従業員2名、雇い主はえこひいきするし、アンヘルとペーターの仲が悪くなるのではないかと心配しましたが、じきに2人はいっしょに女の話をするくらいに仲良くなります。
 一見、いい加減な男に見えたアンヘルも、妊娠した彼女のために、色々と考えて一生懸命働いていたのです。アンヘルとオリンダとの関係は、まるで実の母と息子のようです。就職が決まったからといってフラッといなくなるけれど、実家に戻って家業を手伝うみたいに、またいつの間にか戻ってきてちゃっかりその辺にいる。本作の終盤で、キングバーガーに就職したはずのアンヘルがまた当然のようにオリンダの(ペーターが料理を作る)レストランにいるので可笑しかった。綴りも、Angelなんだね。エンジェルとは、恐れ入りました!:D

 オリンダは変化し、終盤近くなると、自分からフェデリコの家を訪ねて身の上を相談します。本作冒頭のオリンダからは、想像もできない行動です。フェデリコは、私たちの年齢だったら、余生を楽しむことを考えるべきだと言います。君は、あの店を売って何がしたいんだと問いかけます。
 オリンダはペーターに積極的に店を手伝いをさせ、母国でバーテンダーをやっていたというペーターを厨房に入れます。もともと美味しそうな調理シーンでしたが、ペーターが厨房に入ると、明らかに料理にも変化が現れます。2人で楽しそうに笑顔で調理し、本作冒頭ではぼんやりして料理を焦がしてしまったり、スープを失敗して捨ててしまったりということがあったのに、全く違った雰囲気です。料理の盛り付けも劇的に変わり、クルクル巻いた薄切りのハム、キウィなどの鮮やかなフルーツ、雪のように振り掛けるチーズなど、目が覚めるようなカラフルさが加わってきます。人物の心境の変化を、料理が表している様子は感動的といっていいほどです。
 ペーターとフェデリコを呼んだオリンダが、3人の夕食の席で乾杯の後、涙を浮かべながら言います。
「人生って思いどおりにならないし、今は目的も見つからない。若いころには夢があったのに…。そこにペーターが現れたわ。外国人に接して、外国語を聞いて、私も移民だということを思い出したの…イタリア人だということを。だから、行くことに決めたの。イタリアに。」
 ショックを受けたような顔のフェデリコが、どのくらい滞在するのかと尋ねると、どのくらい滞在するか決めていない。彼といっしょよと、ペーターを目顔で指します。すると、フェデリコが、何とも言えない表情でペーターを見つめて、それからまたオリンダを見ます。
 オリンダは、
「私はずっと帰りたかったの。ただの帰郷よ。」
 と言って微笑み、ペーターは、オリンダが故郷の村・シポントに帰ることについては大賛成だと言います。もともとオリンダは、地震のニュースを見たとき、自分の生まれた村・シポントで楽しい時間を過ごしたはずの、学校の名前が思い出せないといってショックを受けていたのです。その怯えた胸の内を吐露した相手は、ペーターでした。だから、ペーターには、帰郷を決めたオリンダの気持ちがよく理解できたに違いありません。なんといっても、ここアルゼンチンでは、2人とも「外国人」なのですから。
 この後、イタリア行きを決めたオリンダのレストランでパーティーが開かれ、寂しそうにしていてひっそり帰ろうとするフェデリコをペーターが捕まえ、こっそりオリンダの部屋に案内します。そこで、壁を埋め尽くす自分のスケッチ画を目にしたフェデリコは、漸く…いま、漸く、互いの気持ちに気づき、オリンダのもとに気持ちを告白しに行きます。このとき、両手でオリンダの顔を挟んでから接吻し、そっと指で顎を挟んでから去っていくフェデリコはとても粋でしたね。女の扱いが巧いという感じが、実にしました。大人のキスって、こうでないとね!:D

 ラストでは、ペーターが料理を作り、アンヘルが給仕するオリンダのレストランでは、若者の客もたくさん入り、かなり繁盛しているようです。やはり昼食に訪れているフェデリコのもとに、ペーターがオリンダからの絵葉書を持ってきます。それを読むと、美しい村の写真の裏面に、シポントの村は無事で、何も変わっていなかった。私の家の跡はレストランになっていた。現実に見る故郷は、心のなかで思っていたのとどこか違った…というようなことが書いてあります。どこか、心の枷が外れて、自由にのびのびとなったオリンダの雰囲気が伝わってきます。
 フェデリコは絵葉書を手にしたまま店を出て、心がうきうきと弾んできたらしく、店先にある赤い郵便ポストのてっぺんを、頭でも撫でるみたいにポンポンと叩いて歩み去っていく。
 これといった大事件は起こらないけれど、頑固な人物の心に変化が訪れ、何がこの人の心を頑なにしていたのか、謎解きのように見せていく手法に惹かれました。また、1人の人物の変化と同時期に、周囲の人々にも転換期が訪れるシンクロが心地よい。本作が、パウラ・エルナンデス監督の長編映画としてのデビューになるそうですが、実によい出来と感じました。食後の後味まですてきなお料理、といったところでしょうか。:)

参考
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=331793

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