「最強のふたり」【ネタバレ有り】 | 映画の夢手箱

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 映画の鑑賞記録です。基本的にネタバレ有り。

 映画館で予告を見たときから、公開を心待ちにしていた映画ですが、実際に劇場で見ると期待を上回っていました。
 映画の冒頭は、夜、フィリップとドリスの2人が車に乗っているところから始まります。フィリップは助手席で暗い顔をしており、運転席のドリスは時折、彼を気遣うが終始無言。彼らのいる車線は少し混んでおり、車は遅々として進まない。
 …と、突然、ドリスは車線を躍り出て猛スピードで無謀な運転を始めます。それでもフィリップは一切、制止の言葉をかけない。じきにパトカーに追われ始め、非常にスピード感あふれるカーチェイスが始まります。彼らはパトカーを振り切れるかどうか賭けを始め、とうとうパトカーに停められてしまうと、奇想天外な嘘をついて…!
 予告編を見た限りでは、これほどスピード感あふれる出だしで始まるとは思いませんでした。すっかり心が引きつけられたところで、タイトルが入り、彼らがこのカーチェイスに至るまでにどのような経緯を経てきたのかを時間を巻き戻して物語が始められます。わたしは、この掴みの部分で、既に名作の予感を覚えていました!
 この作品では、特に大きな事件は起きません。実話をもとにしているというだけあって、どこにでもありうる、起こりうる日常を描いていますが、フィリップとドリスの2人がソウル・メイトとでもいうべき深い絆で結ばれていて、2人が出会うことでまるで化学反応のように互いに変化が起きていくことがわかります。フィリップは金持ちだが頸椎損傷のため首の付け根から下は感覚のない病人で、ドリスは立派な身体を持つ陽気な若者だが貧しい暮らしで金も教養もない。お互いに、欠けているもの、欲しているものがあるのだけれども、知らぬうちにお互いがそれらを与え合って、良い方向に向かう流れに乗せていくところに感動を覚えました。まるで、生まれる前に2人で交わしたブルー・プリントが展開されていく様を見るようでした。
 この映画では、フィリップの状態を指して「障がい者」という言葉を使っていましたが、フィリップは自分を対等な人間として見てくれる人物を欲していた。普通の世話人は、「障がい者の方たちを支えてあげる仕事をしたい。」とか、「私には介護の経験があります。」といって自分を売り込みますが、フィリップの気難しさに1週間といつきません。フィリップは、世話をしてもらうという以上に、自分を対等な人間として見る人物を欲していたからです。
 ドリスは、何の仕事を募集しているか知らぬのにフィリップの世話人募集の面接に応募し、「なんでもいいからこの書類に判子を押してくれ。」と詰め寄ります。判子が3つ集まれば、就職活動をしていると認められて失業手当がもらえるから、と。自分は署名ができないとフィリップが答えると、ドリスはなぜと尋ねます。それに答えるように、フィリップが車椅子を操作して前に出てくると、初めてドリスは彼の状態を悟り、「それならあんたが代わりに署名すればいいね。」と、横にいる秘書に簡単に書類を回します。彼が署名できない状態なのはわかった、それなら代わりの人が署名すればいいね、という感じです。初対面のこのときから、ドリスはフィリップの身体的障害を気遣いもしないし同情もしない、何とも思っていないのです。この、何とも思っていないという心の状態をこそ、フィリップは気に入ったのだと思います。
 この映画を見る直前になって、わたしは、本作がPG12に指定されているのを知り、何がPG12だろうと疑問に思っていました。実際に見てみると、フィリップとドリスがマリファナを吸うシーンや、売春宿のシーンもありますし、ドリスが実にきわどい下ネタをいうシーンもありますから、その辺りがPG12の原因かとも思いましたが、もうひとつ、身体に障害を持つ病人、フィリップに対するドリスの態度についても、見る側に深い洞察力を求められると思いました。世話人に採用されたドリスは、チョコレート菓子を食べさせてくれというフィリップに意地悪して、「これは健常者用だからダメ。」といってなかなか口に入れてくれない(最終的にはひとつ食べさせてくれます)とか、フィリップの長く伸びたひげを剃るときに、ヒットラーのちょび髭に似せて剃り残すなどして「もうわたしで充分に遊んだか? それならもう全部剃ってくれ。」とフィリップに言わせたりしています。雪遊びをするときは雪玉をフィリップにぶつけ、実に容赦ありません。オペラ会場でフィリップの文通相手について話し合うシーンでは、「別に体のことを彼女に話さないといけないってわけでもない。テレビのチャリティー番組に出るわけじゃないんだろ?」といって、舌を出しておかしな表情をしてみせ、わたしは、もし日本だったらこのようなシーンは企画の段階で脚本が通らず実現するまいと驚愕しました。
 ドリスは、教養はないが実に愛すべき性格の持ち主で、これらの子供のような悪ふざけは、愛情と親しみに裏打ちされたもので、悪意がないのです。本作を鑑賞すればわかると思いますが、彼は初めからすべての存在に対して「対等」なのです。自分が誰かを救ってあげたり支えたりする存在とも思っていないし、誰かの下につく存在だとも思っていない。
 例えば、ドリスが、フィリップの娘(養女)が彼に対して無礼な態度を取ったといってフィリップに再教育を求めて食ってかかるシーンがあります。このために娘は、フィリップから、「使用人に対して敬意を払え、もし傲慢な態度を続けるようなら車椅子で轢く。」と叱られますが、同じその娘に対して、誕生会の日に部屋に引きこもって出てこないからといってドリスは気遣いを見せます。娘の無礼な言動に立腹はしたけれども、娘自身に対して憎悪や敵意を抱いてはいないのです。
 ドリス本人に人格的欠点がないかというと、決してそうではなく、彼は家族との関係がうまくいっていません。ドリスは、幼いころに子供ができない叔母夫婦に養子として迎えられ、その後、叔父が死に、叔母が再婚してたくさんの子供をもうけ、血のつながりのない弟妹がたくさんいるのです。フィリップのもとで働くようになる前は、狭いアパートの部屋で弟妹に当たり散らし、弟はグレているようだが反抗的で手がつけられず、ビル清掃の仕事で家族を養っている母(叔母)からは、6か月も音信不通だったことをなじられ、家から出て行けと厳しく責められます。ドリスには、宝石強盗の前科もあり、フィリップのもとでの面接会場からも卵の飾りを1つ盗み取っています。いつも、街角で同じくくすぶっている仲間たちと酒とマリファナで気を紛らしながら夜遅くまで起きています。
 彼の前科を知ったフィリップの親戚が、心配して彼を解雇すべきだとフィリップに忠告するシーンもありますが、フィリップは、「彼は私の体の状態を忘れて、私に電話を手渡すときさえあるんだよ。彼は私を対等に見ている。そこがいいんだ。彼の過去など私には関係がない。」と、その忠告を退けます。
 ドリスは、フィリップの世話人として働き始め、立派な部屋と報酬を得て、生まれて初めての体験をします。美術館で前衛的な絵画をみて、これなら俺にも描けると描いてみた絵が高値で売れます(もちろんフィリップがおもしろがって売り込んだからこそ売れたのだとは思いますが!)。オペラ会場でオペラをみたときは、「あの人、どうしちゃったの!? 木が歌ってる! 変だよ!」と笑い転げます。見かけによらず怖がりのところもあるドリスが、飛行機(チャーター機)にも乗り、フィリップとともにパラグライダーも経験します。高級車に乗ったときは、存分にエンジン音を楽しみます。今まで経験できなかったことを、フィリップの力により経験し、ドリスは変わっていくのです。
 フィリップの誕生会のシーンでは、笑っていたのに涙があふれてくるという不思議な体験をしました。いつもの誕生会では、広間で一同が神妙な顔をしてクラシックの演奏を静聴するわけですが、会がひととおり終わると、フィリップがドリスにクラシックの良さをわかってもらおうと、様々な有名なクラシック音楽を聴かせます。それに対していちいちドリスが、「これは知ってるよ! コーヒーの宣伝!」「これはいいね、将軍だ!」「わお、バッハはヤバい。」「これは有名だ、知らない人はいないよ…ほら、あれだ。ハローワークで流れてる!」「トムとジェリー!」などと、次から次へと可笑しな評をするものだから、「やめてくれ、高尚な作品が台無しだ。」とフィリップも大笑い。今度は自分のお気に入りの曲を紹介するといって、ドリスがポップな音楽を流して、踊り始めます。そして、ほかのみんなにも、
「さあ、踊ろうよ! フィリップの誕生日だよ! 踊ってフィリップの誕生日を祝おう!」
 と呼びかけて、みんなが楽しそうに踊り始めます。踊るみんなを、フィリップが楽しそうに見ている…。このシーンで、涙が止まりませんでした。フィリップは踊れないんだからみんなも踊るのを控えよう、ではないのです。踊って、フィリップの誕生日を祝うのです。踊れないけれども、フィリップもその輪の中にいる。今までの砂を噛むような退屈な誕生会の席で、誰がこのようにフィリップの誕生日を祝っただろうか、と思う次第です。ただ行事をこなすだけなら退屈な時間になってしまう。一番大切な、「フィリップの誕生を祝う」ということを置き去りにするなら、どのような配慮も虚しいだけです。
 一度、ドリスは弟のトラブルのためにフィリップのもとを去らなくてはならなくなります。庭でドリスが家族に電話して、「俺には無理だ、俺は行けないよ。仕事があるから。」と話しているのを聞いて、彼が自分の世話人としての仕事を自覚して、それに責任感を持つまでに成長していることを知り軽い驚きを覚えました。
 その電話の会話を聞いていたフィリップは、ドリスのために彼を解雇します。家族の問題を解決させるための時間が必要だったからです。その後に雇った彼の世話人は、フィリップの苦しみに心を寄せることなく、「心配しないで、彼はいまちょっと機嫌が悪いから。」と、まるで気難しい病人扱いしているのを聞いて、フィリップは、「機嫌が悪いだと? ばかめ!」と苦々しい表情になります。
 このような思いをした後、秘書がフィリップの様子を心配してドリスを呼び寄せ、夜、ドリスがフィリップの邸宅を訪れます。夜の庭からドリスが近づいていくと、暗鬱な表情で邸内から庭を眺めていたフィリップがそれに気づきます。
「やあ、調子はどう?」
 と、暗闇で笑顔のドリス。これを見た瞬間、またまたブワッと涙が出てしまいました。このときもですが、ラストシーンでもドリスの笑顔は、なんて胸に突き刺さるほどのい~い笑顔なんでしょう。お互いの状態がどうかではなく、心と心で結ばれた本物の親友であることが理屈抜きに伝わってきました。ラストシーンで予約されているレストランが、ドリスという名前でなく、養子になる前の彼の本名で予約されている点もしみじみと良かったですね。フィリップもドリスも、人生において失ったものを、互いの出会いにより取り戻し、もっとよいものへと昇華させたのです。

 本当の意味での「対等」とはなんなのか、深く考えさせらる映画でした。昨今、我が国では、障碍者という言語が考案されたり、何々という言葉は使わないようにしようという言葉狩りが行われたりすることが多いですが、どのような言葉を使おうとも、その言葉を使う人が相手を傷つける意図でその言葉を使えばそれは武器になります。言葉狩りを行う人たちから見れば、ドリスの悪ふざけなどは言語道断だったでしょう。しかし、身体的にできないことはできないこととして、その存在そのものを一個の人間として扱うドリスの態度をこそ、フィリップは切望していたのです。


参考

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%81%AE%E3%81%B5%E3%81%9F%E3%82%8A

http://saikyo-2.gaga.ne.jp/


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