映画:ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間 あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

 何が何やら分からない、それがリンチ・ワールド。「ツイン・ピークス」はデイヴィッド・リンチ監督の摩訶不思議な世界観が存分に発揮された映画です。

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 アメリカ北西部の山間の町、ツイン・ピークス。ここで一人の少女の変死体が発見された。少女の名はテレサ・バンクス。事件は人々の強い関心を集めた。

 この事件を捜査するため、FBIから捜査官デズモンドが派遣されてくる。しかし、彼は捜査中に蒸発。そして、行方不明になっていた捜査官ジェフリーが急に現れ、“この世の悪の存在”を警告してまた消えるなど、次々に怪事件が起き、事件の謎は深まっていくのだった。

 それから1年が過ぎる。ツインピークスの高校に通う17歳のローラ・パーマー。彼女は学校でも有名で皆の人気を集める美しい少女だ。しかし、彼女は日々不安に怯え、ドラッグやセックスに逃避する日々を送っていた。そんなある日、事件が起きる。ローラが変死体で発見され、ローラの友人ロネット・ポラスキーが山林を彷徨っているところを保護されたのだ。

 一体、何が起きたのか?誰がローラを殺したのか?この事件の裏には衝撃の事実が潜んでいた。

 謎の多いツイン・ピークス。「ツインピークス ローラ・パーマー最期の7日間」はドラマの前日談を描いていますが、ドラマを知らなくても、存分にリンチ・ワールドを体験できる完結したストーリーになっています。

 『解説とレビュー』では、映画「ツイン・ピークス」の謎をひとつひとつ解説していきましょう。ローラを殺した犯人、そして結末の意味を含めて、「ツイン・ピークス」の世界を見ていきます。

【映画データ】
ツイン・ピークス
1992年・アメリカ
監督 デイヴィッド・リンチ
出演 カイル・マクラクラン,デビッド・ボウイ,キーファー・サザーランド,デイヴィッド・リンチ,クリス・アイザック,シェリル・リー

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映画:ツイン・ピークス ローラ・パーマー最後の7日間 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★ローラを襲う辛い現実―父親の歪んだ愛―

 ローラは生前、酒を飲み、ドラッグに手を出し、生活は荒れていました。ローラはドナに、「宇宙に放り出されたらゆっくり落ちる? それとも急降下? 」と聞かれて、「急降下よ、永遠に。天使も助けてくれないわ」「天使は行ってしまったから」と答えています。

 また、バーに出かけたローラが中に入ったとき、歌手は「なぜ、あなたは去って行ったの? 私の元から。なぜ行ってしまったの? 私のせい? それともあなた? 」という歌を歌っています。歌手は天使を思わせる純白の衣装を身にまとっていました。これはローラの元から去ってしまった絵の中の天使。

 この時点では、ローラは“ボブ”が父親であるとの確証を持っていません。自分がなぜ、こうなってしまったのか、彼女は思い悩んでいました。

 しかし、彼女が自暴自棄な生活をしていたのは、父親との性的な関係を心のどこかで知っていたからです。自分の部屋に忍び込む男を“ボブ”と呼び、父親だと認識しなかったのは、ローラに酷いことをする男が父親だとは思いたくなかったから。同様に、ボブがいつも部屋の窓から侵入してくるとローラが信じ込んでいたのは、ドアから侵入してきていると信じたくなかったことの裏返しです。ドアから忍び込んでくるということは家族が犯人、すなわち父親がボブであるということになるからです。

 しかし、ボブが家に侵入したと思ったら、父親が家から出てきたり、片腕の男"マイク"に「あれはあんたの父親だ ! 」と糾弾されたローラは次第に真実に気が付きはじめます。ついに、部屋に忍び込んできたボブの顔が父親の顔になるのを見たローラはボブが父であることに気がつきました。

 この晩、ローラの母はリーランドに薬を入れた牛乳を飲まされていましたが、薄れていく意識の中で、白馬が現われ、それが消えていくのを見ています。白馬は純潔や清純さの象徴です。その白馬が消えていくということは、ローラが犯されるということを暗示しているのです。

 その翌日からはますます、ローラは薬にのめり込み、薬漬けになってしまいます。気がつけば、壁にかけてあった絵からは天使の姿が消え去っていました。心の支えを失ったローラはドラッグ・パーティにも出かけてしまいます。もう、彼女はボーイ・フレンドのジェームズと付き合う気力すらなくしていました。

 「あなたのローラは消えたの」。父との関係を知ってしまった今のローラには、とても、ジェームズと付き合うことはできません。ローラの心のどこかには、もう死んでしまいたいという気持ちがあったのでしょう。「自分の汚れた体なんてどうなってもいい」と思う自暴自棄な感情が勝っていきます。どんどんと事態は悪化していきました。

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★父親に殺されたローラ、天使に救われたローラ

 ロネットとローラはリーランドに捕まり、廃貨車に連れ込まれました。このとき、ロネットは天に祈りをささげ、天使がロネットの元に現れています。一方、いよいよ、父(ボブ)に殺されそうになったローラは指輪をはめました。

 指輪をはめるということは、悪魔、すなわち片腕の男"マイク"と契約をしたことになります。ローラの死後、ボブに契約を履行させた片腕の男"マイク"はクリーム・コーンを食べることができていますから、ローラの魂は一度、悪魔にさらわれてしまいました。

 このとき、天使に祈りをささげたロネットは後で保護され、命を取り留めています(この部分はツインピークスのドラマ版冒頭から)。天使は殺される寸前に祈りをささげたロネットを救い、そうしなかったローラは命を落としました。このあたりは「信じる者は救われる」というキリスト教の価値観に沿っています。

 しかし、赤い部屋に座るローラを迎えにやってきたのは天使でした。天使はこれまでのローラに降りかかった不幸を全部見ていたのでしょう。天使は一度、悪魔の手に堕ちたローラを救ってくれたのです。

 後日、死体で発見されたローラの死体は不思議に美しく、人々の関心を惹きました。生前、毎日を恐怖と不安の中に生きていたローラは、死後に平安の世界を得ました。ローラの美しい死に顔は天使に救われたローラの安堵の表情なのかもしれません。

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★赤い部屋 - 片腕の老人と赤い服を着た小人の謎 -

 結末、赤い部屋のソファに座る者は片腕の老いた男"マイク"と赤服を着た小人です。小人はマイクの腕のない方の肩に手を置き、2人で声を合わせて話をしています。赤服を着た小人はかつて、「私は腕だ」と話していました。また、小人は「私はこんな音がする」と言って、奇妙な音を立てて見せます。

 この音がする場面は他にもありました。それは、片腕の男"マイク"がローラの父リーランドとローラの乗る車を追いかけてきた場面です。この場面には赤服の小人は登場しませんが、奇妙な音がすることから、その小人がマイクとしてその場面に存在するということが分かります。

 以上の理由から、『片腕の男"マイク" = 赤服の小人』、つまりマイクと赤服の小人は2人で1人であることが分かります。

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★悪魔の集会、そしてマイクとボブの取引

 ローラの父、リーランドにオーバーラップして現れる長髪の白髪の男は「ボブ」と片腕のない老人に呼ばれています。そこで、彼の名を“ボブ”として話を進めましょう。このボブ、そして片腕の男"マイク"(赤服の小人)の共通点はいずれも、赤い部屋に出現するということです。そして結末、3人は一堂に会することになりました。

 ボブとマイクが初めて登場するのは、ジェフリーズ捜査官のイメージの中です。ジェフリーズ捜査官は、デビッド・ボウイが演じた白いスーツの捜査官で、ゴードンとクーパーの目の前で消えてしまった人です。彼の見たイメージは次のようなものでした。

 薄暗い部屋の中、手前のテーブルには赤服の小人とボブが向かい合って座っており、テーブルにはコーン・クリームの入ったボールが置かれています。また、奥には数人の人が立っているのが見え、そのなかにシャルフォン婦人と孫息子のピエールがいるのが見えます。

 このイメージを見たジェフリーズ捜査官は「やつらはそこにいる! 」と叫びます。やつらとは、テレサ殺害事件を引き起こした“悪魔”のこと。ジェフリーズ捜査官が見たのは悪魔の集会です。つまり、この部屋の中にいる人々は悪魔か、悪魔に関係する人々。

 注目すべきは、赤服の小人(マイク)とボブが向かい合って何やら話をしているということです。実はこのとき、ある取引がなされていました。それは、ローラの魂です。赤服の小人はローラの魂を欲しがっていました。一方、ボブはローラの肉体を欲しています。赤服の小人はそれを知った上で、ボブと取引をします。「ローラの体はボブに与える、しかし、ローラの魂は赤服の小人に渡せ」、という取引です。

 赤服の小人はマイクの“悪魔”の部分。マイクもローラに内心、暗い欲望を燃やしていました。そこで、マイクは自分の中の悪魔である赤い服の小人に取引をさせたのです。

 ところが、ボブの本心は違いました。ボブはローラの体だけでなく、ローラの全てを欲しがったのです。ボブは約束を破り、マイクの許しを得ずにローラを殺してしまいました。マイクは慌てて走ってきますが、間に合いません。結局、ボブはローラを殺し、ローラの死体を投げ捨てます。

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★破られた約束、そしてクリーム・コーン

 ここで、再び、結末のシーンを見てみましょう。

 ラスト、片腕の男"マイク"は赤服の小人と声を合わせ、「私の痛みと悲しみを返してくれ」「私のガルモンボジーアを」とボブに要求しました。すると、ボブはリーランドの服についたローラの血液をうつしとり、床に投げ捨てます。床に消えていく血痕。その後に大写しになるのは、クリーム・コーンを食べる赤服の小人の口です。

 マイクのいう「痛みと悲しみ」「"ガルモンボジーア"」とはローラのことです。「返してくれ」といったのは、取引を破って、ボブがローラを殺してしまったから。ボブは不満そうに顔を歪めつつも、ローラの血の一滴までも床に投げ捨て、約束通り、ローラをマイクに返しました。

 ジェフリーズ捜査官の見た悪魔の集会の場面で、取引をしている赤服の小人とボブの座る机にクリーム・コーンが置いてありました。このクリーム・コーンこそ、マイクの大切にしている「痛みと悲しみ」「ガルモンボジーア」、つまり、ローラの魂。ボブにローラを返させた赤服の小人(マイク)は晴れて、クリーム・コーンを食べることができたのです。

 マイクが車を飛ばしてリーランドとローラの乗る車を追いかけてきたとき、「コーンを盗んだな! 」と言ってリーランド、つまりボブを非難しています。「コーンを盗んだ」リーランドとはすなわち、マイクとの取引を破ってローラの魂までをも狙うボブを非難しているのです。そして、ローラに対しては、「あれは彼だ、あんたの父親だ! 」といい、リーランドが悪魔(ボブ)であることをローラに糾弾していました。ちなみに、この場面で黒い犬が吠えているのがオーバーラップされますが、黒い犬は悪魔の象徴です。

 また、マイクがリーランドに「糸が切れる! 」と言っていたのはリーランドの理性が持たないことの暗喩。こらえていたローラに対する欲望が理性を押し切って溢れだすことを意味しています。

 端的に言ってしまえば片腕のない男"マイク"とボブの争い、ローラの奪い合いが結末に向かって描かれているのです。

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★2人で1つ―マイクと赤服の小人、リーランドとボブ―

 片腕のない男"マイク"は赤服の小人と2人で1つでありながら、悪魔の集会の場面には姿を見せず、集会には赤い服の小人しかいません。また、人間の世界で現われるのはマイクだけです。なぜでしょうか。

 マイクはローラのことを「痛みと悲しみ」と表現しています。それは、彼女に対する欲望が間違ったものであることの罪悪感の現れです。ローラ、もしくはローラの魂を自分のものにしたいという思いに恥じる部分がありつつも、その思いを消し去ることのできない辛さ、それがマイクにとっては痛みと悲しみとして表れるのでしょう。

 赤い服の小人が完全に悪魔であるのに対して、マイクには人間的な部分があります。人間であったマイクは自分の中に潜む、完全な悪を赤い服の小人という悪魔として分離してしまったのかもしれません。悪魔の集会にマイクが出席していないのは、完全な悪魔ではないマイクには悪魔の集会に出席する資格がないからです。

 マイクと赤服の小人の関係はボブとリーランドの関係と同じです。リーランドは人間ですが、ボブは悪魔。リーランドとボブは2人で1つの存在です。言いかえれば、リーランドの暗い面が分離してできたのが“ボブ”という存在。自らの暗い欲望に対するリーランドの人間としての罪悪感が“ボブ”という悪魔を生みだしたのです。

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★緑色の石の指輪、青色のバラ、フォーマイカのグリーンのテーブル…

 この指輪は"悪魔の指輪"です。この指輪をつけられるのは、悪魔か、悪魔に魅入られた者だけ。この指輪をつけた生者は必ず死ぬことになります。

 ローラは生前、このリングをつけた者たちのイメージを見たことがありました。リングをつけた片腕の男"マイク"、そして、リングをつけたテレサ。ローザは青白く発光する部屋の片隅に向かって「あなたは誰 ? 」と問いかけますが返答はありません。このイメージを見せたのはボブではなく、マイクです。マイクはローラの魂を欲しがっていました。この緑石の指輪は人の魂を悪魔へ引き渡す力を持っているのです。

 悪魔のリングに付いていたのは緑色の石、そして青白く発光する光。ザーッというノイズ音と青い画面のテレビにフォーマイカのグリーンのテーブル。全てに共通するのは全て緑青という色。

 この緑青色が象徴するのは「人間の世界」と「異世界」の切り替え点です。緑青色の画面がはさまれる前後には何がしかの異世界のイメージが見えています。

 先ほどあげたローズの部屋の青白い発光だけでなく、ジェフリーズ捜査官がゴードンのオフィスから忽然と消えてしまったときも、緑のノイズ画面がはさまれていました。また、映画の冒頭で、デズモンド捜査官が赤いドレスにつけられた青いバラのブローチについて説明をはぐらかしていましたが、青いブローチはテレサの殺人事件が「異世界」に関係するものであるということを意味していました。その意味を理解したデズモンド捜査官は謎を追ううちに、緑色の石の指輪に遭遇し、彼は「異世界」に連れ込まれてしまいました。

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★老婦人と孫息子

 デズモンド捜査官はトレーラー・パークの主人カール・ロッドに保安官助手のトレーラーの位置を聞き出しながら、なぜか真逆の位置にあるシャルフォン婦人のトレーラーに足を向けました。デズモンド捜査官はその直前、目の前にある電柱の数字に目を留めています。その数字は「6」。言わずと知れた、悪魔の数字です。これをきっかけにデズモンド捜査官はシャルフォン婦人のトレーラーに向かったのです。

 一方、この電柱の数字はこのシーンの前、サムとデズモンド2人でテレサのトレーラーを訪れたときにも出てきました。そのときに、この電柱の数字を思い浮かべたのはトレーラー・パークの主人カール・ロッド。彼は、テレサのトレーラーにふいに現れた1人の杖をついた小さな老人を見たときにこの数字を思い出していたのです。

 すなわち、この老人は悪魔。また、電柱の「6」の数字を見たデズモンドが直後に向かった先のトレーラーの主・シャルフォン婦人も悪魔に関係する者であることを観客に暗示しています。主人のカール・ロッドがクーパー捜査官に話しているところによると、このトレーラーの持ち主はシャルフォンという人で小さい男の子と住んでいたとのこと。

 ここで、再び、ジェフリーズ捜査官のイメージに出てきた、"悪魔の集会"を思い出してみましょう。シャルフォン婦人とその孫息子ピエールの姿が確認できるはずです。つまり、彼らは悪魔、もしくは悪魔に関係する者たち。

 ピエールはこちらに向かって指を指し、「犠牲者だ」と言います。観客はジェフリーズ捜査官の視点から悪魔の集会をのぞいているわけですから、男の子が指したのはジェフリーズ捜査官です。男の子はジェフリーズ捜査官が悪魔の犠牲になる者であるということを言っているのです。行方不明になっているジェフリーズ捜査官はあまりにも悪魔たちの暗躍に迫り過ぎてしまったのかもしれません。

 シャルフォン婦人とピエールの役回りは何でしょうか。

 シャルフォン婦人はローラのアルバイト先の店に現われて、「あなたの部屋に合うわ」と言いながら、"赤い部屋"に通じるドアを描いた絵画を手渡し、ローラを赤い部屋の中に導いて、赤い服の小人から緑色の石の指輪を受け取らせようとします。クーパーが現われて警告してくれなければ、ローラはあっさり受け取ってしまい、その場で悪魔の手に堕ちてしまったかもしれません。

 また、白い仮面をつけたピエールは「仮面の後ろの男が破れたノートを探してる。隠し場所に向かってる、今は扇風機の下にいる」と言って、ローラの父リーランド、すなわちボブがローラの日記を探していることをローラに教えました。ボブが部屋でローラの日記を探していると聞けば、ローラは急いで部屋に向かい、盗まれまいとするでしょう。ピエールとシャルフォン婦人はマイク(赤服の小人)がボブに出し抜かれないように手助けしている存在であるようにも見えます。

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★ジェフリーズ捜査官の警告―“大きな悪”とは―

 ローズの父親リーランドは娘に似ているテレサに欲望のはけ口を求めていました。ある日、彼はいつものようにテレサの元を訪れたときに、娘と友人の下着姿の幻影を見てしまいました。このとき、彼は罪悪感に目覚め、テレサに金だけを渡して去っていきます。

 父親リーランドが去っていく後ろで飛び跳ねているのはピエール。彼はヤドリギを手に持ち、白い仮面をつけてぴょんぴょん飛び跳ねています。

 この格好や動作が出てくるのは2回目です。1度目はジェフリーズ捜査官のイメージに出てくる"悪魔の集会"のとき。赤い服を着た、大人の男がやはり白い仮面をつけて、ヤドリギを手に持ち、ぴょんぴょんととび跳ねています。

 どういうことなのでしょうか。

 実は、この男こそが、悪魔の中の悪魔、いわば"悪魔の王"。赤服の小人やボブ、シャルフォン婦人やピエールは悪事を実際に働く実行部隊にすぎません。赤服の男は、彼らを使って、悪事を働き、悪を人間界に拡散しようと仕組んでいる張本人。彼が出てくるのは後にも先にもこの場面だけです。彼は表だって動くことはありません。

 ピエールは集会の場面で後半、"悪魔の王"の被っていた白い仮面を被ります。最初仮面の下にあったのは確かにピエールの顔。しかし、2度目に仮面をずらしたときに下にあったのは、およそ人間とはいえない、眼窩の黒く落ちた獣のような悪魔の顔でした。

 ジェフリーズ捜査官は一度、姿を現したとき、この世に存在する“大きな悪“の存在を警告して消えていきました。ローラを殺したのは彼女の父親リーランドですが、そのリーランドを操るもっと大きな悪魔の力が働いているということをジェフリーズは警告していたのです。

 悪魔はそのままの姿では、人間の暮らす世界に来ることはできません。赤い服の小人は片腕のない男"マイク"が人間の世界での姿ですし、ボブはローラの父親リーランドの姿を借りています。そして、それは"悪魔の主"といえども事情は同じ、人間の世界ではピエールの姿を借りる必要がありました。

 ツイン・ピークスでは、この赤服の男同様、赤い服や白い仮面をつける者はその者が悪魔に関係しているということを意味しています。また、聖書には"悪魔は幼き者の姿を借りて現れる"という一節があります。その言葉通り、“悪魔の王”は幼きピエールの姿を借りることで、人間の世界で悪魔の力を行使できるのです。

 それが証拠に、シャルフォン婦人がローラに贈った絵の中のドアを通って、赤い部屋に向かうローラを導くときのピエールは仮面をつけていません。つまり、ここでのピエールは悪魔の憑いていないピエールです。赤い部屋では悪魔は悪魔でいられるため、ピエールの体は必要ないからです。

 ピエールは人間ですが、人間界において彼は“悪魔の王”の媒体の役割を果たしています。そして、ピエールの世話をするシャルフォン婦人は悪魔崇拝者、もしくは魔女といったところの役割であると思われます。彼女は幼い孫ピエールを悪魔の媒体として悪魔に差し出したのかもしれません。

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★赤い部屋 - 赤い部屋の意味 -

 赤いカーテンが下がり、白と黒の模様の床のある、不思議な空間"赤い部屋"。ここはどのような場所なのでしょうか。

 まず、赤いカーテンはこの場所が特別な場所であることの象徴です。劇場などで使われる赤いカーテンは客席という"現実"と演劇という"空想"の舞台を仕切るもの。赤いカーテンは現実と異空間を仕切る象徴であり、赤いカーテンの中は現実とは違う異空間であることを示します。

 また、赤いカーテンの内側の床は白と黒の幾何学模様です。この「白と黒」に注目してください。白と黒は、善と悪の象徴です。白と黒が同居しているということは、この空間には善と悪が同居しているということを表します。

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★赤い部屋の謎 - 赤い部屋の機能 -

 では、赤い部屋は何のために存在するのでしょうか。それを解明するためには、「ツイン・ピークス」の世界観を整理する必要があります。

 「ツイン・ピークス」には3つの世界が存在しています。ひとつは人間たちの住む世界、そして、もう一つは悪の世界。そして、もう一つは善の世界です。

 悪魔が集会を行っていたということは、「悪の世界」があるということです。そうならば、その対極概念である「善の世界」があるのではという推測が成り立ちます。

 廃貨車の中でローラとともにリーランドに捕えられたドラッグ仲間のロネットの前には天使が現われて、ロネットの縄を断ち切りました。さらに、ローラの部屋に出現したアニーという女性は「"善いデイルはロッジにいて出られない"」と言い残しています。残念ながら、映画のみでは「デイル」が何者なのかは分かりません。ただ、「善のものが存在し、その善きものの世界(ロッジ)から、善は出ることができない」ということは分かります。

 そして、赤い部屋の床が白黒であり、善と悪の同時存在を示唆していることはすでに説明しました。そこで、赤い部屋の来訪者たちを思い返してみましょう。

 まず、赤い服の小人と片腕のない男"マイク"です。それに、ボブ。彼らは悪魔です。一方、死んだローラが結末に姿を現しました。人間である彼女は涙を流しながら上を見上げています。その視線の先には白い羽を持つ天使の姿がありました。つまり、この部屋には天使がくることもあるのです。さらに、クーパー捜査官がローラに寄り添っています。彼は生きている生身の人間ですから、クーパー捜査官のように、"赤い部屋"には、生きている人間も来ることができるようです。

 これを総合すると、赤い部屋には「ツイン・ピークス」の3つの世界からいずれも来訪者があるようです。"悪魔の集会"を思い浮かべてみると、あの部屋には悪魔しかいませんでした。人間はいない。つまり、悪の世界は悪魔だけのようです。また、「"善いデイルはロッジにいて出られない"」というアニーの言葉からすると、悪の世界に悪魔しかいないのと同様、善の世界にはやはり天使しかいないのではないでしょうか。

 人間の世界はどうかといえば、先ほど書いたように、悪魔は天使とは異なり、人間界に直接姿を現すことはできず、何がしかの肉体を借りて出現する必要があります。一方、赤い部屋は天使も悪魔も人間も、そのままの姿で訪れることが可能です。この特殊性を考えると、"赤い部屋"にはある機能が存在することが分かります。それは、1, 善の世界 2, 悪の世界 3, 人間の世界 のコネクションルームであるというものです。

 天使・悪魔・人間、この3つの世界は完全な双方向性を有していません。異端者はまったく入ることができないか、何かを媒介にしないとその世界に入ることができません。このように、相互に接触不能な世界を結びつけるために""赤い部屋""が設けられました。この部屋でならば、3つの世界から来る者は直接に接触することが可能なのです。

 では、この部屋を使って何が行われるのでしょうか?

 例えば、クーパー捜査官のように、犯罪捜査に利用するということもあるでしょうし、赤い服の小人と片腕のない男"マイク"がローラの父親に憑依したボブとの取引の清算をしたように、悪魔と人間との取引場所として使われることもあるでしょう。

 また、悪魔から直接指輪を渡されようとしたローラのように、悪魔と人間の待ち合わせ場所として使われるかもしれません。もしくは、死んで""赤い部屋""に来たローラのもとに天使が現われたように、天使が死者に対して最後の祝福を与えに来る場として使われることもあるようです。

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★赤い部屋 - なぜ赤い部屋ができたのか -

 人間は夢を通して赤い部屋にアクセスするということになっています。ローラが絵画のドアを通り抜けて赤い部屋に行ったのも、夢の中でしたし、クーパー捜査官も夢の話を上司のゴードンにしています。防犯カメラにクーパー捜査官の残像が映ったままになったのは、そのときに近づいてきていたジェフリーズ捜査官の影響でしょう。

 ジェフリーズ捜査官はすでに赤い部屋の向こう側の世界に囚われてしまった人です。「何かを見つけたんだ」と主張した彼は「僕らは夢の中で生きている」とも言い残していきます。

 夢を見ている人間というのは最も、あの世に近づいているといわれます。それに、何といっても、"赤い部屋"は天使と悪魔が交差する場所です。"赤い部屋"は死後の世界に近い場所なのでしょう。赤いカーテンの中は死者と生者が入り混じる、死と生の中間の場所なのです。

 しかし、そもそも赤い部屋はなぜ、存在するのでしょうか?

 善と悪は対立する存在です。悪魔と天使は敵対関係にあるわけです。彼らが反目しあうのは人間の扱いを巡って、です。人間を悪の道に誘い込もうとする悪魔、それを止めようとする天使。天使と悪魔の対立点は人間に求められます。

 ローラは日記を預けようとハロルド・スミスという男性の家に行き、彼に"ボブ"という悪魔の存在を訴えます。そのとき、真に迫る彼女の表情は一瞬悪魔に変貌しました。一方、ローラへの歪んだ愛情から欲望を抑えきれない父親のリーランド。彼はローラに愛しているよと言って泣き、ローラの面影を求めてテレサと寝ることに罪悪感を感じて金だけ払って立ち去り、ローラを殺す最後の瞬間にも、「私にやらせないでくれ」と言って抵抗します。誰にでも、善の部分はあるし、悪の部分もある。

 人間という存在が、善か悪か、どちらか100%ならば、そもそも、天使と悪魔は人間を巡って争う必要はありません。自動的に天使側か悪魔側かを振り分けることができるからです。

 しかし、人間は善と悪の両方を包含する存在です。従って、無条件に天使のいる善の世界に入ることはできませんし、無条件に悪の世界に入ることもできません。この人間という複雑な存在は、善悪両方を受け入れる赤い部屋の性質と類似するものがあります。逆にいえば、人間という存在がこの世になかったならば、赤い部屋は不必要なものだったでしょう。人間が存在するゆえに作られた部屋が赤い部屋であると言っても過言ではありません。

 人間は善にも悪にもなることのできる存在です。そして、人間を巡って、悪魔と天使がそれぞれに駆け引きを繰り広げています。心の弱さにつけ込まれ、悪魔との取引をしてしまうのか、それとも、別の道を選ぶのか。

 誰の心にも、“ボブ”や“赤服の小人“は存在するのです。自らに内在する恐怖や醜悪な欲望の存在を許し、拡大させて、悪に堕ちるのか、それとも善に生きようと努めるか。どちらを選択することも、人間の自由。個人個人の選択と生き方にかかっています。

 しかしながら、人間から悪の部分を完璧に駆逐することはできません。自分がどれだけ正しい生き方を選択していると思っていたとしても、心の奥底には"弱さ"がある。

 重要なのは、その弱さを自覚しているかどうかということです。この弱さについて自覚がないと、弱さにつけ込まれたときに全体が脆く崩れ去る可能性が高くなります。自らの心の弱さを自覚し、人として善き振舞い、正しい選択をすることができるのか。善とも悪とも割り切ることのできない、この不安定な立ち位置が人間でいることの危うさと魅力なのかもしれません。

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