映画:遠い空の向こうに あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

 4人の高校生がロケット研究に夢をかける実話に基づくストーリー、『遠い空の向こうに』。主演はジェイク・ギレンホール。

 あきらめないこと、夢を見ること。今さらながら映画を見る者にその大切さを思い出させてくれる。

遠い空の向こうに


 1957年の10月5日はアメリカ国民にとって衝撃の日だった。前日にソ連がアメリカに先駆けて人工衛星スプートニクを打ち上げたのだ。

 ウエスト・ヴァージニアの炭鉱町も例外ではなく、5日の夜は町の住民が総出で夜空を横切るスプートニクを眺めていた。

 高校生のホーマーは炭鉱責任者の父と母、アメフトの選手の兄の4人で暮らしている。
 ホーマーもスプートニクを眺めたその一人。彼にとっては運命の日でもあった。

 彼はある決心をする。そう、ロケットを作るのだ。

 さっそく遊び仲間と共に計画を練るが、知識不足は否めない。そこで、いつもクラスで仲間外れにされているクエンティンも仲間に引き入れることに。かくして「ロケット・ボーイズ」4人組が結成されたのだった。

 さっそく、ロケット製作に取りかかる四人。けれども、ホーマーの父ジョンはロケットに夢中な息子に冷淡な反応を示していた。

 次第に4人にはある思いがわいてくる。それは、全米科学技術コンテストに出場して優勝し、大学へ行くための奨学金を得るという計画だった。

【映画データ】
遠い空の向こうに
1999年 アメリカ
監督 ジョー・ジョンストン
出演 ジェイク・ギレンホール,クリス・クーパー,ローラ・ダーン

遠い空の向こうに

↑シャトル・エンデバーの打上げ


映画:遠い空の向こうに 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★遠い空の向こうに、そして炭鉱町。

 本当に心に迫る作品でした。遠い空の向こうに、この映画のキーワードは夢。

 この映画は、ロケット研究に夢を追った少年たちの姿と、ホーマーと父親のジョンの親子の絆の再生を主軸にしています。

 そして、ホーマーたち4人の夢を信じて支え続けてくれた教師、ミス・ライリーや、ロケットの製作に陰ながら手を貸す炭鉱の男たちのように人への信頼や優しさがさまざまなかたちで描かれています。

遠い空の向こうに

↑シャトル・エンデバーの打上げ準備


 なぜ、ホーマーたちは大学に行く奨学金にあれほど一生懸命になったのでしょうか。それは当時の職業事情に大きな理由があります。

 ホーマーたちの住む炭鉱町に限らず、一般的に親の仕事と同じ仕事に子供が就くのは当たり前という考え方が根強かった時代でした。

 また、炭鉱町は炭鉱の労働者が炭鉱の周りに住むことで形成された町です。

 したがって、炭鉱町は住民のほとんど全員が炭鉱で働く労働者でした。炭鉱で働く他に仕事はなく、親子二代で炭鉱に入る者も少なくありませんでした。             

 そして、坑内火災や粉塵爆発、ガス爆発などの事故の犠牲の多さや石油へのエネルギー転換が進む中で、次第に炭鉱は廃坑の憂き目をみるようになります。

 ホーマーの父、ジョンが監督を務めるこの町の炭鉱も同じ。労働者の解雇や給料の削減をはじめ、閉鎖が噂されるようになっていました。

遠い空の向こうに

↑シャトル・アトランティスのエドワーズ空軍基地着陸


★父親のジョンとホーマーの関係。そして、炭鉱で働くということ。

 ジョンは炭鉱の監督という立場ながら、事故が起きれば日夜を問わず、命の危険を顧みずに現場に駆け付ける男。

 今までに何人もの命を救い、その仕事ぶりは部下たちからも慕われ、厳しいが公正な人だと尊敬されていました。

 一方で、そんなジョンは、妻にとってはジョンの命や怪我の恐れが心配の種であり、また、ホーマーにとっては父を誇りに思うと同時に父の厳格さに反発を感じる一因でもありました。

 そんな一家に転機が訪れました。恐れていた自体が現実になったのです。

 それは、ジョンが坑内での事故の救出活動中に負傷したというものでした。家計を支えるために誰かが働かなければなりません。

遠い空の向こうに

↑シャトル・アトランティスの発射成功


 奨学金の決まっていた兄の代わりにあんなにも嫌っていた炭鉱仕事に就くことにしたホーマーでした。

 彼は奨学金の重さを分かっていました。親子二代で炭鉱で働くのが当たり前のこの時代。奨学金は町を離れて、新たな第一歩を踏み出す切符でした。

 早朝から真っ黒になりながら地下の坑道で汗を流し、疲れきって帰る生活。炭鉱労働の苦労を身に染みてホーマーは感じたはずです。

遠い空の向こうに

↑シャトル・チャレンジャーの打上げ

 
 もちろん、ロケットに対する熱意は衰えていません。ミス・ライリーの言葉にも励まされ、炭鉱の仕事を放棄してロケット実験に復帰します。

 けれども、炭鉱の仕事を経験することはホーマーに精神的な成長をもたらす契機になりました。

 炭鉱労働は辛い肉体労働で、命の危険が伴い、負傷者の絶えない仕事。
 これは僕のする仕事じゃない、と少なからず嫌悪していた父の仕事を自ら経験したホーマーには父の仕事に対する敬意が次第に芽生えてきます。

★「博士は僕のヒーローじゃない」

 その証が最後のロケット打上げを見に来てほしいと父親にホーマーが頼むシーンの言葉。

 「(フォン・ブラウン)博士はぼくのヒーローじゃない。」

 そう、彼のヒーローは誰であろう、父親のジョンでした。
 
遠い空の向こうに

↑シャトル・チャレンジャーの事故慰霊碑.1986年1月28日に事故が起き、7人の宇宙飛行士全員が死亡しました.

 父親のジョンが、ホーマーが父の代わりに炭鉱に働きに出ていると知ってぱっと顔を明るくさせた場面が忘れられません。

 彼は息子が炭鉱の仕事をどう考えているか分かっていました。炭鉱労働を忌み嫌う息子に対して寂しい気持ちがあったはずです。

 それでも、やはりジョンはホーマーの父親でした。

  ホーマーのロケット研究にかける夢を応援する気持ちも少なからずありました。そうでなければ息子に頼まれて、仕事場のセメントを分け与えたりはしないでしょう。

 結局は、父はホーマーが炭鉱の仕事を選ばないことは最初から分かっていました。

 すぐにそれを受け入れられなかったのは、彼の素直でない性格はもちろん、彼の仕事に対する誇りと、公正で几帳面な性格のせいでもありました。

 ジョンは炭鉱監督なので、炭鉱を嫌う息子を他の仕事に就かせるとは軽々しく町の人に言いにくいのです。

 ストライキが頻発する状況でホーマーが他の仕事を選ぶことを堂々と応援すれば、炭鉱の仕事が労働条件が良くないことを公言するようなものだからです。

 仕事に対して真面目なジョンは、炭鉱労働者たちの士気を下げるようなことをするわけにはいきませんでした。

遠い空の向こうに

↑シャトル・ディスカバリーえい航の様子.以上のシャトルの写真はNASAにご提供いただきました.ホーマーもNASAの技術者になりましたね.

 さらに、何よりも大きかったのは、息子がジョンの誇りにしてきた炭鉱の仕事をロケット研究に劣る仕事だと考えていたからです。

 ホーマーがロケット技術研究の第一人者、ヴェルナー・フォン・ブラウン博士にサインを貰って喜んでいた誕生日。
 そして、労働問題の逆恨みから銃で狙撃された父親に怒りをぶちまけたあの日。

 しかし、ホーマーは変わりました。あのときと今のホーマーは違います。

 長時間で、辛くて、命の危険のある炭鉱労働という仕事。会社から人員削減を求められ、労働組合はストライキを頻繁に張る状況下で、たくさんの部下をまとめる父の心労。
 
 分かっていたつもりでも分かっていなかった父の苦労をホーマーは身にしみて感じ、父の仕事に初めて心の底から敬意を覚えました。

 ブルーカラーの仕事はホワイトカラーの仕事よりも価値が低いと見ることはありがちなことです。

 ホーマーは、炭鉱労働が自分の将来の仕事ではないと自分に言い聞かせるあまりに、知らず知らずのうちに父の仕事を疎んじていました。

 ロケット研究という夢が父の炭鉱仕事よりも高尚な仕事だ、と思い込んでいたことに気がついたのです。

遠い空の向こうに 13.jpg


 ホーマーの兄を始めとした町の人たちも変わりました。

 最初は冷やかし半分だった町の住人たちが四人のロケット打上げを期待を込めて見に来るようになったのです。
 
 そこには世が下ってスペース・シャトルの打上げを見に行く人たちと同じ心が芽生えていました。

 自分たちの炭鉱町の高校生がロケット研究と言う当時最先端の分野で成功したことへの誇り高い気持ちと、宇宙という未知の場所に対する限りないロマンをロケットに託する高揚感です。

 遠い空の向こうに見たもの。

 それはホーマーたち4人のロケットにかける夢や奨学金で大学に行くという夢だけではなく、閉鎖される運命の炭鉱町の人々の夢、そして宇宙に夢を見るすべての者の夢でした。
 
 夢は見るものではなくて、追いかけるもの。

 『遠い空の向こうに』は夢を追いかけることの素晴らしさ、というシンプルだけど素敵なメッセージをを改めて伝えてくれる映画です。

遠い空の向こうに