映画:プレステージ あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

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 クリスチャン・ベール・ヒュージャックマン共演。知らなければよかった、でも知りたい。華やかなマジックの世界の裏に繰り広げられた2人のマジシャンの熾烈な競争を描く。

 クリスチャン・ベールとマイケル・ケインといえば、「バットマン・ビギンズ」「ダークナイト」でも共演した2人。その2作もクリストファー・ノーラン監督作だった。

 クリスチャン・ベールとヒュー・ジャックマンは競い合うマジシャンを、マイケル・ケインは2人の良き友人であり、マジシャンのジョン・カッターを演じる。他にはスカーレット・ヨハンソンが可憐なマジシャンの助手を演じている。デヴィッド・ボウイも出演。

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 マジックを見ると誰もが思う。何で、どうして ? そして、そのネタを知ると「なんだ、そうか」、と思う。ステージのあの輝きは薄れ、知らなかった方が良かったとすら思うかもしれない。それでも、人は知りたいという欲求を抑えられない。

 ロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)は共に優れた才能を持つ若手マジシャンだった。2人は同じ師匠に弟子入りし、共にマジックの腕を磨くことに夢中になっている。ライバルでありながら仲の良い2人だったが、ある日、2人の仲を裂く決定的な大事件が起きてしまった。

 アンジャーとボーデンは師の行う水中脱出マジックの"サクラ"を務めていた。観客に交じってステージに上がり、観客のふりをして助手のジュリアの両手を緩めにロープで結ぶのだ。そしてジュリアは大きな水槽に落とされ、難なくロープをほどいて脱出して見せるというマジックだった。

 かねてよりボーデンはこの結び方を難しくしてマジックの難易度を上げるべきだと主張していた。しかし、アンジャーは大反対。仮に失敗してしまえば、ジュリアは溺死してしまうからだ。それに、ジュリアはアンジャーの最愛の人でもあった。

 ある日、いつも通りステージに観客として上がったボーデンはジュリアの手を固く2重に結んでしまうのだった。

【映画データ】
プレステージ
2006年(日本公開2007年)・アメリカ・イギリス
監督 クリストファー・ノーラン
出演 クリスチャン・ベール,ヒュー・ジャックマン,スカーレット・ヨハンソン,マイケル・ケイン,アンディー・サーキス,デヴィッド・ボウイ

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映画:プレステージ 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★ロバート・アンジャーは最後のパートを演じられなかった

 マジックには3つのステージがあるという。1つめはプレッジ。ここではマジシャンが何の変哲もないものを見せる。そして2つめはターン。ここでマジシャンはあっと驚くべきパフォーマンスを見せる。

 そして、最後のステージ。ここが最も難しいステージだ。マジシャンは元に戻して見せなければならない。消えた鳥が再び飛び立ち、消えたシルクハットが再び出現し、切り刻まれた美しい女性が再び姿を現してお辞儀をして見せる。この段階に至って初めて、観客はマジシャンに拍手を送り、歓声を浴びせる。そう、元に戻して見せなければ…。

 ロバート・アンジャーとアルフレッド・ボーデンが死力を尽くして戦ったマジシャンの世界のからくりを知りたいか ? 「人間瞬間移動」のタネを知りたいか ? 知りたいならば続きをどうぞ。しかし、私、ジョン・カッターはこう忠告申し上げます…「だまされている方がいいのだ、タネは知らないほうがいい」。

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★テスラの装置

 テスラの作った装置は、ロバート・アンジャーの「人間瞬間移動」に欠かせない物。この装置は電磁的力を利用して人を複製することができます。まず2つのボックスを用意し、1つのボックスにロバート・アンジャーが入ります。彼はそのまま、水槽に落ちて閉じ込められ、溺死します。一方、もう一つの箱からは複製されたロバート・アンジャーが出てきます。彼は観客の拍手喝采を浴び、栄光に浴することができます。

 これがテスラの装置を使ったロバート・アンジャーのマジックです。最後のシーン、燃え盛るテスラの装置とともに映し出されるのは大量に並ぶ、南京錠つきの水槽でした。中には1つずつ死体が入っていて、アップになった死体の顔を見るとロバート・アンジャーの死体であることが分かります。これは、100回の公演契約をしたロバート・アンジャーの公演回数分の死体なのです。

 では、アルフレッド・ボーデンはどうしていたのでしょうか。彼はテスラに装置を作ってくれるように頼んだことは確かです。そして、テスラは実際にその装置をつくりました。ロバート・アンジャーが自分に装置を作るようにとテスラに頼んだとき、テスラが「アルフレッド・ボーデンに作ったように、私にも装置を作ってほしい」と言っていることから、テスラがこの装置を作ることを試みるのが初めてではないことが分かります。

 そもそも、ロバート・アンジャーがテスラの元に向かったのは、アルフレッド・ボーデンから盗んだ手帳にテスラの名が記されていたからです。この手帳はあらかじめアンジャーに渡すことを想定してボーデンが書いたものですが、中身がウソばかりというわけではありません。

 アルフレッド・ボーデンもロバート・アンジャー同様に、テスラに接触し、装置を試しました。そして、得たものはもう1人の自分。アルフレッド・ボーデンの複製です。このとき、テスラは自分の実験の成功に気がついていませんでした。森の中に大量にあったシルクハットがその証拠です。

 テスラはロバート・アンジャーにシルクハットの存在を知らされるまで、実験の成功を知らず、アルフレッド・ボーデンだけがもう1人の自分が"できた"ことに気がつきました。そして、アルフレッド・ボーデンはテスラにそのことを教えなかったのです。

 彼はもう1人の自分をファロンと名付け、口髭を付けて変装させ、家に連れ帰って妻のサラに助手として紹介しました。そして、アルフレッド・ボーデンはファロンともに「人間瞬間移動」を成功させていたのです。

 これが「人間瞬間移動」のタネです。テスラの装置の謎も、明かされてしまえば、なんてことはありません。超科学的な力を使ったトリックだったのです。このタネを「知らなかった方がよかった」と思ったならば、やはりカッターの忠告を聞いておくべきだった、ということです。

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★アルフレッド・ボーデンは双子ではない

 アルフレッド・ボーデンが最初から双子だったという解釈は間違いです。ロバート・アンジャーは死に際、一瞬、ボーデンが双子かと勘違いしたのですが、すぐに口をつぐみました。彼はことの真相に気がついたからです。

 ロバート・アンジャーは瞬間移動の舞台をこなすたびに、もう1人の自分を殺していたが、アルフレッド・ボーデンは複製を利用していたのだということに。アルフレッド・ボーデンはテスラから装置自体を受け取ったわけではありません。ロバート・アンジャーがボーデンの手帳を読んでコロラド・スプリングスに向かったように、実際にテスラに会ったことは事実です。しかし、彼は装置を現地で試してみただけ。

 しかし、それで十分でした。彼は自分の望むものを手に入れたのです。それは自分のそっくりそのままのコピー人間。中国人のマジシャンを見て、「マジックのためなら人生すら犠牲にする、それでこそ成功できる」と言ったボーデン。ボーデンは瀕死のロバート・アンジャーに「お互い半分ずつの人生でも俺たちは満足だった」と語ります。

 2人が1人として生きていく人生。アルフレッド・ボーデンはマジシャンとして自分の人生そのものを捧げる用意ができていました。彼は複製ができたことを喜んだのです。そして、自らの人生を半分、彼に分け与えることにも喜んで同意しました。

 一方、ロバート・アンジャーは違いました。テスラから装置を受け取った彼は人間瞬間移動を実現させたことを喜びましたが、複製ができることは喜んではいなかったのです。アンジャーは装置を使うたびに自殺する気分を味わわねばなりませんでした。しかも、最愛の人ジュリアを失ったのと同じ方法で。毎晩毎晩、繰り返し水槽の中で溺死する自分。

 100回の公演を契約した彼は100人の自分を殺さねばなりません。ロバート・アンジャーもアルフレッド・ボーデン同様に、1度だけ装置を使い、2人で1人の人生を生きていくという道もあったでしょう。しかし、アンジャーにその発想はなかった。それは、アンジャーにはボーデンと違い、そのような人生を選択する覚悟はなかったからです。

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★死んだのはファロンか、アルフレッド・ボーデンか

 2人のボーデンのうち、1人は絞首刑になり、1人は娘と歩み去っていきます。一方がオリビアを愛し、一方はサラを愛しました。死刑になったのはオリビアを愛したほうです。彼は刑務所に面会にきたファロンにこう言います。「サラの子供だ、傷つけるつもりはなかった」。

 彼は、サラに「愛していない」と言い、自殺に追い込んだことに自責の念を感じていました。サラと激しい夫婦喧嘩をしたあのときの彼はオリビアを愛しているボーデンだったのです。そして、死刑囚となった今、彼はサラを自殺に追い込んだことをもう1人のボーデンに謝っています。

 では、どちらがボーデンでどちらがファロンなのでしょうか。彼のどちらが複製されたボーデンなのでしょうか。中国人のマジシャンをロバートと観に行ったときはまだ1人しかいなかったことは確かです。だが、その後はどちらなのか、それは分からないとしかいいようがありません。

 ボーデンはジュリアの葬式に駆けつけ、ジュリアの手をどう結んだのか、「すまないと思うが分からない」と言っていました。つまり、"ジュリアの葬式に来たボーデン"は"ジュリアの手をロープで結んだボーデン"ではありません。ジュリアの手を2重結びにして溺死させたボーデンはもう1人のボーデンなのです。つまり、このときにはもう、2人のボーデンが存在していることになります。

 中国人のマジックを見に行ったときにその生き方に感銘を受け、その後ジュリアの手を2重結びにして溺死させているのですから、恐らく、中国人のマジックを見に行った直後にはボーデンの複製人間が登場していることが推測されます。複製が誕生したことによる最初のハプニングがジュリアの溺死事故だったのです。

 その後、ボーデンと結婚したサラは自分を愛しているときと愛していないときがあると結婚当初からボーデンに言っているので、結婚当初から2人のボーデンと暮らしていたことになります。お金もないのに助手としてファロンを雇ったのは、ファロンはほかならぬ自分自身という事情があったためなのです。

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★自分を殺すのか、複製を殺すのか

 ロバート・アンジャーは「全てを犠牲にした」と言う一方で、アルフレッド・ボーデンは「ロバートは何も犠牲にしていない」と言います。どちらが正当なのでしょうか。ロバートは毎晩殺している複製が本当に複製なのか、それともオリジナルの自分なのかの区別がつかないことに苦しんでいました。

 一方、アルフレッド・ボーデンはそれを気にしていません。どちらがオリジナルでどちらが複製なのかはもはや、分からない。本来の自分が、妻のサラを愛している自分なのか、それともオリビアを愛している自分なのかは分からないのです。だからと言って、それが悩みの種になったりはしません。それが、マジシャンとして生きる者の宿命だとでも思って、片付けているからです。

 彼らの意見は永遠に一致することはないでしょう。なぜなら、彼らは人生に求めているものが全く違うからです。ロバート・アンジャーはボーデンと家族の姿を見て「幸せというものを見た」と手帳に綴ります。彼は失ったジュリア、そして、生まれてくるはずだった子供と暮らす理想の家庭を求めていました。

 ボーデンにとって、サラと家庭生活を築くのが、2人のボーデンのどちらであるかは大きな問題ではありませんでした。中国人のマジシャンを見たボーデンは「マジックのためなら人生すら犠牲にする。それでこそマジックだ」と語り、指を失っても、「俺は有名になるぞ、本当だ」と決意を新たにします。

 アンジャーは人生の幸せを家族に求め、ボーデンは人生の幸せを至高のマジックを追求することに求めていたのです。これはロバート・アンジャーとアルフレッド・ボーデンの思考の違いとしか言いようがありません。さらにいえば、人生観の違いとでもいうしかありません。

 とことん、公私の別なく、愛する人を犠牲にしても、マジシャンとして成功することを決意したアルフレッド・ボーデンと、愛する人との幸福を求めたロバート・アンジャー。ジュリアを失ったロバートの深い絶望感はロバート・アンジャーを復讐に駆り立て、やがて破滅へと導いていきます。

 ロバート・アンジャーはマジックのためなら自分自身を殺すことさえいとわないと思いきってしまうことができませんでした。むしろ、彼の心は強い罪悪感のえじきとなっていたのです。だから、彼はボーデンを逮捕に追い込み、復讐を果たしたと思ったのち、きっぱりとテスラの装置を処分することにしたのです。誰かに売却することもしませんでした。

 人生の中で、何に至高の価値を置くのか。アルフレッド・ボーデンの場合はマジックという、いわば仕事に人生の価値を見出し、ロバート・アンジャーはジュリアや生まれてくる子供との将来、いわば家庭生活の幸福に至高の価値を置いていました。

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★ロバート・アンジャーは「何も得られなかった」のか

 毎日、瞬間移動をするたびに自分を殺していたロバート・アンジャー。彼はそれを「代償」と言います。では、ロバート・アンジャーは代償を支払う代わりに、何を得たのでしょうか。

 もちろん第1は復讐心を満たすためです。ジュリアを殺したアルフレッド・ボーデンを罠にはめ、彼を死刑に追い込んで、死んだジュリアの復讐を果たすため。

 第2にマジックに対する追求心と競争心です。もっと、新しいマジックを、もっと斬新なアイデアを。アルフレッド・ボーデンに勝るマジックを考えたい。彼はいつしか「人間瞬間移動」にのめり込んでいくようになっていました。

 第3に名誉欲。マジシャンとして成功し、アルフレッド・ボーデンよりも格上のマジシャンとして認められたい。ボーデンよりも大きな劇場で、ボーデンよりも格上の劇場で最高の栄誉を得たい。

 ここまでは、ロバート・アンジャーとアルフレッド・ボーデンはほぼ同様の気持ちを持っています。アルフレッド・ボーデンもロバート・アンジャーに対する復讐心に燃え、マジックに対してストイックな追求をしていました。彼が繰り返し語る成功への決意はなみなみならぬものがあります。

 しかし、ロバート・アンジャーにはあって、アルフレッド・ボーデンにはないものが一つ。

 最後、テスラの装置という秘密を暴かれ、死刑に追い込んだはずのアルフレッド・ボーデンに撃たれて命を落とすロバート・アンジャー。絞首刑に処されて死んだと思ったボーデンが、マジックの3つ目のパート"プレステージ"を見事に演じて見せました。

 「恐ろしいことをしたあげく、何も得られなかったな」とアンジャーに言い放つボーデン。ロバート・アンジャーの復讐は失敗し、タネもボーデンに見破られ、最後のマジックでもボーデンに負けた。もはや、ロバート・アンジャーには何も残っていないように思えます。

 しかし、ロバート・アンジャーは逆に、こう切り返します。「お前はひとつも分かってないな」と。「観客は世界が単純でつまらないものであることを知ってる。その彼らを一瞬でも驚かせたら、それで自分も素晴らしいものが見られるんだ…観客たちのあの表情…」。

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 復讐心から始まったロバート・アンジャーのマジック探求の旅はある終着点を迎えていました。もともとの動機となったジュリアの復讐だけはどうしてもやめることはできませんでしたが、彼がマジックの技を高めるにつれて大きくなっていったのは観客の反応です。

 観客のステージを見つめる真剣な面持ちが喜びや驚きの表情に満たされる、第3のパート「プレステージ」。あの瞬間は本当に素晴らしい。観客にとっても素晴らしく、マジシャンにとっても素晴らしい最高の瞬間。大勢の観客とマジシャンが一体となって喜びを感じられるあの瞬間。

 ロバート・アンジャーは「人間瞬間移動」を成功させるたびに、その喜びの瞬間を観客と共有しました。復讐のために始めた、「人間瞬間移動」でしたが、毎日、死の恐怖を味わうロバート・アンジャーを支えていたのはたぎる復讐心だけではなく、観客と一体となって味わう喜びだったのです。

 「人間瞬間移動」という未知のマジックに興奮する観客の驚きと喜びの反応はこのマジックを披露したときだけ、味わえる希少なものでした。ロバート・アンジャーが代償を支払っただけの価値がその喜びにはあった、そうロバート・アンジャーは言っているのです。

 実際、ロバート・アンジャーは最後まで、復讐をやり遂げるつもりだったのか、揺れ動いた形跡があります。コールドロー卿と名を変え、刑務所のアルフレッド・ボーデンに会いに来たロバート・アンジャーは、ボーデンに、「私の方が上だと証明したかっただけなのにあそこに来るからだ」と言いました。

 当初はもちろん、ボーデンがジュリアを殺したのと同じ方法で自分を殺し、ボーデンを死刑に追い込むつもりで「人間瞬間移動」を準備していました。しかし、公演回数を重ね、復讐以外にマジックから得られるものがあることを発見したロバート・アンジャーは、ボーデンを死刑囚としてはめてやろうという気持ちは薄れてきていました。けれども、案の定、アルフレッド・ボーデンは舞台の裏側にやってきてしまった。その後は当初の計画通りにことが運んでいきます。

 復讐以外にマジックから得られるものを見つけることのできたロバート・アンジャーは、あのとき、本当に"偉大なるダントン"になっていました。しかし、再び、復讐の好機が巡ってきたその誘惑に打ち勝つことはできなかった。ロバート・アンジャーの運命の悲劇はこのときに決まったのです。

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★マジックの真髄

 ロバート・アンジャーはアルフレッド・ボーデンが手帳に「マジックの真髄について知っているように書いている」と非難します。

 ボーデンの考えているマジックの真髄とは、マジックのタネのこと。

 まだかけだしのマジシャンだったころの若きボーデンは本物のマジシャンなら新しいマジックを考えるべきだと主張し、同じマジックばかりを繰り返す師匠を非難します。そして、新しいマジックを考えるのは「俺にしかできない」と豪語しました。さらに、今やっている水中脱出マジックももっと危険性のある結び方でやるべきだと主張し、カッターにたしなめられていました。

 ここから窺えるのは、アルフレッド・ボーデンが考えるマジックの本質とは"タネ"にあるというもの。タネがあってこそのマジックであり、それがすべてだという考え方です。それは彼のマジックのスタイルにも表れていました。粗末な小屋で興行し、無骨なやり方でマジックを見せます。まったく演出がなく、口上も下手。

 大劇場を貸し切って興行し、美しい助手となめらかな弁舌で観客の期待を最高潮に高めてから、華麗にマジックを披露し、多数の観客から拍手喝采を受けるロバート・アンジャーのスタイルとは対照的です。

 ロバート・アンジャーは最初、ボーデンに対する激しい対抗心と復讐心から興行を続けていました。しかし、テスラの装置をもらい受けたロバート・アンジャーは以前の彼とは変わってしまいました。ロバート・アンジャーの考えるマジックの真髄とはマジックのタネのことではありません。

 マジックの本質は、観客にある。

 アンジャーは観客の喜びの表情にマジックの真髄を見出します。マジックを極めるのは自分のためだけではない。観客を喜ばせるためにマジックがあるのではないか。ライバルを倒すためにマジックがあるのではないし、復讐を果たすためにマジックがあるわけでもない。

 ロバート・アンジャーとアルフレッド・ボーデンのマジック競争はいつしか、観客を彼方に置き去りにしてきていました。そして、ロバート・アンジャーはそのことに気が付いたのです。

 ラストシーン、アルフレッド・ボーデンが娘を迎えにカッターの元に行ったとき、ちょうど、カッターが3番目のパート"プレステージ"を演じて見せているところでした。カッターが小鳥を無事に飛ばして見せると、幼い少女の顔はぱっと愛くるしい笑顔に変わります。あの喜びの瞬間をマジシャンは共有できる。これぞ、ロバート・アンジャーの考えるマジックの「真髄」なのです。

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↑1899年に設立したコロラド・スプリングスの研究所で実験を行っていた。1900年に撮影されたニコラ・テスラの実験風景。

★実在の人、テスラ

 最後に、テスラその人について見ておきましょう。テスラとはニコラ・テスラという実在の電気技師のことです。彼は天才的な研究家であり、発明家でした。彼は交流電源の開発など、画期的な発明をした天才でしたが、晩年は好事家が好みそうな疑似科学の研究に熱心に取り組んでいました。

 そのせいで変わり者というイメージが強いニコラ・テスラ。

 しかし、そこに至る以前に、彼が着手していたのが、電波に乗せて情報やエネルギーを送るという実験です。この実在のテスラの歴史にアイデアを得て、創作されたのが、「プレステージ」に出てくるテスラの装置でした。彼の生涯抱き続けた夢は、現代になって少しづつ実現してきています。

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↑ニコラ・テスラ、1856-1943。


★ニコラ・テスラとは ?

 ニコラ・テスラはセルビア人。1856年に生まれました。1884年に渡米し、発明王エジソンの会社に就職します。このとき、彼は交流電流による電力事業を提案しますが、直流電流にこだわるエジソンと対立してしまいました。

 小学校のころ、豆電球で実験したときは「直流つなぎ」、「並列つなぎ」と言っていました。直流だと乾電池を2つつなげるやり方で、並列では乾電池を平行して並べるやり方です。直流だと豆電球の点灯時間が短く、並列つなぎだと豆電球の点灯時間が長いというのを習ったと思います。

 簡単に説明すると、直流電流は遠隔地への送電の際、ロスが大きく、交流電流では送電ロスが小さく済むのです。テスラは渡米してから3年後、1887年には独立して事業を起こし、テスラ電灯社を設立しました。特許を取得し、交流電流による電力事業を開始します。

 このテスラの交流電流による送電に目を付けたのは、当時、エジソンの会社とライバル関係にあったジョージ・ウェスティンハウスでした。彼はテスラに交流電源の特許を売却するように持ちかけ、テスラは彼に特許権を売却しました。その後、ウェスティンハウスはナイアガラの滝に建設予定だった水力発電所の受注を巡ってエジソンの会社と争い、勝利をおさめます。

 その後、テスラの交流電流は、電力事業の主流となり、エジソンの直流電流に結果的には勝ることになりました。

 そのころ、テスラの関心は「世界システム」といわれる事業に向けられていました。「プレステージ」では、この研究をしていたころのテスラがモデルになっています。

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★「プレステージ」が着想を得たテスラの「世界システム」

 「世界システム」とは、電波に情報やエネルギーを乗せて伝達しようという計画。いわゆる無線通信、無線充電というものです。彼はこの計画を実現すべく、1899年にコロラド・スプリングスに研究所を設立しました。

 「プレステージ」の中でもテスラの自宅はコロラド・スプリングスにありました。ボーデンやアンジャーが命をかけて競い合った「人間瞬間移動」のマジックを実現させたテスラの装置とは、とりもなおさず、テスラの無線通信研究に着想を得たものです。

 他にも、テスラの実際の業績に関連した場面が出てきます。地面にたくさん電球が突き立てられた場所にロバート・アンジャーが連れて行かれたシーンがそうです。

 地面から電球を抜くと光は消え、地面に刺すと再び点灯しました。テスラは地球全体が電気を帯びているということを証明することに成功していました。これは、地球が「帯電体」であることを証明したテスラの成功を示す場面です。

 では、「人間瞬間移動」の元ネタになった「世界システム」がその後、どうなったのか、そしてテスラはどのような晩年を過ごしたのでしょうか。

 テスラの「世界システム」はある富豪の関心を引きました。その富豪の名はJ(ジョン)・P(ピアポイント)・モルガン。モルガン財閥の創始者であり、今も投資銀行JPモルガン・チェースにその名を残す人物です。彼は当時アメリカ政府をしのぐといわれたほどの大金持ちでした。彼は当時の額面で15万ドル、現在価値に直すと300万ドル(約2.7憶円)という巨額の資金をテスラに与えます。

 強力な資金援助を得たテスラは研究所設立から2年後の1901年に「ワーデンクリフ・タワー」という施設の建設に着手しました。この実験施設は無線通信・無線送電の前線基地になるはずでした。テスラはこのタワーからフランスに送電することを試みようとしていたのです。

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↑ロングアイランドに建設されたワーデンクリフタワーの全景。テスラはここからフランスに無線送電を試みたかったようだ。

 しかし、大事件が持ち上がりました。テスラが建設に着手した1901年にイタリア人研究家のグリエルモ・マルコーニがイギリス-カナダ間の大西洋を横断する無線通信に成功してしまうのです。しかも、この技術は実用化され、1909年にはグリエルモ・マルコーニはその業績に対してノーベル物理学賞を受賞しました。

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↑グリエルモ・マルコーニ、1874-1937。イタリアの無線研究家。イギリス資本の援助を得て、大西洋を横断する無線通信を成功させた。アメリカ議会図書館提供。

 テスラのタワーは1905年に完成しますが、マルコーニに先を越されてしまったテスラは、タワーの設計トラブルやモルガンとの個人的確執などその他の要因も重なり、ついに資金援助を打ち切られてしまいます。
ワーデンクリフ・タワーは1917年には撤去され、今はその姿を見ることはできません。

 テスラの試みた無線通信はグリエルモ・マルコーニに先を越されましたが、無線送電についてはいまだ未知の領域でした。しかし、研究費用に欠乏したテスラは、その個人的な嗜好と相まって、次第に疑似科学への関心を高めていきます。彼は晩年、例会との通信装置の開発など、オカルト色の強い研究開発に熱心に取り組んでいました。そして、1943年にニューヨーク・マンハッタンのホテルで86歳で死去します。

 テスラの無線送電の夢は2007年になって、実現のきざしが見えてきました。アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)がワイヤレス充電の実験に成功したと発表したのです。電磁的共振を利用した実験で、部屋の中程度の広さであれば、ノートPCの充電ができるとか。テスラの夢は現代に引き継がれています。

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