映画:THIS IS IT あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり
マイケル・ジャクソン。彼は1958年に生まれ、2009年6月25日に唐突にその人生の幕を下ろした。彼の駆け抜けた約50年の人生は波乱万丈だった。"キング・オブ・ポップ"と呼ばれ、音楽界に不動の地位を築き上げた天才は、一方で興味本位のゴシップ報道に絶えず心を引き裂かれた悲劇の人でもあった。
マイケルにまつわる真偽入れ乱れる数々のエピソードの中で唯一確実なことは、彼の人生は全て音楽に捧げられていたということだ。だから、マイケル・ジャクソンがいったいどんな人であるのかを知りたければ、テレビや雑誌ではなくてマイケルの音楽にこそその答えを求めるべきだ。それ以外に選択肢はない。
「THIS IS IT」。 この映画はその答えのひとつを示してくれる。
2009年6月23日、アメリカ・ロサンゼルス。マイケル・ジャクソンはロンドンでの50公演を控え、ステイプルズ・センターでリハーサルに励んでいた。曲は「They don't care about us」。
マイケル・ジャクソンは1996年の3度目の世界ツアー以来、大規模なライブを行っていなかった。そのマイケルが復活を期したのがロンドン公演だ。この公演はマイケル最後のステージ・パフォーマンスになると予想されていた。2009年1月に発表されたロンドン公演のチケットは5時間で即日完売し、マイケル・ジャクソンの人気がいまだ衰えを見せていないことを証明していた。
リハーサルにも熱が入り、ライブの流れに沿って曲とパフォーマンスを流しながら最終チェックが行われている。そんな矢先のことだった。マイケル・ジャクソンが心肺停止・意識不明で緊急搬送されたとの一報が入る。この不幸な知らせは嘘ではなかった。マイケル・ジャクソンは帰らぬ人となった。ロンドン入りを8日後に控えた2009年6月25日の出来事だった。
マイケルが「THIS IS IT」にかけた思い、そして、ロンドンで実現できなかったマイケルの夢。映画になった「THIS IS IT」はそのマイケルの夢を一つのかたちにして私たちに見せてくれる。マイケルの個人的な記録として撮影したというリハーサル映像に、ライブで使用される予定だった映像やCGを交えて再現された「THIS IS IT」の世界へ今、旅立つ。
【映画データ】
THIS IS IT
2009年・アメリカ
監督 ケニー・オルテガ・マイケル・ジャクソン
出演 マイケル・ジャクソン
映画:THIS IS IT 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★永遠の輝きを
2010年、年明け最初に観た映画が「THIS IS IT」。それにふさわしい価値ある2時間でした。「THIS IS IT」はマイケル・ジャクソンのライブ・リハーサルを記録した映像から構成された映画。彼の音楽にかける情熱、愛情。完成されたライブではなく、リハーサルだからこそ、マイケルの素の人柄が浮き出して見えてきます。
マイケル・ジャクソンは今回のロンドン公演を「最後のカーテン・コール」と言っていました。これを最後にステージ・パフォーマンスからは引退するつもりだったのかもしれません。年月を経ても、マイケルは今回のライブにかつてと同じクオリティを求めていました。マイケルの言葉を借りれば、「最初のレコード」通りの音楽を求めていたのです。「観客のイメージ通りの」音楽。マイケルはそれを目指してステージを作り上げていきました。
だから、リハーサル映像を見ると、既視感を感じるかもしれません。各曲に使われる演出やパフォーマンスは今までにマイケルがこなしてきたワールドツアーのインスピレーションをそのまま生かしたもの。しかし、単なる焼き直しではありません。彼は同時に、新しいアイデアをステージに加えようとしていました。CGを使用し、曲のオープニングに新しいバリエーションを加えてバックダンサーとの一体感を高め、観客により進化した壮大なステージを見せようとしていました。
マイケルは自分に何が期待されているかを分かっていました。それは、年月を経てもなお輝きを失わないマイケル・ジャクソンが演出する“夢の世界”です。夢の世界では人間は年を取りません。観客は、かつての輝かしい若きマイケルの記憶を持ったまま、かつてのように、夢の世界に飛翔したいと願っている。従来からのファンも、新しくファンになった人も、ファンがマイケルのライブに求めるのはかつて見た夢の世界。
実際には人間は年を取るので、その世界を維持することはとても難しいのだけれど、マイケル・ジャクソンは絶対に無理だとは思っていません。彼は常に、最初のレコードに収録した通りの音楽が創り出す世界を演出することに魂をかけていました。「THIS IS IT」のリハーサル映像を見れば、マイケルがかつてと変わらない身体を保ち、かつてと変わらないキレのいいダンス・パフォーマンスを見せている様子が分かります。このリハーサルのすぐ後に待ち受けていたロンドン公演「THIS IS IT」の舞台では、マイケル・ジャクソンの復活が確かに約束されていたのです。
★愛、きっとそばにあるはず
マイケルはスタッフとのミーティングで「世界に愛を思い出させよう」とスピーチしていました。愛とは何か。夫婦、親子、友人。人間同士の愛はもちろん重要です。人間同士の心通う愛があれば、この世界はもっと住みやすく、優しい気持ちが地球を包むはず。
そのメッセージはマイケルが「Heal The World」などの曲を発表するなかでずっと追求してきたものだし、訴えてきたもの。そして、今回のライブではさらに「環境破壊」をキーワードに加えていました。"地球への愛"です。
「4年で環境破壊を止めよう」とマイケルはスタッフにスピーチしていました。恐らく、マイケルはこう考えていました。「環境破壊も人が愛を忘れてしまっているがゆえに起きているのだ」と。個人個人が自分だけ良ければいいという個人主義・利己主義に走ってしまっているから、環境破壊によって日々の生活を脅かされている人間や動物たち、そして地球の悲鳴に気がつくことができないでいる。自分しか見えていない。ひどく近視眼的なこの世の中は他人に対する愛を失ってしまっている。その愛を思い出させるのが自分の役目だと彼は思っていたのでしょうか。
マイケルのスピーチには「忍耐と理解」という言葉が出てきます。どちらもとても難しい言葉です。不快に思っても、反発したくなっても、その気持ちをぐっと抑え、相手の言葉に耳を傾ける。そうすることで、初めて相手を理解する可能性が芽生えてきます。
忍耐と理解は愛の芽生えのきっかけになるもの。多くの人はこの行為の大切さを分かっていながら、実行できていません。愛とは相互理解なしには成り立ちません。寛容な心で、相手を理解しようとすることが今の自分にできるでしょうか。ついつい、自分の都合や感情、主張を優先してしまう日々は誰かを愛する心を忘れさせてしまうのです。
★相手を認めるということ
完璧を求め、譲歩せず、素人には絶対分からない微妙なニュアンスの音程を気にするマイケル。彼はスタッフに細かい注文をつけます。しかし、彼は同時に、その注文が"文句"ではないことを同時に伝えます。
「怒ってない、これは愛なんだ」。マイケル・ジャクソンはプロです。マイケルは「キング・オブ・ポップ」という敬称をいただくポップス界の王です。しかし、彼は同時に、スタッフもプロであることを認めていました。だからこそ、スタッフを頭ごなしに叱りつけたりはしません。スタッフの感性を尊重しつつ、遠まわしに自分のイメージとは違う点があることを伝えていきます。あまりに控え目な言い方なので、スタッフからは逆に、「もっとはっきり言ってくれ」と言われるほど。
マイケル・ジャクソンの謙虚な人柄は彼の訴える愛のメッセージをより力強いものにします。誰かや何かを愛するにはその誰かや何かにも愛されなければならない。愛とは一方通行の感情ではありません。相互に愛し、愛されることこそ、本当の愛。「キング・オブ・ポップ」の称号にあぐらをかくことなく、常に、自分を支えてくれる人々と一緒にあろうとしたこと。相手を思いやるこの心は全て愛につながっていきます。
★ゴシップの嵐の中で
マイケルの訴える愛は"寛容な心"、"思いやりの心"と言いかえることができるでしょう。彼はすさまじいゴシップの嵐の中を生きてきました。マイケルが白人になりたがって特殊な美容治療を受けているのではないか、整形をやり過ぎて顔面が崩壊するのではないか、性的嗜好に問題があるのではないか、ジャネット・ジャクソンと同一人物ではないか。
あまたの報道には、まったくマイケルに対する好意や彼の人格への配慮はありませんでした。ただ、マイケルを奇人・変人として扱っただけ。世間は児童虐待を疑われた「マイケル・ジャクソン裁判」や「尋常性白斑病」というマイケルの病気を面白おかしくネタにしていました。
「尋常性白斑」とは、皮膚の色素生成機能がうまく働かず、皮膚がまだらに白くなる病気のこと。この病に罹患したマイケルは、当初、色の濃いファンデーションを使用して病部位を隠していましたが、症状が悪化するにつれて白いファンデーションを使わざるを得ず、次第に見た目が白人のようになっていったのです。彼自身はブラックとしての意識を常に持っていました。93年にこの病気を告白した後、「ブラックであることに誇りを持っている」と語っています。また、「Black or White」という曲を歌うとき、肌の白くなったマイケルが"Black"の部分で自分を指し示す映像が残っています。
しかし、心ない欧米メディアの報道や、それをそっくり拝借して報道する日本を始めとした各国のメディアによって、マイケル・ジャクソンはあたかも怪物であるかのように描かれ、その人物像は歪められて、世界中に拡散していきました。
相手を思いやる心がもう少し世間にあったなら。お金目当てでマイケルの厚意につけ込み、あの手この手で近づいてくる心ない人たち。マイケルは激情を直接的に言葉で表明することはありませんでした。彼は怒りや失望を音楽に込めることを選択します。生前最後の「THIS IS IT」リハーサル曲となった「They Don't Care About Us」。この曲にはマイケルが訴えたかった彼の辛さと痛みが込められています。
★I Love You
2001年に生涯最後となったアルバム「Invincible」を発売してから、2009年1月にロンドン公演を発表するまでの約10年間はまさに、「失われた10年」と言っていいでしょう。その間には性的虐待疑惑による逮捕・起訴、そして無罪という出来事がありました。
すさまじい精神的重圧にさらされながらも、その中で復活を期したマイケル・ジャクソン。完全復活の矢先に亡くなってしまったことは無念としか言いようがありません。世間の人は移り気です。マイケルの死もやがて記憶の一片となり、彼の生きた波乱の人生も歴史の波間に飲みこまれていくかもしれません。
しかし、マイケルの音楽は不滅です。マイケルの音楽には時を超える力があります。マイケルの音楽からうかがわれる彼の世界観は、単なる音楽にとどまらないあまりに多くのものをこの世に残してくれました。マイケル・ジャクソンと同時代を生きた人も、後進の世代も、マイケルの音楽や残された映像を通して、彼の人生を知ることができます。
「THIS IS IT」はそのきっかけにすぎません。そして、マイケルの音楽に触れた人の心には必ず何かが残るはず。マイケルの伝えたい"愛"は彼の音楽と同様、不滅なのだから。
All images and cover arts in this article belong to Sony Music International Inc.
※レビュー部分はネタバレあり
マイケル・ジャクソン。彼は1958年に生まれ、2009年6月25日に唐突にその人生の幕を下ろした。彼の駆け抜けた約50年の人生は波乱万丈だった。"キング・オブ・ポップ"と呼ばれ、音楽界に不動の地位を築き上げた天才は、一方で興味本位のゴシップ報道に絶えず心を引き裂かれた悲劇の人でもあった。
マイケルにまつわる真偽入れ乱れる数々のエピソードの中で唯一確実なことは、彼の人生は全て音楽に捧げられていたということだ。だから、マイケル・ジャクソンがいったいどんな人であるのかを知りたければ、テレビや雑誌ではなくてマイケルの音楽にこそその答えを求めるべきだ。それ以外に選択肢はない。
「THIS IS IT」。 この映画はその答えのひとつを示してくれる。
2009年6月23日、アメリカ・ロサンゼルス。マイケル・ジャクソンはロンドンでの50公演を控え、ステイプルズ・センターでリハーサルに励んでいた。曲は「They don't care about us」。
マイケル・ジャクソンは1996年の3度目の世界ツアー以来、大規模なライブを行っていなかった。そのマイケルが復活を期したのがロンドン公演だ。この公演はマイケル最後のステージ・パフォーマンスになると予想されていた。2009年1月に発表されたロンドン公演のチケットは5時間で即日完売し、マイケル・ジャクソンの人気がいまだ衰えを見せていないことを証明していた。
リハーサルにも熱が入り、ライブの流れに沿って曲とパフォーマンスを流しながら最終チェックが行われている。そんな矢先のことだった。マイケル・ジャクソンが心肺停止・意識不明で緊急搬送されたとの一報が入る。この不幸な知らせは嘘ではなかった。マイケル・ジャクソンは帰らぬ人となった。ロンドン入りを8日後に控えた2009年6月25日の出来事だった。
マイケルが「THIS IS IT」にかけた思い、そして、ロンドンで実現できなかったマイケルの夢。映画になった「THIS IS IT」はそのマイケルの夢を一つのかたちにして私たちに見せてくれる。マイケルの個人的な記録として撮影したというリハーサル映像に、ライブで使用される予定だった映像やCGを交えて再現された「THIS IS IT」の世界へ今、旅立つ。
【映画データ】
THIS IS IT
2009年・アメリカ
監督 ケニー・オルテガ・マイケル・ジャクソン
出演 マイケル・ジャクソン
Got Be There(1972年1月24日リリース)
Ben(1972年8月1日リリース)
映画:THIS IS IT 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり
★永遠の輝きを
2010年、年明け最初に観た映画が「THIS IS IT」。それにふさわしい価値ある2時間でした。「THIS IS IT」はマイケル・ジャクソンのライブ・リハーサルを記録した映像から構成された映画。彼の音楽にかける情熱、愛情。完成されたライブではなく、リハーサルだからこそ、マイケルの素の人柄が浮き出して見えてきます。
マイケル・ジャクソンは今回のロンドン公演を「最後のカーテン・コール」と言っていました。これを最後にステージ・パフォーマンスからは引退するつもりだったのかもしれません。年月を経ても、マイケルは今回のライブにかつてと同じクオリティを求めていました。マイケルの言葉を借りれば、「最初のレコード」通りの音楽を求めていたのです。「観客のイメージ通りの」音楽。マイケルはそれを目指してステージを作り上げていきました。
だから、リハーサル映像を見ると、既視感を感じるかもしれません。各曲に使われる演出やパフォーマンスは今までにマイケルがこなしてきたワールドツアーのインスピレーションをそのまま生かしたもの。しかし、単なる焼き直しではありません。彼は同時に、新しいアイデアをステージに加えようとしていました。CGを使用し、曲のオープニングに新しいバリエーションを加えてバックダンサーとの一体感を高め、観客により進化した壮大なステージを見せようとしていました。
マイケルは自分に何が期待されているかを分かっていました。それは、年月を経てもなお輝きを失わないマイケル・ジャクソンが演出する“夢の世界”です。夢の世界では人間は年を取りません。観客は、かつての輝かしい若きマイケルの記憶を持ったまま、かつてのように、夢の世界に飛翔したいと願っている。従来からのファンも、新しくファンになった人も、ファンがマイケルのライブに求めるのはかつて見た夢の世界。
実際には人間は年を取るので、その世界を維持することはとても難しいのだけれど、マイケル・ジャクソンは絶対に無理だとは思っていません。彼は常に、最初のレコードに収録した通りの音楽が創り出す世界を演出することに魂をかけていました。「THIS IS IT」のリハーサル映像を見れば、マイケルがかつてと変わらない身体を保ち、かつてと変わらないキレのいいダンス・パフォーマンスを見せている様子が分かります。このリハーサルのすぐ後に待ち受けていたロンドン公演「THIS IS IT」の舞台では、マイケル・ジャクソンの復活が確かに約束されていたのです。
Off The Wall (1979年8月10日)
Thriller(1982年11月30日リリース)
★愛、きっとそばにあるはず
マイケルはスタッフとのミーティングで「世界に愛を思い出させよう」とスピーチしていました。愛とは何か。夫婦、親子、友人。人間同士の愛はもちろん重要です。人間同士の心通う愛があれば、この世界はもっと住みやすく、優しい気持ちが地球を包むはず。
そのメッセージはマイケルが「Heal The World」などの曲を発表するなかでずっと追求してきたものだし、訴えてきたもの。そして、今回のライブではさらに「環境破壊」をキーワードに加えていました。"地球への愛"です。
「4年で環境破壊を止めよう」とマイケルはスタッフにスピーチしていました。恐らく、マイケルはこう考えていました。「環境破壊も人が愛を忘れてしまっているがゆえに起きているのだ」と。個人個人が自分だけ良ければいいという個人主義・利己主義に走ってしまっているから、環境破壊によって日々の生活を脅かされている人間や動物たち、そして地球の悲鳴に気がつくことができないでいる。自分しか見えていない。ひどく近視眼的なこの世の中は他人に対する愛を失ってしまっている。その愛を思い出させるのが自分の役目だと彼は思っていたのでしょうか。
マイケルのスピーチには「忍耐と理解」という言葉が出てきます。どちらもとても難しい言葉です。不快に思っても、反発したくなっても、その気持ちをぐっと抑え、相手の言葉に耳を傾ける。そうすることで、初めて相手を理解する可能性が芽生えてきます。
忍耐と理解は愛の芽生えのきっかけになるもの。多くの人はこの行為の大切さを分かっていながら、実行できていません。愛とは相互理解なしには成り立ちません。寛容な心で、相手を理解しようとすることが今の自分にできるでしょうか。ついつい、自分の都合や感情、主張を優先してしまう日々は誰かを愛する心を忘れさせてしまうのです。
Bad(1987年10月1日リリース)
Dangerous(1991年1月1日リリース)
HIStory-Past,Present And Future Book1(1995年リリース)
★相手を認めるということ
完璧を求め、譲歩せず、素人には絶対分からない微妙なニュアンスの音程を気にするマイケル。彼はスタッフに細かい注文をつけます。しかし、彼は同時に、その注文が"文句"ではないことを同時に伝えます。
「怒ってない、これは愛なんだ」。マイケル・ジャクソンはプロです。マイケルは「キング・オブ・ポップ」という敬称をいただくポップス界の王です。しかし、彼は同時に、スタッフもプロであることを認めていました。だからこそ、スタッフを頭ごなしに叱りつけたりはしません。スタッフの感性を尊重しつつ、遠まわしに自分のイメージとは違う点があることを伝えていきます。あまりに控え目な言い方なので、スタッフからは逆に、「もっとはっきり言ってくれ」と言われるほど。
マイケル・ジャクソンの謙虚な人柄は彼の訴える愛のメッセージをより力強いものにします。誰かや何かを愛するにはその誰かや何かにも愛されなければならない。愛とは一方通行の感情ではありません。相互に愛し、愛されることこそ、本当の愛。「キング・オブ・ポップ」の称号にあぐらをかくことなく、常に、自分を支えてくれる人々と一緒にあろうとしたこと。相手を思いやるこの心は全て愛につながっていきます。
BLOOD ON THE DANCE FLOOR HIStory In The Mix(1997年5月1日リリース)
Invincible(2001年10月1日リリース)
Number Ones(2003年11月18日リリース)
★ゴシップの嵐の中で
マイケルの訴える愛は"寛容な心"、"思いやりの心"と言いかえることができるでしょう。彼はすさまじいゴシップの嵐の中を生きてきました。マイケルが白人になりたがって特殊な美容治療を受けているのではないか、整形をやり過ぎて顔面が崩壊するのではないか、性的嗜好に問題があるのではないか、ジャネット・ジャクソンと同一人物ではないか。
あまたの報道には、まったくマイケルに対する好意や彼の人格への配慮はありませんでした。ただ、マイケルを奇人・変人として扱っただけ。世間は児童虐待を疑われた「マイケル・ジャクソン裁判」や「尋常性白斑病」というマイケルの病気を面白おかしくネタにしていました。
「尋常性白斑」とは、皮膚の色素生成機能がうまく働かず、皮膚がまだらに白くなる病気のこと。この病に罹患したマイケルは、当初、色の濃いファンデーションを使用して病部位を隠していましたが、症状が悪化するにつれて白いファンデーションを使わざるを得ず、次第に見た目が白人のようになっていったのです。彼自身はブラックとしての意識を常に持っていました。93年にこの病気を告白した後、「ブラックであることに誇りを持っている」と語っています。また、「Black or White」という曲を歌うとき、肌の白くなったマイケルが"Black"の部分で自分を指し示す映像が残っています。
しかし、心ない欧米メディアの報道や、それをそっくり拝借して報道する日本を始めとした各国のメディアによって、マイケル・ジャクソンはあたかも怪物であるかのように描かれ、その人物像は歪められて、世界中に拡散していきました。
相手を思いやる心がもう少し世間にあったなら。お金目当てでマイケルの厚意につけ込み、あの手この手で近づいてくる心ない人たち。マイケルは激情を直接的に言葉で表明することはありませんでした。彼は怒りや失望を音楽に込めることを選択します。生前最後の「THIS IS IT」リハーサル曲となった「They Don't Care About Us」。この曲にはマイケルが訴えたかった彼の辛さと痛みが込められています。
Michael Jackson The Ultimate Collection(2004年11月1日リリース)
Live In Concert in Bucharest The Dangerous Tour(2005年7月26日リリース)
Michael Jackson 25th Anniversary of Thriller(2008年2月1日リリース)
★I Love You
2001年に生涯最後となったアルバム「Invincible」を発売してから、2009年1月にロンドン公演を発表するまでの約10年間はまさに、「失われた10年」と言っていいでしょう。その間には性的虐待疑惑による逮捕・起訴、そして無罪という出来事がありました。
すさまじい精神的重圧にさらされながらも、その中で復活を期したマイケル・ジャクソン。完全復活の矢先に亡くなってしまったことは無念としか言いようがありません。世間の人は移り気です。マイケルの死もやがて記憶の一片となり、彼の生きた波乱の人生も歴史の波間に飲みこまれていくかもしれません。
しかし、マイケルの音楽は不滅です。マイケルの音楽には時を超える力があります。マイケルの音楽からうかがわれる彼の世界観は、単なる音楽にとどまらないあまりに多くのものをこの世に残してくれました。マイケル・ジャクソンと同時代を生きた人も、後進の世代も、マイケルの音楽や残された映像を通して、彼の人生を知ることができます。
「THIS IS IT」はそのきっかけにすぎません。そして、マイケルの音楽に触れた人の心には必ず何かが残るはず。マイケルの伝えたい"愛"は彼の音楽と同様、不滅なのだから。
All images and cover arts in this article belong to Sony Music International Inc.