映画:フェイス/オフ あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

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 愛息子を殺されたFBI捜査官ショーン・アーチャーは息子を殺した宿敵キャスター・トロイを追い詰め、逮捕することに成功する。しかし、キャスターは爆弾によるテロを計画していたことが判明し、爆弾の起動を止めるための捜査が始まった。キャスターの弟ポラックス・トロイから爆弾の設置場所を聞き出すため、アーチャーはある任務を引き受ける。

 それは、キャスターの顔と体をアーチャーに移植し、アーチャーがキャスターとして刑務所のポラックスに接触するという計画だった。アーチャーはポラックスから爆弾の設置場所を聞き出すことに成功するものの、キャスターが病院から逃げ出してしまう。しかも、キャスターはアーチャーの顔を自らに移植し、関係者全員を殺害してしまったのだ。これで、アーチャーがキャスターになり済ましていることを知る者はいなくなってしまった。

 キャスターはアーチャーになり済まし、FBI捜査官としてポラックスを釈放し、爆弾の解除作業にも成功する。キャスターはロサンゼルスをテロから救ったヒーローとして一世を風靡していた。一方、キャスターにFBI捜査官の仕事を乗っ取られ、家族も奪われたアーチャーは、キャスターから家族や仕事を取り返すため、脱獄することを企てる。

 ジェット機が倉庫に突っ込み、ボートが大爆発して火柱を上げ、銃撃戦がスローモーションで展開する。その他、鏡を使った対決シーンの演出、2丁拳銃など、ジョン・ウー監督らしい演出や、派手で豪快なアクションは見もの。一方で、単なるアクション・ムービーに終わらないストーリー展開、人物の心理描写にも注目したい。娯楽要素とメッセージ性に富んだ大作に仕上がっている。

【映画データ】
フェイス/オフ
1997年(1998年日本公開)・アメリカ
監督 ジョン・ウー
出演 ニコラス・ケイジ,ジョン・トラヴォルタ,ジョアン・アレン,アレッサンドロ・ニヴォラ,ジーナ・ガーション

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映画:フェイス/オフ 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★自分とは誰か

 自分とは何でしょうか。ショーン・アーチャーとは。分かるようで、分からない。彼は、FBIテロ対策チームのメンバー。そして、容疑者を厳しく尋問する捜査官。キャスター・トロイを追う男。イヴの夫。ジェイミーの父親。そして、亡きマイケルを守り切れなかった父親。「自我」は我が心の中にある、誰にも触れられない自分だけのもののように思えるけれど、実は、他者との関係性の中からかたどられていきます。だから、周囲の環境や、周囲にいる人々の影響をとても受けやすい。他者との関係性を通して、人間は自分というものを認識しているのです。

 鏡を見たアーチャーは愕然としました。鏡にはキャスターの顔。あの憎むべき男の顔が映っているのが見えます。そして、その顔は自分の顔だと主張しています。自分が話せば、向こうも口を開き、自分が怒れば、向こうも表情を歪めます。キャスターの顔をもつ自分。顔を取り換えるだけ、中身は入れ替わるわけじゃない、そのはずだったのに、顔が変わった自分は何かが違う。顔をとりかえるという計画であることはもちろん、百も承知でこの極秘作戦を引き受けたアーチャーでしたが、手術の結果、取り換えられた顔は彼の中にある何かを壊していきました。

 刑務所に入れば、アーチャーは犯罪人キャスターとして扱われます。刑務官に足蹴にされ、囚人たちからは袋叩きにされてしまいます。アーチャーはキャスターを演じなくてはならないのに、当初は自らの受ける扱いに茫然として全く抵抗することができないでいました。しかし、アーチャーはキャスターの弟、フォラックスの視線を感じます。

 フォラックスはアーチャーを凝視していました。アーチャーはその視線を感じ、思い出します。自分は「キャスター・トロイ」であるということを。彼は囚人たちを殴り飛ばし、デュボフという囚人を突き倒しました。そして、トレイを振り上げ、彼ののど元へと振り下ろそうとします。「俺はキャスター・トロイだ!」と叫び、周りはやんややんやの大喝采。そのときのアーチャーは完全に殺人者へと変貌していました。

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★揺らぐ自我

 鏡を見たときにアーチャーが受けたショック。それは自分が崩壊していくことへの恐怖でした。しかし、この恐怖はデュボフに死につながる暴力を振るおうとしたアーチャーには存在しません。アーチャーの行動はまさに犯罪者キャスター・トロイの名に恥じぬ振舞いでした。ここで重要なのは、その振舞いをしているのが、ショーン・アーチャーその人だということです。キャスターの外見を持ってはいるが、中にいるのはアーチャー。アーチャーはキャスターを演じる必要がありました。

 しかし、デュボフを殺そうとしたときのアーチャーは一体本当に、演技だったのか。アーチャーにはそれが演技であると言い切る自信はありません。あのときのアーチャーの心には確かに殺意が芽生えていたからです。そのことを自覚したアーチャーは自らに対する恐怖を覚えました。

 アーチャーはもともと、激しい気性の男でした。寡黙で真面目な捜査官である一方、容疑者に対しては容赦ない尋問を加えます。特に、彼は殺された息子マイケルの記憶について、他人に触れられるのを極度に嫌がっていました。また、息子を殺したキャスター・トロイに対しては人一倍の憎しみを持っていました。キャスターの恋人のサーシャに対しては、彼女の息子を引き離すと脅しつけて尋問します。サーシャの兄のディートリヒは、尋問中、マイケルの死を使ってアーチャーを挑発し、銃を突きつけられていました。

 あのときのアーチャーにはFBI捜査官であるという自制心が働いていました。FBIの建物内にある尋問室で、アーチャーにはFBIの一員であるという意識があります。アーチャーはディートリヒに対してしたように、我を失うことがあっても、その後、それについて深く考えることはありませんでした。最後の一線は越えてはならないという暗黙の了解が自己の中にあったからです。

 しかし、刑務所という殺伐とした環境、そして、捜査官という身分を失い、キャスター・トロイという犯罪者を演じることになったアーチャーはその一線を失いました。そのことに気が付いたときのアーチャーの恐怖はすさまじいもの。アーチャーはこのデュボフの一件以来、自分自身というものの不確かさに不安感を抱くようになります。

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★殺意と自制心

 脱獄した彼はディートリヒら古くからの仲間のいるアジトへと逃げ込みました。そこで差し出されたのはあの黄金の2丁拳銃。キャスターのシンボルともいえる、ド派手な拳銃をアーチャーは手に取ります。拳銃はキャスターの極悪性を象徴するもの。これを身につけるということは、また一歩、本物のキャスターへと近づくことになります。

 アーチャーは差し出されたコカイン入りの酒を飲み、意識が高揚し、朦朧としはじめます。彼はこれからの計画として、アーチャーの自宅を襲う計画を語り、自宅のセキュリティナンバーまで喋ってしまいました。「死んだ息子の誕生日だよ…泣ける話だろ?」

 キャスターの仲間と馬鹿笑いするアーチャーはもはやキャスターその人。アーチャーを捕まえてどうするんだと尋ねる仲間に、「顔を剥がしてやるのさ!」さすがの悪党どももこれには沈黙してしまいます。アーチャーはもはやキャスターに対する殺意を隠しません。薬の力を借りたことで、アーチャーの心は完全に自制心を失っていました。キャスターに対する憎しみ、復讐心、怒り、全てがアーチャーの心を支配していきました。

 トイレに立ったアーチャーが見たものは鏡。そこに映るのはキャスターの顔を持つ自分の姿。「これは俺じゃない…俺…」と繰り返すアーチャーは、我に返っていきます。憎むべきキャスター。息子を殺したキャスター。今、俺はその男と同じところに立っている。犯罪者となろうとしている。

 捜査官という立場がある以上、タガが外れても、一線を越えずに済んでいたアーチャー。それは自らの立場や同僚の存在、そして、職場という場所によって律されていたからでした。しかし、追われる犯罪者の立場に陥ったアーチャーを止めるのは自分自身しかいません。やろうと思えば、どこまでも落ちていくことのできる犯罪者という立ち位置で一線を越えないためには、自分のしていることを自覚し、そして強く自らを律する心が必要でした。

 鏡の前で自分自身と戦っているアーチャーに女の声がかかります。「死んだんじゃなかったの?」アーチャーは「死んでないさ、おれはおれだ」。おれはおれ。アーチャーはアーチャーであり、キャスターではない。これは彼女の問いに答えたものであると同時に、アーチャー自身に対する答えでもありました。まだ、アーチャーは死んでいない。まだ、壊れてはいない。アーチャーは危ういところで、自分自身の変化に気が付くことができたのです。

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★サーシャとの出会い

 アーチャーに声をかけてきた女はサーシャでした。彼女はアーチャーをキャスターだと思い込んで話しかけています。キャスターとサーシャには5歳の息子アダムがいました。最初、アダムの存在を聞いたアーチャーの顔は不穏な表情でした。アーチャーの心をよぎったのは何でしょうか。マイケルを殺された怒り、そして、憎むべき敵の息子がいるということ…アーチャーはもしかしたら、アダムをキャスターとの闘いに利用できるかもしれないと考えたのかもしれません。

 そのとき、ふらりとアダムが部屋に入ってきました。アーチャーはアダムを見て、まるで毒気を抜かれたかのよう。アダムを抱きしめ、マイケルと乗ったメリーゴーランドのことを思い出します。涙を流すアーチャーにはマイケルへの思いに加え、さっきまでアダムに対して考えていたことへの後悔があったのかもしれません。そして銃撃戦。激しい弾の雨の中、体を張ってアダムをかばうアーチャーは完全に父親として行動していました。

 ディートリヒが撃たれ、絶命してしまいます。いまわの際の言葉は「おれたち、楽しかったよなぁ…」。ディートリヒはアダムやサーシャを狙ったキャスターの弾に被弾したのでした。キャスターは昔の仲間に対しても容赦しません。しかし、ディートリヒはキャスターを友人として信頼していました。かつて、アーチャーがディートリヒを取り調べた際、彼はマイケルのことを持ち出して、アーチャーを逆上させた男です。しかし、彼も人間。体を張って妹サーシャを逃がし、友人を信頼する人間でした。

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★アーチャーの変化

 アーチャーは傲慢な人間でした。キャスター・トロイらを逮捕した翌日、アーチャーを拍手で迎え、ねぎらうFBIの同僚たちに皮肉を言い、容疑者をまるで、相手がモノであるかのように扱って厳しい尋問を加える。確かに、トロイ兄弟の逮捕には多大な犠牲を伴いましたし、死者も出ています。また、テロを食い止めるためなら容疑者に対して厳しい態度をとることも必要でしょう。

 しかし、アーチャーの場合は、全てが、自分自身の都合で回っている。アーチャーの過去も理解したうえで、キャスターの逮捕を祝ってくれるFBIの同僚たちの気持ちなど、彼はまったく汲み取ろうとしませんし、アダムの父であり、仲間であるキャスターをかばいたいという兄ディートリヒや妹サーシャの気持など察しようという気持ちすらありません。

 また、家庭でもそうでした。仕事優先で、妻や娘のことなどはすべて後回し。妻は日記で夫の不在を嘆きますが、アーチャーにはそれに気が付く余地すらありません。これらすべての根本にあるのは息子の死。息子を亡くしてからというもの、アーチャーはマイケルの死にとりつかれていました。何事にもすべて、息子の死が先に立ちます。息子の死、それに続く後悔、そして、息子を殺したキャスターに対する復讐心。アーチャーはこうした自分自身の気持ちを優先しすぎ、周囲の人間の気持ちを全く考慮しようとしない人間でした。

 ディートリヒやサーシャと深く知りあうにつれ、アーチャーは変化していきます。他の人間の気持ちをくみ取るということ、そして、彼らにも、愛や友情があり、守るべきものがあって生きている、一人の人間であるということ。アーチャーは、倒れるディートリヒを支え、壁にもたせかけてやりました。

 アジトでの銃撃戦、鏡越しにキャスターとアーチャーは対峙します。「2つばかり、俺の気にいらないものがあるんだ」とキャスター。それはアーチャーの顔と体でした。敵として見てきた男の外見で生きる人生は深刻な心理的相克をもたらします。アーチャーが感じたものと同じ感情をキャスターも抱いていました。

 「元に戻ろうぜ」というキャスターの言葉に対して、アーチャーは「失ったものはもう戻らない」と言い返します。次の瞬間、2人が撃ったのは鏡の反対側にいる相手。それでいて、鏡に映るのは銃を撃つ、敵の顔を持つ自分。彼らは鏡の反対側にいる相手を狙いつつ、自分自身をも撃っていたのです。憎いのはキャスター、そしてキャスターの顔を持つ自分自身。マイケルの死に固執して、今を生きている家族の幸せを犠牲にしてしまった自分自身。鏡に映った自分の姿を撃つことは、このような事態を招いてしまう決断をしたアーチャー自身に対する、アーチャーによる制裁でもありました。

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★父親として

 アーチャーは変わっていきます。サーシャをかばうため、葬儀に来るなと言うアーチャー。アダムの消息をサーシャに言われるより先に尋ねたのはアーチャーです。彼は心からアダムに気遣うようになっていました。

 キャスターとアーチャー、サーシャ、そしてキャスターの手下たちがそれぞれに銃を突きつけ合う場面、サーシャはアーチャーをかばいました。彼女は息子をアーチャーに託して死んでいきます。「坊やのことをお願い。大切な子なの。わたしたちみたいな人間に育てないで…じゃあね」。

 サーシャはアーチャーがキャスター本人でないことに気が付いていました。そして、葬儀に来た彼女はあのアジトでの銃撃戦の日、自分と息子を撃とうとした男がキャスター本人であることに気が付きます。そんな男にはアダムを託せない。そして、それ以上に、サーシャはアーチャーを評価していました。身を張ってアダムを守ってくれたアーチャー、そして、何より、マイケルを亡くした彼は失う辛さを知っている。サーシャは血のつながった父親よりも、より父親らしい、父親にふさわしい男としてアーチャーを選んだのです。

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★キャスター・トロイ

 キャスター・トロイは冷酷無比な犯罪者でしょうか。しかし、彼はそうではありません。彼は人を愛し、大切にすることのできる人間。ただし、彼は、自らの目的を完遂することを何よりも優先する男でした。アーチャーの愛息子マイケルを謝って射殺したときのことです。キャスターはマイケルに弾が当たる恐れがあることに気が付き、いったん、照準から目を話しました。

 しかし、結局、彼は狙撃を決行し、マイケルは死んでしまいます。彼はFBI捜査官としてかつてのアジトを襲撃したとき、仲間を撃ち殺すことにためらいはありません。サーシャに対しても、その幼い息子に対しても。彼は友人ディートリッヒも手にかけました。

 今のアーチャーとしての生活を守るため、このときのキャスターは何よりも、アーチャーの殺害を最優先していました。また、キャスターは弟が屋根から転落したときも、まず、アーチャーを仕留めることを優先しました。弟の安否を確かめるのはその後。彼は弟を愛していました。ただ、何を優先するかについて、キャスターなりの優先順位があるだけ。

 キャスターは最後の最後までそうでした。キャスターはアーチャーの家族を彼なりに愛していましたが、結局は逃げるため、彼女らを人質にとります。キャスターは死ぬまで、自らの優先順位を崩すことはありませんでした。この自分自身を何よりも優先するキャスターの生き方は結局、キャスターから親しい人を遠ざけていきました。

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★アーチャーとしての生活

 キャスターはアーチャーらの計画により自らの顔を失いました。彼は医師を脅して、アーチャーの顔を自らの顔に張り付け、アーチャーとして生きることにします。家族も、仕事も、全て、アーチャーのものを引き継ぐ。当初、キャスターはアーチャーの人生を全て乗っ取ることができるということに魅力を感じていました。自らの宿敵であるアーチャーが持っているものを全て横取りできる。アーチャーは悔しがるでしょう。いい気味です。キャスターにとっては非常に気持ちがいい。アーチャーに対する優越感でキャスターは一杯になっていました。

 アーチャーにあって、キャスターにないもの、それは社会的な名誉です。確かに、キャスターは犯罪者としては成功していました。しかし、それは社会的名誉ではない。キャスターはあくまで非合法な裏の世界での成功者だったからです。キャスターはFBI捜査官としての権力と成功、そして絵にかいたような中流階級の庭付きの家、妻と娘という生活に一種の社会的ステイタスを感じていました。思い切り楽しんで、飽きたら終わり、その程度に考えていたかもしれません。

 1000万ドルよりも名声が欲しいと、キャスターは自ら仕掛けた爆弾の起動を止め、爆発を阻止します。彼は2秒前に爆発を止めたのですが、マスコミには1秒前に爆発を止めたと発表しているところに、キャスターの名誉欲が感じられます。

 このもくろみは大成功。彼は一躍時の人となり、マスコミに大きく取り上げられる有名人になりました。そして、アーチャーの妻イヴに豪勢なロブスターのディナーを用意し、仲睦まじい夫婦生活を満喫し、娘とはタバコを吸っては何かと話をする仲になります。すべては完璧…犯罪に明け暮れ、危険と背中合わせの生活をしていたころとは違う穏やかな生活がそこにはありました。

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★キャスターの変化

 「疲れた…」と言って帰ってくるキャスター。イヴの肩を揉み、日記を盗み読んだことを告白します。気軽に飛び込んだアーチャーの生活はキャスターを魅了していました。彼は本気でした。イヴに対して、「もっと優しい夫になるよ」といったのは嘘ではありません。少しの間だけ、アーチャーの生活を楽しむだけなら、イヴの日記を読んだことを告白する必要はありませんし、「君まで失うんじゃないかと思うと…家族は君ひとりだ」などと言う必要もないでしょう。

 アーチャーが脱獄した今、キャスターにはとりあえず逃げるという方法もあったはず。しかし、キャスターはアーチャーとして生きることに固執します。弱音を吐くことのできるのが、家庭。殺伐とした犯罪者の世界を生きてきたキャスターにとって、「疲れた…」と言って帰ってこられる場所があるのは今までに感じたことのない、幸せでした。

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★ジェイミーの心を開くキャスター

 キャスターにとって、アーチャーの家族は本物の自分の家族のようになっていました。ぐれているジェイミーを気遣う気持ちは本物です。乱暴されそうになったジェイミーをボーイフレンドのカールから助けるキャスターはまさに父親でした。

 「何を突っ張ってる?マイケルが死んでからずっとそうだ。自分の顔を必死で作り変えて」と派手なメイクや髪型をしているジェイミーを諭すキャスター。ジェイミーはマイケルの死が忘れられずにいました。それはマイケルが死んだことがショックだったことももちろんありますが、それよりも大きかったのは父親アーチャーの変化です。マイケルを失ってからというもの、とりつかれたようにマイケルの思い出を追いかけ、家庭などないかのように振舞うアーチャー。

アーチャーはマイケルを守れなかったという自分自身への罪悪感への償いとして、キャスターを捕まえることに情熱を傾けていました。もう1人の子、娘のジェイミーのことなど、眼中にないように見えます。ジェイミーは寂しかったのです。今は亡き弟のことしか頭にない父親。死んでしまった者に張りあうことはできません。

 ジェイミーは父親に、家族の元へ帰って来て欲しかった。父親の関心を引きたい、父親に自分自身の存在をアピールしたいというジェイミーの気持ちは、彼女の派手な行動として現れていました。派手なメイク、奇抜な髪形、停学処分。しかし、父親のアーチャーはジェイミーを責めるばかり。「私は私だよ!って言っても分かんないだろうけどね!」というジェイミーの言葉には、マイケルとの過去に囚われ、娘を省みようとしない父に対する不満が現れているのです。

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★夫婦

 イヴやジェイミーとの生活は順調でした。しかし、キャスターの幸せは長くは続きません。脱獄したアーチャーが迫って来ていたからです。夜中に家を抜け出したイヴを追って、病院にやってきたキャスターはイヴの近くにアーチャーがいないことを確認してほっとした様子を見せます。

 「ウソついて本音を隠して実の夫婦みたいになってきた」と言うキャスター。キャスターにとっての妻に当たる人はサーシャです。彼女とは息子がいるほどの長い関係でした。しかし、そのサーシャとも、このところは疎遠になっています。女遊びが派手なキャスターはいろいろな女と遊び歩き、サーシャの元へはめったに戻ってきません。

一方のアーチャーも、妻イヴが日記に「もう2カ月も愛し合ってない」「ディナーの約束をすっぽかされた」と綴っているように、すっかり、冷めた夫婦関係になっていました。キャスターとサーシャ、アーチャーとイヴ。キャスターの知る「実の夫婦」とはこんな関係。ドライで、隙間風が吹いている。まるで、一緒にいることが義務になってしまっているような関係。この2つのカップルはまさにそんな関係を続けていました。キャスターとアーチャーが顔を取り換えるまでは。

 夫婦とは本来、愛情と信頼の上に成り立つもの。しかし、長い年月が経ち、さまざまなすれ違いを積み重ね、互いを思いやる余裕や配慮がなくなれば、その関係にはきしみが生じてきます。夫婦とは、本来、一緒にいてくつろげる関係、温かい関係のはず。血液型を分析し、キャスターがアーチャーを装っていることが判明しても、イヴはアーチャーに銃を構え、容易には信用しませんでした。

 キャスターのかけてくれた優しい、愛情のこもった言葉やしぐさ、そして彼を夫だと思い込んで過ごした1週間。目の前の男が言っていることは嘘なのだと思いたいイヴの気持ちが強かったからです。互いの立場を変え、入れ替わった2人は夫婦たるものが、本来どんな関係であるかを再び知ることになりました。

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★親子

 葬式に向かうとき、姿を見せないジェイミーをキャスターは心配します。「ジェイミーは?」とたずねるキャスターに、イヴは「私の財布から50ドル盗んで消えた」。キャスターは無言ですが、くそっといった悔しそうな表情を見せます。キャスターは本気でジェイミーに立ち直ってほしいと思っていました。そして、そのために、彼女と話す時間を持ち、彼女を諭してきたはずなのに、イヴから50ドル盗むとは…。この表情からも、キャスターがジェイミーを思う気持ちが本物だったことが分かります。

 ただし、この50ドルはイヴの嘘でした。彼女は既に、アーチャーとキャスターの顔が交換されていることを知っています。イヴはジェイミーを安全な場所へと逃がすための方便として嘘をついたのです。しかし、ジェイミーが銃撃戦のさなかに教会へとやってきてしまいました。ジェイミーなりに、何かを感じ取ったのか、心配になったのでしょうか。

 彼女はキャスターに銃を突きつけるアーチャーに出くわします。ジェイミーは真相を知りません。アーチャーもキャスターもどちらも、ジェイミーの父親のアーチャーだと叫びます。キャスターのマイクロチップは外れ、既にキャスターはアーチャーの声を失っていました。キャスターもアーチャーも声はキャスター。果たして、ジェイミーはどちらを選択するでしょうか。彼女はアーチャーに向かって発砲しました。

 キャスターの顔を持つ男が本物のキャスターなら、自分が父親のアーチャーだと叫ぶのは不自然です。銃を突きつけ、主導権を握っている今の状況下では、そんな嘘をついているよりも、さっさと2人とも射殺する道を選んだでしょう。また、今まで父親だと名乗っていた男の声が別人の声に変わっていることを考えると、ジェイミーがキャスターが嘘付きだと判断する余地は十分にありました。しかし、ジェイミーは偽物のアーチャーであるキャスターを父親だと判断します。

 父親とは何でしょうか。生物学的に父親かどうかは血縁で決まります。しかし、人間が成長する上で、本当に必要な「父親」とは、自分を愛してくれる人であり、自分を思ってくれる人であり、守ってくれる人であり、自分が尊敬できる人です。それは血液型やDNAで決まる問題ではない。この点において、キャスターは立派に父親としての務めを果たしていました。娘の話を聞き、娘と一緒の時間を過ごしたこと。時間にしたら、ほんのわずかな時間ではあったけれど、キャスターはジェイミーの心を開くことに成功していました。ジェイミーはキャスターを信頼していました。 

 一方、アダムの母、サーシャはアーチャーを父として選択しました。判断した理由はジェイミーと同じ。アーチャーが父親としてアダムを愛し、守ってくれると信じたからです。キャスターも、アーチャーも、共に、入れ替わったそれぞれの家庭で、本当に「父親」になっていました。

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★キャスターの死

 アーチャーとの激闘の末、キャスターは追い詰められ、絶体絶命の危機に陥ります。アーチャーと死闘を演じ、両脚を負傷した彼に、もはや逃げる力は残っていませんでした。彼は捕まるか、それともここでアーチャーに殺されるか。どちらかの道しか残されていません。彼はアーチャーを挑発します。

 「あんた、鏡を見るたびに俺の顔を見ることになるんだぜ!」そして、キャスターは顔にナイフをあてて、切り裂いていきました。それを見た瞬間、アーチャーは引き金を引きます。何度も何度も。彼はアーチャーに確定的な殺意を抱いたのです。アーチャーは最終的にキャスターの股間を蹴りあげて、モリを握っていたキャスターの手を離させました。キャスターの腹部にモリが刺さり、キャスターは絶命します。

 キャスターはかつて知らず、そして知ることもなかったはずの人生を知ってしまいました。愛情のある温かい人生が送れるかもしれない、イヴやジェイミーとの生活を通して、キャスターが一瞬でもそう思ったことがあったのは間違いありません。

 しかし、それはアーチャーという男の人生。どうやっても、キャスターのものにすることはできませんでした。それを決定づけるのが、アーチャーの顔と体をもつ自分。これはキャスターの"新しい人生"を阻む最大の要因でした。どうがんばっても、キャスターに残されているのは、仲間と大金を追いかけ、殺人をもいとわずに犯罪を繰り返す人生。

サーシャは「私たちみたいな人間」と言っていました。サーシャには可愛い息子がいました。彼女も息子を愛していたし、今の環境が息子にとって良くないことも全部分かっていました。にも関わらず、彼女は麻薬が身近にあり、犯罪者たちがたむろするようなところで暮らすことをやめられない。なぜなら、他に生きる道はないからです。彼女は他に生きていく道を知らないし、他に頼れる人もいない。結局、どんなに顔を取り換えても、キャスターもサーシャの言う「私たちみたいな人間」の一人なのです。ここまで人生を歩んできて、今さら、道は変えられない。

 キャスターは、鏡越しの決闘の際、お互い元の姿に「戻ろうぜ」とアーチャーに呼びかけたことがありました。キャスターは本心、戻りたかったわけではない。しかし、顔を取り換えた今の生活は永遠には続かない。キャスターにはイヴと共有する過去がないからです。アーチャーとイヴの慣れ染めをしらないキャスターは、ロブスターを食べられない、ベジタリアンのイヴにロブスターのディナーを出してしまう。

特に、マイケルの墓参りをしたとき、キャスターは二人のずれを感じていました。「あの男に殺されなければ今頃…」となくイヴの気持ちに寄り添うことは、キャスターにはできません。そして、鏡を見るたびに映るアーチャーの顔。このさき、ずっと心理的葛藤に悩まされるのはあまりに辛い。キャスターにはいずれは元の生活に戻るしかないことが分かっていました。

 そして、最後の決戦、アーチャーに追い詰められた彼には捕まるか、死ぬかの選択が迫ります。もはや、元の生活に戻るという選択肢も消え去った。そして、刑務所には行きたくない、となれば…。キャスターは自分に残された最後の道、死を選びました。

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★自分を殺したアーチャー

 キャスターを殺したアーチャーは意識が遠のき、救急搬送されることになります。隣のストレッチャーにはこと切れたキャスターが横たわっていました。アーチャーは静かに彼の手を取り、結婚指輪を外します。死んで横たわる男の顔は自分の顔。彼はその顔に一瞥を向けた後、自らも並んで横になります。アーチャーの顔をしたキャスターはアーチャーの過去そのものでした。

アーチャーはキャスターという犯罪者と戦い、また、自分自身とも戦っていたのです。キャスターはもちろん、マイケルを殺した殺人犯。そして、アーチャーが戦っていた自分とはマイケルの記憶から抜け出せない自分自身であり、その自分のせいで、犠牲を強いた家族に対する罪悪感や後悔、哀しみが具現化したものでした。キャスターを倒すことで、自分自身の過去を断ち切る。アーチャーが横たわるキャスターを見る視線にはもはや、憎しみはありません。そして後悔も。

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★未来へ

 アーチャーはマイケルの記憶に囚われていました。マイケルの記憶は忘れてはならない大切なもの。しかし、その記憶に囚われ、そこから逃げ出せなくなってしまえば、それは不幸な出来事しか生みだしません。マイケルの記憶に囚われるということは、キャスターへの憎しみからも逃れられないということ。常に怒りを内に秘め、キャスターへの復讐心を抱いていれば、他のことなど気が回りません。家庭はほったらかしになり、娘や妻とも疎遠になる。そして、職場では孤立する。何もかも、マイケルの死、あるいはキャスターに対する憎しみを起点に考えるようになる。

もう少し、弾道が左だったら、マイケルは生きていたと妻に呟くアーチャー。もう少し左だったら、アーチャーが死んでいた。それだって、マイケルが死んだと同様の悲劇を家族にもたらすことに頭が回っていません。そして、今回の事件を引き起こした顔の入れ替え計画だって、キャスターの犯罪を止めるためなら、何でもするというアーチャーの決意が起こしたもの。結果的には、アーチャーの言葉を借りれば「何をしても償いきれない」ものを家族に残してしまいました。

 「心臓のすぐそばに…傷があったんです…もういりません」。顔と体を元に戻す手術を受ける際、医者にアーチャーはこう告げます。心臓のすぐそばの傷はマイケルが殺されたときにできた銃創痕。そして、その傷痕はもういらないと言う。

 アーチャーとマイケルの決別です。これはマイケルを忘れるということではありません。マイケルの記憶を糧にして、未来へと歩いていくということです。アーチャー家にはアダムという新しい家族も増えました。すっかり更生したジェイミーは弟ができたことを喜んでいる様子。過去を共有することは家族のつながりをより強いものとしてくれます。しかし、過去を変えることはできない。一方で、未来はこれから切り開いていくもの。未来にはまだまだ新しい可能性がたくさん広がっています。

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★フェイス/オフの意味

「フェイス オフ」(face off)とは対決するという意味。素直にアーチャーとキャスターの対決という意味にとればいいでしょう。フェイス・オフはアイスホッケー用語でもあり、試合開始時のほか、一時試合を中断した後の試合再開という意味でも使われます。アイスホッケーでのフェイス・オフは、2人の選手が対峙し、その間に審判がパック(いわゆるボールにあたるもの)を投入して行います。

 本映画のアーチャーとキャスターの対決も、一度はキャスターの逮捕というかたちで決着がついているので、その意味では、試合再開の意味の方が近いかもしれません。あとは、顔を拭きとると言う意味でも「face off」を使います。顔の表面を剥がして他人に移植し、またその顔を取り去ったという意味では、顔を拭うと言う意味のface offの意味もかけてあるのでしょう。

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All pictures from this movie belong to The Walt Disny studios.


映画:羊たちの沈黙 解説とレビュー
※レビュー部分はネタバレあり

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 若い女性が殺され、生皮を剥がれるという連続殺人事件が起きる。犯人"バッファロー・ビル"の心理を探るべく、精神科医ハンニバル・レクターのもとへ一人のFBIアカデミー訓練生が派遣された。彼女の名はクラリス・スターリング。これが初めての任務となるクラリスは意気込んでいたが、レクターは精神科医であると同時に、多くの人を殺した殺人者でもあった。"バッファロー・ビル"を知っているというレクターは情報を与える見返りに、クラリスの過去を話すように要求する。

 FBIアカデミー訓練生のクラリス・スターリングを演じるのは若きジョディ・フォスター。ハンニバル・レクターを演じるのはアンソニー・ホプキンス。2人の名優が息詰まる心理戦を展開する。クラリスとレクターの対話を通して少しづつ明らかになるバッファロー・ビル事件の真相。そしてクラリスの深い心の闇。彼女の過去はどのようにバッファロー・ビル事件に関連してくるのか。必死に犯人を追うクラリス、そしてレクターの全てを見通すかのような存在感は圧倒的だ。

【映画データ】
羊たちの沈黙
1991年・アメリカ
監督 ジョナサン・デミ
出演 ジョディ・フォスター,アンソニー・ホプキンス,スコット・グレン,テッド・レヴィン

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映画:羊たちの沈黙 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★レクターの手掛かりから解決へ

 「殺人に駆り立てられる理由は?」と問うレクター。この問いこそが、殺人犯"バッファロー・ビル"へと近づく最大のヒントとなりました。レクターの借りていた倉庫で瓶に入れられた男の首を始まりとしたレクターによる、クラリスの誘導はこのヒントで終わりを告げます。後はクラリスがバッファロー・ビルを追い詰めるだけ。
 殺人に駆り立てられる理由は「極度の切望」だとレクターは言います。そして、その切望は「毎日見てることで始まる」。ということは、バッファロー・ビルの近くにも、極度の切望を抱かせるものがあったということ。それは何でしょうか。女友達。もしくは顔見知り。バッファロー・ビルが頻繁に顔を会わせていた知り合いの女性が被害者となっている…ここまで気が付いてしまえば簡単。初めの被害者の女性は重りを付けられ、発見が遅れていました。なぜか。最初に見つかってしまえば、彼女の周辺が徹底的に調査され、犯人が露呈してしまう可能性があるから。通りすがりの女性たちを殺し、死体が発見されたのちに、顔見知りの彼女の死体が混ざって発見されれば、顔見知りの彼女は一連の連続殺人事件の被害者の一人という扱いになり、バッファロー・ビルへとつながる線が薄くなる。
 重りが付けられていたのは決して偶然ではありませんでした。クラリスは被害者の友人の女性からバッファロー・ビルへとつながる手掛かりを得、ついに真犯人の家を突きとめました。
 レクターの与えた手掛かりは非常に遠まわしなようで、実は核心をつくもの。クラリスはレクターの誘導に乗っているだけで、犯人を突き止めることができるようになっていました。なぜ、レクターはクラリスへこれほどの手掛かりを与えたのでしょうか。レクターとクラリスの心理を探っていきましょう。

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★ハンニバル・レクターとの面会

 クラリスは成績優秀なFBIアカデミーの訓練生でした。頭脳明晰な彼女は野心家で、FBIで成功したいと強く願っています。そんな彼女が与えられた任務は精神科医で殺人者レクターの分析でした。彼女の上司はクロフォード。クラリスはクロフォードの下で働くことをかねてより希望していました。この仕事が成功裏に終われば、出世への道が開けてきます。クラリスはがぜん、意気込んでこの仕事を引き受けました。

 レクターは最初の面会で、彼女の精神状態を分析しました。気が強く、野心家で、出世の機会を狙っている…クラリスはレクターと初めて会ったとき、レクターから視線を外しません。レクターはクラリスが芯の強い女性であると見抜きました。また、バッファロー・ビルについてのクラリスの分析を聞き、彼女が明晰な頭脳を持っていることを知ります。そこで、レクターは最初、断っていたクラリスの質問事項書を受け取りました。もとより、レクターはそんな質問に答えるつもりはありません。しかし、ここで、質問事項書を受け取っておけば、クラリスはまた面会にやってくるでしょう。

 レクターはクラリスを挑発しました。両親や生まれ、育ちについて、田舎町の炭鉱労働者だの、貧しい育ちだのと並べたてます。クラリスは怒り心頭に発し、席を立ってしまいます。これは捜査官としてはあるまじきことでしょう。クラリスはレクターの精神分析のためにここへ来ているのですから、レクターに何を言われようが、受け流しておくのが本来であるはずです。また、そうした訓練もアカデミーで受けているはず。にも関わらず、クラリスはレクターのあからさまな挑発に耐え切れず、その場を逃げ出してしまった。

これは、クラリスが両親、あるいは今までの育ちについて何らかの過去を持っていることを意味します。それは最も、クラリスが触れられたくない部分であり、だからこそ、レクターの言葉にクラリスは耐えきれませんでした。精神科医であるレクターはクラリスの反応を見て、クラリスの過去に何があったのかを知りたいと思うようになります。

また、若いクラリスが仕事で成功したいと思っていることもレクターには分かっていました。彼は「昇進のチャンスをやろう」とある情報を教えます。これはレクターにとってクラリスは久々に興味のわく人間だったからです。

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★小羊たちの悲鳴

 クラリスの上司、クロフォードはレクターにバッファロー・ビルの捜査のためにレクターの精神分析をしているということを知られたくないと考えていました。しかし、レクターは既にそのことをお見通しです。しかし、クロフォードは真の目的がばれたらレクターは黙り込んでしまうと思っていましたが、レクターはバッファロー・ビルについての情報を話しはじめます。これにはクラリスの情報を教えるという取引が成立していました。レクターはクラリスのことを知りたいと考えていました。彼女の生い立ちを聞き出し、彼女の深層心理の分析をしたいレクターは、クラリスの欲しがるバッファロー・ビルの情報を少しずつ話しはじめます。

 レクターはクラリスの提示した条件をはなから信用していませんでした。条件のいい病院に移送され、自由に散歩ができるなど、そんな条件が出せるわけがない。レクターはこのクラリスが提示した条件が嘘であるとドクター・チルトンに明かされてもそれほど驚く様子はありません。そして、これを機にクラリスとの面談を断ることもしませんでした。レクターにとって重要なのは、取引のもう一つの条件、つまり、クラリスの情報と引換えにバッファロー・ビルの情報を教えるという条件だったからです。

 レクターはドクター・チルトンとバッファロー・ビルの捜査に協力することで合意します。これはレクターなりの考えがあってのことでした。レクターは傲慢なドクター・チルトンを嫌っています。毛頭協力するつもりはありません。しかし、レクターはドクター・チルトンがクラリスとライバル関係にあることを知っていました。

 ドクター・チルトンは見栄っ張りな男でパフォーマンスが大好きです。クロフォードやクラリスがレクターの分析をしていることを快く思っていないのも、自分の管轄に踏み込んできて、レクターの分析という手柄を先に取られてしまうのが悔しいからです。最初、クラリスの面会を快諾したのはレクターの分析などできるわけがないと思っていたから。しかし、その思惑とは裏腹にレクターはクラリスとの面会を継続しています。ドクター・チルトンはクラリスに手柄を取られると焦っていました。

 レクターはこのドクター・チルトンの焦りを利用します。まずは、協力すると見せかけて、自らを監視の緩い拘置所へと移送させることに成功しました。警察署内に臨時に設けられた大きな鳥籠のような牢で、レクターは久々に開放的な気分を味わい、クラシック音楽を楽しんでいます。一方、ドクター・チルトンはレクターを協力させたことにすっかりご満悦。記者を集めて得意げに喋っていました。彼は後にレクターの情報がガセネタだと分かって恥をかくことになるのですが。レクターはドクター・チルトンの性格を見越した上で、脱出計画に利用し、また、さんざんレクターを侮辱してきた彼に恥辱を与えることに成功したのです。

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★父の死、小羊の死

 クラリスはレクターに「今までで最悪の経験は?」と問われ、「父の死ね」と答えています。クラリスは10歳のときに警察署長だった父を強盗に撃たれて亡くしました。確かにこれはクラリスにとって不幸な出来事でした。しかし、彼女の心にさらなる淀みを生む要因がありました。それは「小羊の死」です。預けられた親戚の家で、助け出した小羊を守り切れず、殺されてしまったという経験。人は本当に辛い出来事を「辛い」とは言わないものです。特に、クラリスのように、気の強い人間ならばなおさら。

 クラリスは男ばかりの現場で働く女性です。アカデミーでも、捜査現場でも、男たちはクラリスを好色な目で、あるいは好奇のまなざしで彼女を見ます。アカデミーではランニング中の男たちがクラリスをわざわざ振り返って見ているシーンがありましたし、バッファロー・ビルの被害者の死体検分に行ったときには地元の警察官たちに取り囲まれ、気まずい雰囲気が漂う中でクラリスは平気な様子を装っていました。

 上司のクロフォードですら、地元の警察官と別室で交渉をする際の言い訳に「この種の性犯罪について女性の前では…」とクラリスが女性であることを利用します。クラリスは警察官たちを現場から追い出しますが、FBIと地元警察の縄張り意識というだけでなく、女性に追い出されるのが不服そうな警察官たち。レクターの隣房のミムズに屈辱的な行為をされたことだって、クラリスが男性だったらされなかったはず。このようにクラリスはいつでも、男たちと張り合わねばなりませんでした。馬鹿にされないように、なめられないように、とクラリスは常に気を張り、高圧的な態度で男たちに接します。

 クラリスが気が強いのは、そうしていなければ潰されてしまうから。クラリスだって、人間です。弱い部分はある。しかし、その弱みを他人に見せないように、常に強気で振舞っていました。初対面のレクターに両親や育ちについて挑発され、逃げ出したのはクラリスにとって、それが心の暗部だったからです。父親の死、そしてそれに続く暗い少女時代はクラリスの心の存立を脅かす暗い過去でした。クラリスはそれを誰にも話したことはなかったでしょう。他人にそれを話すということは弱みを握られるも同然、そうクラリスは考えていました。だからこそ、レクターに親や育ちといった過去をそのものずばり突かれたことは衝撃でした。

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★尊敬し、愛した父

 クラリスは父親を尊敬し、愛していました。幼いころに母を亡くしたクラリスにとって、父親は唯一の肉親であり、また、警察署長をしていた父親は誇れる父親であったのです。成長したクラリスは、将来の仕事として警察関係の仕事を選択しました。FBI捜査官の道です。そこには2つの意味がありました。1つは父親を殺した犯罪者を追い詰める仕事をしたいという気持ち。もう1つは父親への憧れ。

父親と同じ職業を選ぶ。世間的に、両親のしている仕事と同じ職業を子供が選択することは良くあることのように思えます。両親が尊敬できる人でなければ、子供は親と同じ職に就きたいとは思わないでしょう。子供は親の影響を受けて育つものであり、また、親がその子供にとっての手本であるから、子供は親と同じ職業を選択するのです。

クラリスの場合もそうでした。彼女は父親と同じ職業を選択します。これはクラリスにとって、父親の影響がどれだけ大きかったかを示しています。また、クラリスは父親の死後、施設で育つという経験をしていました。このような比較対象があると、過去の記憶は美化されやすくなります。父親の死後、親戚の家から施設に送られたことは、父親と過ごした年月をより一層、幸せな子供時代として際立たせました。

 一方、親と同じ職業を選択したということは、子供に一定のプレッシャーをかけることになります。親子の結びつきが強い場合、子は親に認めてもらいたいと思うものです。しかし、親が死んでしまっている場合には、よく頑張ったねと自らを認める言葉をかけてもらえる相手はいません。どこまで、自分を追い込めば良いのか。ストイックに自らの限界を追い求めてしまいがちです。クラリスは亡き父親を永遠の理想像において、がむしゃらに成功を追い求めていました。

クラリスの父親は警察署長の地位にありました。クラリスはFBIで捜査官になり、活躍したいという思いが人一倍強い女性でした。だから、クロフォードはあえて、アカデミー訓練生であるにもかかわらず、成績優秀で野心のあるクラリスをレクターの分析という困難な任務に指名したのです。クラリスは父親という憧れをもって、FBIの仕事を選択しました。それは夢の実現であると同時に、彼女に仕事での成功というプレッシャーをかけていたのです。

 女性であること、父親の記憶、そして、レクターの分析という初の任務を成功させれば、昇進への道が開けるということ。様々な要因が重なり合い、クラリスを圧迫していました。そして、「小羊の死」。夢にまであらわれるこの記憶はクラリスを根本から揺さぶる暗部でした。

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★小羊の死

 納屋で悲鳴を上げる小羊たちは屠殺されるのを待っていました。そのなかの一匹の小羊を抱いて逃げ出した幼いクラリスはすぐに保安官に捕まり、施設へ送られ、小羊は屠殺された…。クラリスは父親を亡くし、続いて小羊も失くしました。父親と小羊。全く違うもののように思えますが、クラリスにとってはどちらも同様の価値を持っています。父親は犯罪者によって生命を奪われました。小羊も親戚の人に殺されました。どちらも、クラリスには手の及ばないところで命が失われたのです。

父親の死を経験したクラリスにとって、生死は重要な問題でした。悲鳴を上げながら死んでいく小羊はクラリスにとっては家畜ではありません。彼女はその命を守ろうとした。そして、守り切れなかった。父親の死は突然でした。クラリスの知らないところで強盗に撃たれて亡くなった。クラリスにはどうしようもありませんでした。クラリスは立ちすくむ小羊、沈黙する羊でした。無力、あまりに無力だったのです。

そして、再び、試練のときがやってきます。今度のクラリスには小羊の命を守れる可能性がありました。しかし、できなかった。小羊の命は奪われます。父のときのように。クラリスは無力でした。クラリスは再び、沈黙し、小羊のように立ちすくむしかなかったのです。助けようとした者を守れなかった記憶。父の記憶と相まって、小羊の死はクラリスに深い傷を残しました。残るのは深い喪失感と、自分の非力さへの後悔です。

 クラリスは新しい小羊を求めていました。幼いころの記憶を埋め合わせるため、助けを求める小羊が必要でした。そして、今度はそれを守ってみせる。クラリスはレクターの指摘通り、キャサリンを助ければ、この記憶を上書きできると考えていました。今度こそ、どんな手段を使っても、キャサリンを助けなければ。

 バッファロー・ビルの手口で特徴的なのは、殺してから皮をはぐというもの。小羊たちも、殺されてから皮を剥がれ、ラムスキンとして皮細工の材料になります。暴力事件の被害者のことを"小羊"と形容することもある。神のいけにえとされるのも小羊。キャサリンはバッファロー・ビルの圧倒的な暴力性を前に身動きがとれない羊です。恐怖に足がすくみ、ただ、クラリスを見上げていたあの小羊たちのように、彼女も逃げ出せずにいる。そして、いずれ、殺されて皮を剥がれる運命…。

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★小羊の悲鳴

 クラリスはキャサリンを助けることに成功し、バッファロー・ビルことジョン・グラントを射殺しました。クラリスは昇進し、正式なFBI捜査官に任命されます。「小羊の悲鳴は止んだかな」と問う電話のレクター。

 しかし、小羊の悲鳴が止むことはありません。人間の記憶は消えることはありません。ただ、その記憶を和らげることができるのみ。FBIの仕事を続ける限り、クラリスは新たな小羊に出会い続けねばなりません。そして、あの喪失感と後悔を再び味わわないために、再び、クラリスは戦わねばなりません。殺された小羊は永遠にクラリスの記憶の中に生き続けます。そして、悲鳴を上げ、助けを求め続けます。小羊を助けるためならクラリスは手段を選ばない…犯罪者を射殺しても。クラリスは小羊を助けるためなら手段を選ばないでしょう。小羊の記憶ゆえに、クラリスはこれからも犯罪者を殺してしまうことになるかもしれない。

 レクターは精神科医です。キャサリンの救出が成功しても、クラリスの記憶が消えることがないことなど、よく知っている。「小羊の悲鳴」の記憶はレクターとクラリスだけが共有する秘密の記憶です。レクターはバッファロー・ビル事件を脱獄、ドクター・チルトンへの復讐、そしてクラリスの秘密を知るという3つの目的のために存分に利用しました。全てを手にしたのはレクターだけです。クラリスは事件の真相のために過去をレクターに差渡しました。これで必要ならば、レクターはクラリスを操作し、手玉に取ることができるでしょう。

また、レクターはクラリスとの電話で「これから古い友人と食事でね」と言っていました。レクターに後を付けられていたドクター・チルトンの運命は言わずもがな、です。クラリスのFBI捜査官としての人生は綱渡りのようなもの。小羊の悲鳴のなかで危うい精神バランスを保ちながら進んでいくことになるのです。

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All pictures in this article from this movie belong to Orion Pictures Co. and Warner Bros..
映画:ナイト&デイ あらすじ
※レビュー部分はネタバレあり

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バニラ・スカイでの共演から9年、トム・クルーズとキャメロン・ディアスのコンビで送るアクション・ムービー。コミカルな場面が多く、気楽に楽しめる映画になっている。

ジューン・ヘブンズは飛行機に乗るため、空港内を急いでいた。何とか飛行機に乗れた彼女はロイ・ミラーという男に出会う。すっかり意気投合した2人。しかし、ロイは政府機関のエージェントだった。ロイの持つ「ゼファー」という永久エネルギー源を巡り、争奪戦が行われていたのだ。この騒ぎに巻き込まれたジューンはロイとともに逃避行を繰り広げることになる。

とても気楽に見られる映画。とにかく、楽しんでみることが絶対条件。この映画で考えたら負けです。解説や解釈なんて要りません。というわけで、今回のレビューはとても短く(いつもの4分の1にもいきません)気楽に書かせて頂きます。


【映画データ】
ナイト&デイ
2010年・アメリカ
監督 ジェームズ・マンゴールド
出演 トム・クルーズ,キャメロン・ディアス,ピーター・サースガード

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映画:ナイト&デイ 解説とレビュー
※以下、ネタバレあり

★簡単なあらすじ―ロイとの出会いから結末まで―

ジューン・ヘブンズは妹の結婚式に向かう途中、ロイ・ミラーと名乗る男に出会う。ロイ・ミラーは元エージェントで、「ゼファー」という永久エネルギーを有する物体を持っていた。この「ゼファー」をジューンのキャリーケースにロイが仕込んだことから事件が巻き起こっていく。

ロイの本名はロイ・ナイト。彼は家族を捨て、友人とも連絡を断つことを条件にCIAと契約を結んだエージェントだった。ロイはゼファーを狙うFBIエージェント、フィッツジェラルドからゼファーを守るため、ゼファーを開発したサイモンという青年、そしてジューンと共に逃避行をする。

 フィッツジェラルドはこのゼファーをスペインの武器商人アントニオに売るか、もしくはサイモンを拉致してアントニオに引き渡し、大金を得る計画を立てていた。スペインでの途絶なカーチェイスの末、ロイは、ジューンとサイモンを助けることを優先し、ゼファーをフィッツジェラルドに渡す。

フィッツジェラルドはこのゼファーを持ってヘリに乗り込むものの、ゼファー自体に設計上の問題があったため、ヘリごと爆発。ゼファーともども木端微塵になった。

 ロイの上司、イザベルによって、ロイは再び、エージェントとしてCIAに連れ戻されそうになるが、ジューンの機転によって助け出され、2人はジューンの夢だったホーン岬までのドライブへと走り出していく…。

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★ジューンの周りのズレた人々

 ジューンの周囲の人々はどうも、彼女としっくりきていません。エンジニアで車の改造が大好きなジューンは妹の結婚式のため、父の遺品である車を完全に改造して結婚祝いにするつもりでした。父と妹と3人でよく部品を買いに出かけたものよ、とジューンは家族の思い出を幸せそうにロイに語ります。

 ジューンはロイの(ゼファー」騒ぎに巻き込まれ、飛行機をどうにか不時着させて命からがら脱出し、何とか妹の結婚式にたどり着いたというのに、肝心の妹は「パパのGTOを売りたい」。妹はパパのGTOよりも、夫と暮らす新しい家が欲しいようです。ジューンは家族の思い出を懐かしく思い出し、理想の家族像を描いています。ところが、妹はジューンが思っているほど、家族に思い入れはないようです。

 さて、ジューンには、ジューンに想いを寄せるロドニーという男友達がいました。飛行機の墜落に巻き込まれ、次々に起こるアクシデントに悲鳴を上げたい気分のジューンはロドニーに相談しようとするものの、ロドニーは自分のことばかり話していて、まったくジューンの話を聞こうとしません。ジューンが話そうとしていても、ロドニーは勝手に何か別のことを喋っている。

 ロドニーはジューンに結婚を申し込みたいようですが、果たして、今の状況がその場面なのかどうか…。ロドニーはどうも頼りありません。ロイがジューンに追いつき、ロドニーと同じテーブルについても、ロドニーは愛想よくロイの相手を始めます。ジューンがロイが問題を起こすトラブルメイカーその人だとロドニーに合図しているのに、まったくロドニーには通じません。あげくの果てに、ロイがジューンに手錠をかけて連れ出したときにロイは負傷。

 ロドニーは悪い人ではないのだが、どうも要領がわるく、なんともつまらない男。ロイに負傷させられたおかげで、ロドニーはジューンを守ろうとして怪我した男としてヒーロー扱いされ、今や、街の英雄になっていました。次にジューンが会ったときにはロドニーの横にはぴったりと美女が寄り添っていました。ロドニーはどうやら単純すぎる男のようです。

 というわけで、ジューンの周りの人間たちはジューンとすれ違いっぱなし。助けてくれたのは結局、ロイだけ。ロイは話も面白いし、やることがスマート。命からがらの脱出劇の後、自宅で意識を取り戻したジューン。彼女が朝起きると、「会えてよかったよ、ジューン」のメモ。キッチンに行けば、焼かれたオムレツとともに、冷蔵庫に「朝食を食べろ」のメモ。ジューンはそんなロイに助けられて悪い気はせず、彼と逃避行を続けることに。元はといえば、ロイのせいで巻き込まれたハプニングなのだけれど、ジューンも途中からしっかり楽しんでいる。

 ジューンの妹は結婚します。父も母もいないジューンにとって、唯一の肉親である妹の結婚は喜ぶべきである一方、ちょっと寂しいもの。自分も素敵な男性と出会って結婚したいと思っているジューンにとってロイとの出会いはまさに運命でした。

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★ナイト&デイ

 武器商人のアントニオに自白剤を飲まされたジューンが話すことと言えば、ロイのことばかり。「彼といると何でもできるように感じる」とジューン。熱に浮かされたように、愛について語り続ける。うんざりしたアントニオはジューンを殺せと部下に命じますが、ジューンは全く動じない。なぜなら、ロイが助けてくれると信じているから。実際、このとき、ロイはアントニオの屋敷の屋根の上に立っていた。というわけで、やっぱり助けてくれるロイ。

 ロイの本名はロイ・ナイト。そして、この映画のタイトルはナイト&デイ。そのままならば、昼も夜も、一日中というような意味になりますが、英語タイトルの綴りはKNIGHTになっています。これは「騎士」の意味のナイト。騎士と過ごす日々という意味でとった方がこの映画の内容にぴったりでしょう。ジューンはナイトに守られるお姫様。ロイを信頼しきっているジューンの幸せそうな顔はまさにそんな感じです。

 一方で、倒れて病院に運び込まれたロイをイザベラらCIAから取り返したジューンはロイを守るナイトそのもの。ロイとジューンは互いのナイトであり、守られる人でもある。2人は共に運命の人を見つけました。愛し合う2人の理想像がここにあります。

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All pictures in this article from this movie belong to Twenties Century Fox Film.