
「初めての相手が・・・たっくんで良かった。」
本作の原作小説は、くりぃむしちゅーの有田哲平氏が「最高傑作のミステリー」と紹介して話題になったが、これは「最高傑作のミステリー」では全くない。
眩しいくらいに光り輝く《恋のマジック》に溢れた「最高傑作のラブストーリー」と紹介した方が良い。
文章上の仕掛けで読者の《ミスリード》を誘うトリックを用いた原作は、出版当時から「映像化不可能」と言われ続けてきた。
《ミスリード》とは、例えば犯罪者の正体を探っていく作品などで、読者や観客が真犯人に気付かない様にする為の手法で、無実の登場人物に疑いが向くように、偽りの強調をしたり、ミスディレクション(誤った手がかり)などを与えたり「意味深な言葉・映像」を見せるなど、様々な騙しの仕掛けを用いて注意を意図的に別の方向へ誘導することである。
本作はこの《ミスリード》が非常に巧みで「人がいかに先入観に囚われているか」を思い知らされる。
乾くるみが発表したベストセラー人気小説である原作は、日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門候補作となり、2005年に本格ミステリーベスト10で第6位にランクインしている。
本作を観る時、そのような「ミステリー」絡みの肩書きは全て忘れて良く、それよりも「最高のラブストーリー」として歴史に名を刻むべき恋愛物語だという認識の方が良い。
《イニシエーション》とは、出生、成人、恋愛、結婚、死などの人間が成長していく過程で、次なる段階の期間に新しい意味を付与する通過儀礼の事で、本作では誰もが経験のある《初めての恋愛における試練》の様なニュアンスで使われている。
80年代の静岡と東京を舞台に男女の出会いと別れが、当時のカセットテープの様に「Side-A」「Side-B」という《表裏》の2章構成で描かれる。
バブル最盛期の1980年代後半の静岡、合コンで知り合った「マユ」と付き合い始めた「たっくん」は、順調に愛を育んでいくが、たっくんが東京へ転勤となり「遠距離恋愛」が始まったことから二人の関係に少しずつ変化が・・・。
いろんな意味で『モテキ』とリンクしていて、本作も同じく「あの頃カーステレオから流れていた」というコンセプトの曲が流れまくる。
SHOW ME/森川由加里、揺れるまなざし/小椋佳、君は1000%/1986 OMEGA TRIBE、YES・NO/オフコース、Lucky Chanceをもう一度/C-C-B、愛のメモリー/松崎しげる、木綿のハンカチーフ/太田裕美、DANCE/浜田省吾、夏をあきらめて/研ナオコ、心の色/中村雅俊、ルビーの指環/寺尾聰など、どの場面にもピッタリと歌詞がリンクする「80's BEST HITS」が満載。
「マイベスト編集カセットテープ」の他にも「テレホンカードの残り度数」「トヨタ・スターレット」「ホンダ・シティ」「BMWに乗る大学生」「スクーターのJOGに乗る大学生」「プルトップの缶ビール」「男女7人夏物語」「男女7人秋物語の片岡鶴太郎と手塚理美」「ブーツ型ビアジョッキ」「肩パット入りDCブランドスーツ」「ピザ店シェーキーズ」「歌謡番組ザ・トップテン」「ソバージュ」「ハイレグ水着」「エアジョーダン」「ルビーの指輪」「山本スーザン久美子」「クリスマスの高級ホテル」・・・など、あの時代の豊富なネタと、あの時代にしか成立しないトリック。
本作は原作も映画版も決して「ミステリー」として紹介してはならない。
最初から最後まで純粋でストレートで「リアル」な、紛れもない《ラブストーリー》だ。
「最後の2行で~」「ラスト5分で~」という宣伝文句は一切必要ない。
ミステリー風味を意識して身構えて観ると余計な邪念が入り、余計に深読みしながら鑑賞してしまい、本作が表現している「恋愛とは」という趣旨がズレて伝わってしまうだろう。
伊坂幸太郎のトリッキーな原作小説を中村義洋監督が完璧に映画化した『アヒルと鴨のコインロッカー』『フィッシュストーリー』『ゴールデンスランバー』に匹敵するくらい「映像化不可能作品」の《映像化ならでは》の気持ちの良い「脚色」だ。
同じく伊坂作品を映画化した『ポテチ』の木村文乃も重要な役割で本作に登場する。
《大人の恋愛》の「シビアさ」「甘くなさ」や「ドラマのように惹かれ合う」ことにより「有頂天になってしまう」プロセス、実は異性の手のひらの上で戦略にハマっているだけの状態なのにそれに気付かずに勘違いする「俺イケてる?感」など、恋愛にまつわる数々の「あるある」が詰まっている。
これは「永遠に続くと思われた恋愛」で簡単に破局を迎えたことのある全男女に送る《究極のラブストーリー》だ。
本作の仕掛けと同様に、男と女の間には恋愛における《ミスリード》の心理戦と、恋愛初心者を悩ます《通過儀礼》が今も繰り広げられてる・・・。
「イニシエーションというのは子供から大人になるための儀式で、私たちの恋愛なんてそんなもんだよって、元彼は別れ際に私にそう言ったの。初めて恋愛をしたときには誰でも、この愛は絶対だって思い込む。絶対って言葉を使っちゃう。でも人間には、この世の中には絶対なんて事は無いんだよって、いつか判る時が来る。それが判る様になって初めて大人になる。それを判らせてくれる恋愛のことを、彼はイニシエーションって言葉で表現してたの。それを私風にアレンジすると、イニシエーション・ラブって感じかな。」