孝行息子が母を手にかけた訳 | 辻川泰史オフィシャルブログ「毎日が一期一会」Powered by Ameba

孝行息子が母を手にかけた訳

秋田老老介護殺人 孝行息子が母を手にかけた訳


■「病院で管通されるなら…」

秋田市新屋の県営住宅で平成22年12月、寝たきりだった柳田いさたさん(92)が、長男の健哉被告(66)に鼻や口をふさがれて殺害された。法廷で健哉被告は動機を「病院で管をつながれ、延命措置をされるなら、楽にさせてやりたかった」と述べた。30年近くにわたり父親を、父親が亡くなった後は認知症の母親の介護までしていた孝行息子は、なぜ母親の最期を自らの手で下してしまったのだろうか。(原圭介)


◆押さえつけ

昨年12月11日午前7時50分ごろ、秋田市新屋の交番に1人の男が現れた。

「自宅で母親を殺しました」

男の話を聞いた警察官が県営住宅1階の一室に駆けつけると、寝室の中央に敷かれた布団の中で、あおむけになったいさたさんが亡くなっていた。

 

男は、長男の健哉被告。調書などによると、健哉被告はその日の午前5時ごろ、寝ていたいさたさんの脇に正座した。手には介護に使っていたクッキングペーパー。それをいさたさんの顔にかぶせ、その上から右手で鼻と口を押さえ、殺害した。


◆高熱を出し

健哉被告は、山形県遊佐町に生まれた。下に妹2人がいた。

農業を手伝った後、塗装工として県外で働くようになったが、20代半ばの頃、父親が用水路に転落し、脊髄を損傷して車いすでの生活を余儀なくされたことから帰郷した。仕事の傍ら、いさたさんを手伝い、父親の介護をするようになった。


やがていさたさんが加齢のため体力が落ちると、床ずれの治療やおむつの交換など、力がいる世話は、健哉被告が中心になってやるようになった。

 

さらに14年に父親が亡くなるころ、いさたさんは認知症にかかり、徘徊(はいかい)するようになる。その後、足も不自由になり、寝たきりの生活に。


健哉被告はいさたさんの介護を独力でするようになる。そして、独身のまま年を重ねていった。


いさたさんは高熱を出し、入院した。事件の2週間前に4度目の退院をしたばかりだったが、事件の前日に再び発熱した。

 

往診の医師やヘルパーが薬を投与し、夕方には熱が37・4度まで下がった。だが、ゼーゼーと息は荒いままだった。

 

健哉被告は、いさたさんの大好物のプリンをさじで口に持っていった。が、食べようとしない。スポーツドリンクを飲ませようとするが、飲み込まない。

 

「大丈夫?」「食べないと駄目だよ」-。声をかけながら、30分おきに何度か食べさせようとしたが、駄目だった。

 

◆「とても見られない」

 

健哉被告の弁護士は、被告人質問で、彼が介護に疲れて殺害したのではなく、病院で管をつながれて最期を迎えるのに耐えられなかったからだ、という趣旨の言葉を引き出そうとする。

 

弁護士「以前の入院時と比べて、どう見えましたか」

 

被告「非常に(病状が)悪いと感じました。息が荒く苦しそうだった」

 

弁護士「そうした容体を見てどう思いましたか」

 

被告「このままでは長くないのではないか。寿命が尽きかかっているんじゃないかと-」

 

弁護士「病院に連れて行こうと思いませんでしたか」

 

被告「思いましたが、前に入院させたとき、医者から胃に管を通して栄養を入れる手術を勧められたので、管を入れられて最期を迎えるのは、母にとってあまりに酷で悲しいこと。とても見られませんでした」

 

弁護士「そして、どうしようと思ったのですか」

 

被告「延命措置は駄目だ。これ以上苦しませたくない。楽にさせてやりたいと思いました」

 

健哉被告は犯行後、風呂場の介助用アームに電気コードをくくりつけ、首をつろうとしたが死に切れず、交番に自首したのだった。

 

◆執行猶予判決

 

証人として出廷した、東京都内に住む3歳違いの妹は涙ながらに兄をかばった。「年に2回くらいしか来られなかった。


兄の言葉に甘えて、任せっきりにしていました」と述べ、母を殺害した兄の行為を「天国まで導いてくれたんだと思います」と表現した。被告も目頭を押さえた。

 

検察側は論告で、厳しく健哉被告の行為を断罪した。


被告はいさたさんの分を合わせて年金16万円、塗装工として約13万円の月収、さらに預金が約200万円あり、ヘルパーなどの支援を受け、ドライブや映画を楽しむ余裕があったとして、「ぎりぎり追い込まれての犯行ではなかった」と述べ、懲役6年を求刑した。弁護側は執行猶予判決を求めた。

 

判決は2日、秋田地裁で言い渡された。懲役3年、執行猶予5年の温情判決だった。

 

馬場純夫裁判長は「献身的な介護を10年も行っていたのであって、被害者に対し、深い愛情をもって接していたことは疑いがない」などと、執行猶予とした理由を述べた。もっとも殺害行為については、「医師による治療を受ければ被害者の容体が安定する可能性があり、他に適切な手段を取ることができた」とも述べ、被告の殺害行為を非難した。

 

厚生労働省の平成22年度高齢社会白書によると、65歳以上の要介護等と認定された人は19年度末で約438万人。世話をする介護者が60歳以上の「老老介護」は、全体の60・8%にも及ぶ。


その半数以上にあたる36・2%が70歳以上だ。


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