介護の質向上急務 | 辻川泰史オフィシャルブログ「毎日が一期一会」Powered by Ameba

介護の質向上急務

シンガポール 2011年5月27日(金曜日)
高齢者ケア、外国人に依存:8割も、介護の質向上急務[社会]

東南アジア諸国連合(ASEAN)全体としては生産年齢が多い「人口ボーナス」の状態にある中、シンガポールは20世紀末に高齢化社会に入った。リー・クアンユー前顧問相が辞意を表明した際に、「若い世代は高齢の世代の面倒をみるように」と表明するなど、指導者の世代が代わっても社会の高齢化の課題は残る。75歳以上の高齢者を抱える家庭の8割はメードにケアを委ねていると見られ、介護者の質向上が急務となっている。

永住権(PR)保持者を含めた65歳以上の人口は昨年の国勢調査で33万8,000人。非居住のシンガポール人を除いた居住者人口377万1,700万人の9%に達した。割合は日本の1980年当時に相当するが、今後20年でシンガポールの65歳以上は90万人、人口の20%程度に達すると予想されている。

シンガポール国立大学(NUS)社会学部で高齢化を研究するアンジェリク・チャン准教授などが作成中の調査報告書によると、75歳以上の後期高齢者を抱える家庭では8割がメードを高齢者ケアのために雇用していることが分かった。子どもたちが共働きで昼間に親の面倒をみる時間がないためで、メードの多くはフィリピンやインドネシア出身の外国人だ。

同准教授は、メードには介護に関する知識がないと指摘する。人材開発省は、高齢者をケアするメードに対し2日間の研修を実施しているが、期間が短すぎて効果がないという。民間企業による研修プログラムも一部提供されているが、雇用主が費用を負担することになる。一部の雇用主は、緊急時のCPR(心肺蘇生)などメードの介護技術向上を重要と考えるが、一般的に浸透しているわけではない。

また、老人ホームへの入居を待つ高齢者の需要が供給を上回り、長い順番待ちが続く。

同准教授は、現在作成中の政策提言の中に「介護者としてのメードの職務を適切なものにする必要がある」と盛り込むことを明らかにしている。正式な介護の研修を受け、資格を与えることが必要という。結果として賃金も上がるが、「家政婦ではなくプロの仕事とみなされるようにすべきだ」との見解だ。雇用主にとってコストは上がるかもしれないが、緊急時に何の知識もないメードに任せる危険性を回避するべきだと指摘している。

社会的には、メードが高齢者をケアしているという実態は受け入れられている。夫婦が共働きの家庭ではほかに有効な選択肢もなく、シンガポール人で手頃な価格の介護提供者がいない中では、メードの技量を上げることが最も現実的な対策となっている。

現在の高齢者、特に女性は就業経験がない場合が多く、中央積立基金(CPF)からの支給が受けられない。このため、多くは夫や子どもに完全に依存する形となる。また現在65歳以上の人口の8%は1人暮らしで、ボランティアに頼る生活を送る高齢者も1割程度に達していると予想される。

高齢者に対する政策は、一義的には家庭で家族が面倒をみることが基本。1995年に制定された父母維持法では、子どもが親を金銭的に支援しなかった場合に親が子どもを訴えることができる。政府は広告などを通じても、親をケアするように訴えている。

そんな中で成功した政府の高齢者ケアプログラムに、公営住宅(HDBフラット)に住む高齢者を対象に実施する「ご近所を知る」活動がある。近所に住みながら行き来のなかった人々を一組として、しばらく姿が見えないと思ったら、訪問して確認するなどの作業を行う。

■団塊の世代も高齢に

現在の高齢者の問題と、1947年~1964年に生まれたベビーブーマー世代の多くが高齢者となった時の問題は大きく異なりそうだ。ベビーブーマー第1世代は来年に65歳を迎える。

人口ボーナスの恩恵を享受した、特に後期ベビーブーマー世代は、英語による高い教育を受けた世代で、保険や健康についての知識がある。喫煙もこの世代に急減した。

一方、現在の高齢者慢性疾患も大きな問題となっている。高齢化が急速に進行したため、国民に慢性疾患を予防する方法を周知できていなかったためで、血圧や糖尿、肥満などについて人生の後半にどのような影響をもたらすかについての周知活動の歴史は浅いという。

健康に気を配り医療が発達したことで、ベビーブーマー世代は寿命も延びるものの、結果として認知症も懸念される。この問題についての対処はまだ定まっていない。医療積立の利用についても、この世代はサービスに対する要求も高まるため需要を満たすことは容易ではないと考えられる。

慢性病を患う患者が、ベビーブーマー世代で増えるか減るかについては、議論が分かれている。高い教育を受け知識も豊富なことから、診断を受ける機会が増えると考えられ、慢性疾患の報告数が増えるという意見と、健康的なライフスタイルを心掛けるために疾患が減るというように見方は分かれている。

このほかに同世代の問題は、子どもが少ないことだ。合計特殊出生率はこの世代に劇的に減少。その後の75年から2人以下になった。このため、親の世代のように子どもに依存することはできない。子どもの婚期も遅れるなどして家族の支援が手薄になる。チャン准教授は、「介護を誰がするのかというのが今の研究の課題でもある」と語っている。

現在のメードによる高齢者のケアが続けば、90万人の高齢者に対し相当数のメードが必要になるということでもある。政府はどこにメード受け入れ上限を設けるかについて懸念し始めている。少子化の中で必要なくなった小学校を老人ホームに転換する案も出ている。実現すれば、家族の住居近くで老人ホームに入居することが可能になる。

広がる一方の高齢者人口は、シルバー市場の拡大も生む。ヘルスケア製品としてのベッド、家の中を携帯端末などで監視する装置、テレビ会議システムを使った遠隔医療なども試験が始まっている。親を介護する子どもにとっても、これらの製品やサービスを購入することは安心を買うことでもあり喜んで支出するという。このほか、健康な高齢者の旅行需要も大きいとみられている。

経済成長政策の一つとしてシンガポールが進める外国人材の起用。今月の総選挙で国民の職を奪うとの批判を受けたが、高齢者ケアの現場でも彼らなしには立ちゆかなくなっている。資格者としてインドネシア人とフィリピン人介護福祉士の候補者を受け入れ始めたばかりでハードルの高い日本と、資格を必要としないものの安全性などで懸念のあるシンガポール。お互いの政策を補完し合う必要がありそうだ。(今野至)

http://news.nna.jp/free/news/20110527spd002A.html