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届かぬケア

東日本大震災:認知症、届かぬケア…ある女性の死 長引く避難、町を転々

 東日本大震災で被災した福島県富岡町の認知症の女性(62)が先月27日、4カ所目の避難先だった新潟県田上町で行方不明となり、翌日に避難所から約2キロ離れた林道で遺体で見つかった。被災後に女性が置かれた状況や背景を追うと、認知症など周囲の支えが必要な人への支援が十分にはできていない現状が浮かぶ。【堀智行、福永方人、樋岡徹也】

 ◇福島から新潟へ

 女性は、夫(67)や次女(40)らと5人で暮らしていた。震災が発生した先月11日、一家で福島県田村市の避難所に入り、12日ごろ隣接する郡山市の避難所へ身を寄せた。

 新潟県警加茂署と田上町などによると、女性は数年前から、認知症の症状が出始めた。落ち着いている時は普段通りに生活でき、毎日飼い犬と家の周囲約2キロを3~4回散歩していたが、調子が悪いと、今していたことが分からなくなることもあったという。

 避難生活が長引くにつれ、症状が悪化。家族が言い聞かせても、避難所を出入りする際にドアを閉め忘れたりするようになった。迷子になることが心配で、日課の散歩もさせられなくなった。

 「避難所で不安定な生活が続けば、症状がさらに重くなりかねない」と危惧した一家は24日ごろ、ようやく連絡が取れた福島県南相馬市の長女(41)宅へ移った。だが、長女宅は福島第1原発から半径30キロ圏内の屋内退避圏にあったため、外出や食料の購入などが思うようにできない。県外からの被災者を受け入れている場所をインターネットで調べ、26日夜に田上町の避難所に受け入れを打診した。

 田上町の避難所に着いたのは27日午後4時ごろ。認知症と言われることを嫌がっていた女性を気遣い、家族は保健師に女性の健康状態を説明する間、次女や次女の娘と一緒に外出させた。約30分後、施設近くの広場から避難所へ戻ろうとした途中に、女性はいなくなったという。

 翌日午前8時半、避難所から山道を抜けた約2キロ先の林道の雪の上で、捜索していた消防団員が倒れていた女性を発見。死因は凍死だった。沢づたいに伸びる林道には約50センチの積雪があった。女性は発見時、両足とも靴を履いていなかった。

 田上町によると、避難所の担当者は女性が認知症であることを把握しておらず、到着後に保健師が家族から聞いて知ったという。町の担当者は「事前に分かっていれば、もうちょっと対応できたかもしれない」と話す。新潟県は今回の事態を受け、要介護者が避難所に来た際には、保健師が健康状態などをきめ細かく確認し、適切な施設に振り分けることや継続的に見守っていくことを決めた。

 ◇厳しい衛生状態、症状悪化しがち

 被災地内の避難所も状況は厳しい。岩手、宮城両県で医療支援活動に加わった日本赤十字看護大の小原真理子教授は「多くの避難所の衛生状態は被災者全般、特に高齢者にとって酷な状況」と話す。

 岩手県山田町の県立山田高校の避難所では739人の被災者が滞在し、寝たきりの高齢者もいた。オムツを替える際もスペースがないため、自身も被災した保健師や看護師らが毛布で仕切りを作り交換していたという。

 宮城県の女川町立病院の老人保健施設には、要介護者らを対象にした「福祉避難所」が開設されていた。震災前から入居していた高齢者以外に、一般の被災者や被災した高齢者も受け入れ、計68人が滞在。寝たきり状態の高齢者らを数人のスタッフが支えているといい、施設の地域抱括支援担当の看護師は「今後いろんな避難所から高齢者が集まってきたら、今の人数では足りない」と不安そうに話したという。

 一方、石巻赤十字病院(宮城県石巻市)には、避難所から要介護の高齢者らが1日当たり数人のペースで救急搬送されてくる。津波の泥やがれきのくずが舞い上がった粉じんを吸い込むなどして肺炎になるケースが多いという。

 市は看護師や介護ヘルパーを手厚く配置した福祉避難所を1カ所設けているが、一般の避難所にいる要介護者も少なくない。

 同病院の石橋悟・救急部長は「ケアの行き届かない一般の避難所では病気が悪化しやすく、治療後に避難所に戻り、再び搬送される人もいる。福祉避難所を増やしたり、要介護者を集団で市外の環境の良い施設などに移すべきだが、介護職員も被災するなどして十分に確保できないうえ、高齢者は地元を離れたがらない傾向が強く、簡単にはいかない」と苦労を明かす。

 ◇福祉避難所、足りない 一般人と同居、施設も被災…

 災害時に要介護者らへの支援が不足することは、95年の阪神大震災で問題化。高齢者らのケアが行き届かずに「災害関連死」が相次いだことを受け、厚生省(当時)は97年、全国の自治体に通知を出して福祉避難所の指定を推奨した。各市町村が老人福祉施設や障害者支援施設などと協定を結び、高齢者や障害者、妊産婦、乳幼児など一般の避難所での生活が困難な被災者に入ってもらう仕組みだ。07年の能登半島地震などで活用された。

 だが、福祉避難所を指定している自治体の割合は地域によって大きな差がある。昨年3月時点で、宮城県は35市町村中14市町村(40%)だったが、岩手県は34市町村中5市町村(15%)、福島県は59市町村中11市町村(19%)にとどまる。

 全国的にも、福祉避難所を指定していた市町村は全体の34%。厚生労働省は「静岡県や香川県など100%近い県もあり、各県の防災に対する意識の差が出ている」と話す。

 岩手県では、被害の甚大な沿岸部で福祉避難所を設置できない状況が続いている。県は「本来は福祉避難所として指定対象となる特別養護老人ホームに一般の人も避難しており、どこも満杯」と頭を抱える。各避難所には要介護者と一般の避難者が混在しているといい、県外から保健師の応援を得て、巡回を強化するなど対策を取っている。

 宮城県では、事前に福祉避難所を確保していた市町村の中にも、震災で損壊し使えない所があり、新たな設置は需要に追いついていない。県は「巡回した保健師から福祉避難所に『移した方がいい』と報告が上がっても、動かせる施設が足りない」と説明する。宮城、岩手、福島3県は、避難所にいる支援が必要な高齢者らの人数や福祉避難所の設置状況について実態把握を進めている段階で、「命が脅かされる人が出てくる恐れがあり、実態を把握して対策につなげたい」(宮城県)としている。


毎日jpより