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秋山翔吾 2ホーマー猛打賞
秋山 翔吾(あきやま しょうご、1988年4月16日生まれ)さんは、神奈川県横須賀市出身の埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(外野手)です。右投左打。日本プロ野球におけるシーズン歴代最多安打記録(216本)の保持者です。
2010年10月28日に行われたプロ野球ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから3巡目で指名を受け入団しました。背番号は「55」です。
2011年、球団の新人外野手としては岡村隆則さん以来30年ぶりとなる開幕スタメン(9番・右翼手)で起用されて、翌日の2戦目にはプロ初安打初打点を記録して、3安打を放ちました。
同年の新人選手の中で、公式戦で最初に安打を打ちました。
しかし、開幕直後こそ調子がよかったもののその後、不振に陥り二軍落ちを経験してしまいます。
7月中盤に再昇格後は当初は右翼手として、栗山巧さんが怪我の影響で左翼手にコンバートされた後は中堅手のレギュラーとして固定されて、広い守備範囲と強肩を活かした守備面での活躍が目立ちました。
打撃では主に9番あるいは7番を打ち.232と低打率でしたが、9月の月間MVP候補にノミネートされるなど8月以降は好調でした。
2012年は、開幕レギュラーが期待されましたが、右大腿部の故障で開幕を二軍で迎えました。
その後も2回出場選手登録を抹消されましたが、その間に前年の課題だった打撃面が向上されて、一軍にいる間はチーム事情から1〜3番と5番を経験して、栗山さんが離脱してからは2番に固定されました。
9月5日の福岡ソフトバンクホークス戦ではプロ入り初のサヨナラホームランを放ちました。
また規定打席にも初めて到達して、打率はリーグ6位の好成績を残しました。
オフの11月6日に「侍ジャパンマッチ2012「日本代表VSキューバ代表」」の日本代表に選出されました。
第一戦は守備固めとして出場して、第二戦は7番中堅手で先発出場して2打数0安打2四球でした。
2013年は中堅手として全試合に先発出場して終盤に代打と交代した1試合を除いてフルイニング出場を果たして、ゴールデングラブ賞のタイトルを初めて受賞しました。
打撃では6月と8月の月間打率が2割を下回るなど不安定でした。
打順は5月までは主に2番、6月は主に1番、7月は主に5番で起用されました。
オフの11月には、台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出されました。
同チームから浅村栄斗さん、炭谷銀仁朗さんも選出されました。また、この年には高校3年時から交際していた女性と結婚しました。
2014年は開幕から3番として起用されましたが、打率1割台と深刻な打撃不振に苦しみ、4月24日に主砲の中村剛也さんと入れ替わりで登録を抹消されました。
一軍復帰後は1番で起用され、5月と6月は月間打率が3割を超えるなど調子を上げていったものの夏場は打率を伸ばせず下位打線に回り、最終的に本塁打も前年の13本から4本に減りました。
10月に中村さんと共に右肘のクリーニング手術を受けました。
2015年は、森友哉さんのフォームを参考にしたという、昨季まで高く構えていたバットの位置を低くした打撃フォームに変えて、開幕から好成績を残しました。
6月14日、63試合目で100安打を打ち、100安打到達では1994年のイチロー(60試合)さん、1964年の広瀬叔功(61試合)さんに次いで史上3番目の記録になりました。
6月27日、イチロー(1994年5・6月)さん以来史上2人目となる2ヶ月連続での月間40安打を達成しました。
6月3日の中日ドラゴンズ戦から7月14日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦に途切れるまで放った連続試合安打31試合は、1979年の高橋慶彦さんによる日本最長記録33試合に惜しくも及ばずも歴代3位タイにランクインしました(左打者としては歴代1位)。
記録が途切れる事となった延長10回裏の第5打席では四球を選び、結果的に中村剛也さんのサヨナラ3ランを呼び込みチームの連敗を止めるチームプレーとなりました。
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