日本の野球の情報は高校野球とプロ野球の2つにニュースでは分かれ高校野球速報とプロ野球の順位が特に多いですね。 -3ページ目

日本の野球の情報は高校野球とプロ野球の2つにニュースでは分かれ高校野球速報とプロ野球の順位が特に多いですね。

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2死満塁の大ピンチ空振り三振に抑える 










又吉 克樹(またよし かつき、1990年11月4日生まれ)さんは、沖縄県浦添市出身の中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)です。

小学生時代に仲間ジャイアンツで軟式野球を始めると、浦添市立浦添中学校でも軟式野球部に所属していました。



















西原高校時代には、主に二塁手としてプレーしていました。

送球のコントロールが良いことから、打撃投手を任されたことを機に、投手へ転向しました。

転向当初はオーバースローでしたが、毎日200球近く投げ込むうちに、現在のサイドスローに落ち付きました。



















ただし、在学中には春夏とも、甲子園球場での全国大会に出場できませんでした。

高校卒業後に環太平洋大学へ進学しました。

中国六大学野球のリーグ戦では、2年の春季に防御率1位を獲得するとともに、チームのリーグ初優勝に貢献しました。



















高校時代には160cm台だった身長が10cm近く伸びたり、体重が10kg増えたりするなど体格が向上したことから、入学時には110km/h台だったストレートの最高球速も138km/hにまで上がりました。

しかし、リーグ戦では打線の援護に恵まれないことが多く、通算成績は13勝18敗に留まりました。

大学の2年先輩に当たる亀澤恭平さん・尾中博俊さんが独立リーグ・四国アイランドリーグplus(IL)の香川オリーブガイナーズへ入団していたことを背景に、又吉さんも大学4年生の秋に、ILのトライアウトを受験しました。



















二次試験を免除される特別合格者(10人)の1人に選ばれた為、2012年12月13日に香川への入団が発表されました。背番号は21です。

2013年には、最速148km/hのストレートとスライダーなどを武器に、エースとして活躍しました。

入団1年目ながら、リーグトップの13勝(4敗)で最多勝利のタイトルを獲得するとともに、完封数でもリーグトップ、防御率でリーグ2位(1.64)という好成績を残しました。



















前期の優勝争いが佳境にあった6月22日の対高知ファイティングドッグス戦では、8回2死まで走者を1人も出さなかった末に、1安打無四球という内容で9回を完封しました。

結局、島袋翔伍さんのサヨナラ本塁打で勝利投手になるとともに、チームの前期優勝を引き寄せました。

この試合を観戦していた中日ドラゴンズの正岡真二スカウトは、後に「(又吉さんの登板試合で)最も印象に残った」と述懐しています。



















さらに又吉さんは、後期も好調を維持すると、全日程終了後にリーグの年間MVPへ選出されました。

NPBドラフト会議の前には、NPBの11球団が香川球団に調査書を提出する程にまで注目されるようになりました。

2013年のNPBドラフト会議では、中日から2巡目で指名されました。



















支配下登録選手としての契約を前提にNPBの球団から指名されたIL加盟球団の選手としては、過去最高順位での指名でした。

結局、契約金6000万円、年俸840万円という条件で入団しました。

契約金の10%(600万円、金額はいずれも推定)は、NPB球団との契約に関するILの規定に沿って、香川球団に分配されました。背番号は16です。


















2014年には、オープン戦で好成績を残すと、公式戦の開幕を一軍で迎えました。

3月29日には、広島東洋カープとの開幕戦で、開幕投手・大野雄大さんの後を受けて7回表から救援投手として一軍デビューしました。

4月6日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦で、プロ初ホールドを記録しました。




















4月17日の対横浜DeNAベイスターズ戦(いずれもナゴヤドーム)では、1点ビハインドで登板した9回表を無失点に切り抜けると、平田良介さんのサヨナラ安打によって公式戦初勝利を挙げました。

ILからドラフト会議での指名を経てNPBに入った投手による一軍公式戦での勝利は、福岡レッドワ―ブラーズから福岡ソフトバンクホークスへ入団した金無英さんに次いで2人目で、日本人投手では初めての事例でした。

奇しくも、この日のパシフィック・リーグ公式戦では、又吉さんと同じ新人投手の豊田拓矢さん(埼玉西武ライオンズ)と東明大貴さん(オリックス・バファローズ)も一軍初勝利を記録しました。



















NPBの一軍公式戦において、同じ日に3名の新人投手が初勝利を挙げた事例は59年振りで、入団2年目以降の投手を含めた3名による同日初勝利は2年振りでした。

7月5日の対巨人戦(東京ドーム)で延長10回裏に長野久義さんからのサヨナラ安打で一軍初黒星を喫したものの、8月17日の対東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)で一軍初セーブをあげました。

9月には、4登板試合連続ホールドを2度にわたって記録しました。



















結局、一軍公式戦には、新人ながらセントラル・リーグ2位の67試合に登板して、防御率2.21、9勝1敗2セーブ24ホールドという好成績を残しました。

勝利が同点または1~2点ビハインドからの救援によるものであった一方で、リードの局面からの救援登板では、交代した先発投手が有する勝利投手の権利を消すことが一度もありませんでした。

同リーグの新人王争いでは大瀬良大地(広島)さんの後塵を拝したものの、記者投票での得票数は1位の大瀬良さんに次いで多いものでした。



















尚、シーズン終了後には、ドミニカ共和国のウィンターリーグに参加しました。

リーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカ―ナに加盟するティグレス・デル・リセイの一員としてリーグ戦17試合に登板すると、0勝2敗4ホールド、防御率1.69という成績を残しました。

さらに、帰国後の12月20日に臨んだ球団との契約交渉では、推定年俸4000万円で契約を更改しました。



















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