パチンコを長い間打っているが、確率や機種に関係無く…
当たるとやっぱり純粋に嬉しい。
未だに嬉しい。
これは、正直な気持ちで、本音である。
そう…自分はつまるところ【当たる、当てる】為に、パチンコを回している。
回る台を回している。
1人と軍団とは、立ち回りも考え方も違うだろう事も 、理解している。
毎日打っていれば、都度一喜一憂はしないが、やはり当たり=嬉しいものには変わりは無い。
何処かの人は、消化が面倒くさいので、当たらなくても良い…と、言う。
確かに、人それぞれの考え方や捉え方の違いもあるとは思う。
賛否両論あるで有ろう事もわかっている。
一応長いので、数字関連もわかっているつもりだが…
それでも、当たらなくても良いと思った日は、やはり一度も無く、余裕の素ぶりを見せてはいても、やはり当たりを待ち望む自分が居る。
ゴールを何処に設置するのか?の話であろうか❓
当たりはどうでも良い…、と言う人が、希望通り⁉️当たらなくて喜んだとしよう。
当たらない=積めて良し
その嬉しい❓当たりの無さが、たまたま何ヶ月も続いたとしても(実際はそんな事は無いとは思うが)、希望通り喜ぶものなのか❓…
そもそも、根本はその【当たり】を取る為に、回すのでは無いのであろうか?
最終的には、その欲しく無い【当たり】を待ち望む形になるのではないのか❓
それでも、その来たる時に【当たり】が要らないのなら、回す事すら虚しくなる。
その “来たる時” は、今日かも知れないし、明日かも知れない。
だから自分は今まで、当たりはどうでも良い、当たらなくて良い…などと言った気持ちを持った事は無い。
連チャン打法全盛期の時に、回る台を平打ちして喜ぶ人は居ないと思う。
自分にとっては今でも、どちらの当たりも、やはり嬉しいものには変わりは無い。
早く、当たらねぇ〜かなぁ…
いつも、待ち望んでいるけどね…