福岡に来て、当時初めて「開店プロ」と呼ばれているグループがあった事を知った。
今現在の、いろいろな軍団に近い存在であった。
色々な店のイベント的なものに表れる軍団のように、新台入れ替えを廻っていた集団がいた。
当時は今と違い、新台は激甘調整が当たり前であった。
それまでは、新装開店廻りをしている人達を「開店プロ」とは言っていたが、軍団で現れるのは、あまり見た事は無かった。
自分が以前、一発台の時に代打ちをしていた軍団とはまた違う感じで、新台入れ替えで新台を集団で占拠していた軍団であった。
当時「バレリーナ」と言う権利モノがあって、一発台の要素と、良く出来たクルーン抽選が面白く、権利モノの中では大好きな台であった。
博多駅前のマイアミと言うホールにバレリーナが入った時に、並んでいると、知ってる顔のパチプロが「開店プロの奴らが来てる」と、囁いた。
自分らが、角から2台を並んで打って横目で見ると、残りは全部軍団である。
他の一般客が押さえた台でも、タバコとかだったら捨てられて台を取られていた。
シマの端には、ボス的なその筋風の人が立っていた。
当時の集団打ちには、ケツモチ的な存在が必ずいた。
それからは、新規開店や新台入れ替えの度に、ちょいちょい見るようになった。
いくつかのグループがあったようで、グループ同士が同じ店でぶつかると、良く揉めていた。
自分は以前の事もあり、関わりたく無いから出来るだけ避けていたが、どうしても色々な店で会う為に、やはりお互い顔くらいは覚えている。
誘われたりもしたが、上手く断っていた。
権利モノの終焉とともに、段々と存在は見なくなったが、数年前バッタリ会った時に、時代の流れについて行けず、パチンコはとっくに辞めたとの事だった。
難しい話になるが、自分の周りでも、その時々の変革で辞めていった人達はたくさんいる。
自分も幾度となく考えた事はあったが、その時々で抜け道的な要素があった為に、今も続けられている。
今の若い世代の「プロ」的な人達も、軍団の人達もいずれは選択を迫られる場面も来たりするであろう。
今時の若い世代のパチプロ的な人達でも、しっかりした考えを持った人達もいれば、特に何も考えていない人達もいる。
自分的には、続けるにしろ、辞めるにしろ、その時々の状況には左右されない方がいいと思う。
高いから参入、安いから撤退、期待値や仕事量が…
それならば、最初から就職していた方が、仕事内容にもよるが高期待値だと思う。
自分も好きだから続けてこれた。
最終的に残るのは、パチンコが大好きな人達だけであろうし、それでいいとは思う。