フランシス・フクヤマ「歴史の終わり(上)」その9 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「生命を賭けることによってのみ自由は得られる。生命を賭けることによってのみ、自己意識の本質とはたんに生きているということではなく、その最初にあらわれた姿そのものでもないことが試され、そして証明される。・・・・生命を賭けなかった個人も、一人の人間としては認められることは確かだが、しかしそういう人は、自立した自己意識として認められるという真理には到達したことにはならないのである。」――ヘーゲル『精神現象学』


「人類の発生と進化につきまとういっさいの人間的な欲望――自己意識や人間としての実在性を生み出す欲望――は、結局のところ『認知』を求める欲望の機能は果たしている。そして人間としての実在性を明るみに出すために生命を賭けるというのは、こうした欲望のために生命を賭けるということである。したがって、自己意識の『起源』について語ることは、必然的に、『認知』を求めるための死闘について語ることにほかならない。」――コジューブ『ヘーゲル読解入門』


 「歴史を前進させるエネルギー」の章から抜粋