佐伯啓思「西欧近代を問い直す」その3 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「9・11テロ以降の『対テロ戦争』からイラク攻撃へといたるアメリカの政権を動かしてきたのは、いわゆる『新保守派(ネオ・コンサーバティブ)』、通称『ネオコン』と呼ばれる人たちです。彼らの基本的な考え方は、この世界を無秩序状態とみなし、世界に秩序を与えるには、ある国が軍事的に圧倒的な力をもつことが必要だということです。同時にまた、彼らはアメリカが唱える自由や民主主義、市場経済などの諸価値の絶対性を主張して、アメリカこそが世界に向けてそれを普遍化する使命をもっていると考えます。これが、イラク攻撃などにおいて、単独行動主義(ユニラテラリズム)も辞さないというアメリカの強硬な態度となったのです。」


「この態度を支えている思想的な背景はなんなのかというと、ここにもある種の西欧の思想的な伝統があります。それを端的に示すのが、レオ・シュトラウスという政治哲学者で、彼が『ネオコン』の背後にいるといわれています。」


「シュトラウスは、現代の自由や民主主義が、どんどん大衆化し、形式化し、それとともに、ただ人々の好き勝手なことをする自由になってしまったのではないかという危惧をもっている。これは、価値の基準がなくなっていまし、だれもがそれぞれ好き嫌いで物事を判断する『相対主義』です。また、歴史的にみると、その時代時代で価値観が変わってしまい、それを比較することはできないという考え方です。近代社会は、確かにこうした『相対主義』へ陥っていることは間違いありません。」


「では、どうするのか。シュトラウスの回答は、近代社会の背後で支えてきた古典古代な政治観、世界観を取り戻すということです。とりわけアリストテレスの倫理学、政治学が重要なレファレンスとなります。しかも、シュトラウスは、独特のホッブズ解釈を通じた、近代的な政治論には、じつは古典古代的な精神が変形されながら承継されていると考えるのです。そこから出てくるのは次のようなことです。西欧文明の基礎となっている古典的な自由や倫理観を承継した国こそが、それを文明の所産として守っている義務がある。おそらく、アメリカの『ネオコン』を動かしている使命感とはこのようなものでしょう。」



 レオ・シュトラウス

ドイツ 出身で主にアメリカ で活躍した哲学者 である。主著とされることもある『自然権と歴史』や『政治哲学 とは何か』によって、政治哲学者として有名。


 彼の思想は現代アメリカ政治、特にネオコン と呼ばれている人に影響を与え、ブッシュ 政権の運営の拠り所のひとつと見る向きもある。しかし、フランシス・フクヤマ のようにそういった見方を否定する論調もある。フクヤマは著書の中で「ブッシュ政権の外交政策にシュトラウスが影響を与えたと見ることがバカげている理由の一つに、イラク戦争へと邁進したブッシュ政権内にシュトラウス派がただの一人もいないという事実がある。」と述べている(『アメリカの終わり』35頁)。ただし、シュトラウスに影響を受けた人物(フクヤマもその一人)と、シュトラウス派(Straussian)は区別されることも多い。

あるいは、そもそも古典的な自然法を奉じるシュトラウスと人為的な世界観を持つネオコンでは矛盾しているとの指摘もある。