「漱石の思い出」その3 | さかえの読書日記

さかえの読書日記

琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「その後手紙では、あちらへ(英国のこと)行って見ると、こちらでそれほどとも思われなかったことが気になるとみて、よく私の頭のハゲのこと、歯並びの悪いことなどを気にして、始めのうちは手紙のたびにそれをいってよこしたものです。ハゲが大きくなるといけないから、丸髷を結ってはいけないの、オウ・ド・キニーンという香油をつけるといいのなどと申してきましたが、とうとうしまいには、『吾輩は猫である』の中にまで、私のハゲのことを書いてしまいました。よほど気になったものとみえます。」


「前にも一度申し上げた私の朝寝坊です。十時ごろまで寝ている女は、お妾か娼妓ぐらいのものだなどとだいぶ油をしぼられましたが、どうやってみても早く起きるとあたまのぐあいがよくないので、自然朝寝になってしまいます。そこで毎々こんな会話がくりかえされるのです。


『お前の朝寝坊ときたら、まことに不経済で、第一みっともないことこの上なしだ』


『しかし一、二時間余計にねかせてくださればそれで一日いい気持ちで何かやります。だから無理をして早く起きていやな気持でいるより、よっぽど経済じゃありませんか』


すると夏目が申します。


『また理屈をつけて四の五のいうが、お前のような細君は旦那一人だからそれでもつとまるようなものの、もし姑があったらどうするつもりだ。つとまりっこないじゃないか』


『その時はその時で、ほかのほうでちゃんと埋め合わせをつけて、私でなければ夜も日もあけないというふうにしてみせます』


わたしもまけてはおりません。」


 あの漱石夫婦の会話である。