「漱石とその時代」その8 | さかえの読書日記

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琴線に触れたことを残す備忘録です。

 「しかし、生意気ざかりの一高生からこれ以上の反撥が生まれなかったのは、なんといっても金之助の語学力が圧倒的だったからである。彼はテクストにラセラスの『世界歴史』を使用し、その解釈は語学的に厳格をきわめ、特に語源学をやかましくいった。これは、あるいは金之助が英語の単語を偏と旁に分けて、無意識のうちに漢字的に理解していたからかもしれない。たとえば、"sympathy"という単語があれば、彼はsym₋がギリシャ語の『ともにする』の意であり、₋pathyはpathosから来ているから、これはpathos(心)をともにする、つまり共感、同情の意味で、ラテン語系の"com assion"と同義語だというのような教え方をしたのである。」


 「漱石の漢詩を読む」という本はあるが、「漱石の英語」を研究してみるのも面白いかもしれない。あわせて、村上春樹の英語も。