一昨日から毎年恒例の郡市対抗県下一周駅伝が始まりました。


今年で第61回大会と歴史と伝統のある駅伝です。


今回も大方の予想どうり二日目を終わった時点で長崎と大村・東彼の優勝争いとなっています。


毎年2日目は土曜日にあたり諫早を通過するのでよく応援に行くのですが昨日も行ってきました。


今回は中継点の本諌早駅で選手を待ちましたがさすがに皆代表選手らしく最後までいい走りをしていたと思います。


その帰りにお隣の諫早図書館に立ち寄った際、以前刊行された県下一周駅伝の50年史なるものをたまたま見つけ懐かしく見入ってしまいました。


実は私もちょうど30年前の31回大会が初出場で4年連続諫早・北高チーム(現在は諫早)の選手で走らせて頂いたのですがあまりに昔の事で自分の記録の事は忘れかけていました。


当時を振り返れば諫早チームは現在のように選手の層が薄く、私でも時にはエース区間を任されるくらいで、5、6番を争う程度でした。


私自身、並の凡ランナーで中間着で走るのが関の山でこの期間は普段の練習不足、素質の無さを思い知らされる時で辛く苦しい思い出しか残っていません。

この3日間はとにかく普通と違いました。


3日連続で走ることもですが当時は監督車が付き叱咤激励の中を走るのです。


いつも感じたのは監督車が付かないならもう少し楽に走れるのだろうと感じていましたが記録も落とさず走れたのかはそれは解りません。

普通のロードレース、ミニ駅伝では苦しいながらもどうにか最後まで不様な姿をさらけ出さずに走れたのですがこの時ばかりは違います。


目汁、鼻汁当たり前でよだれは垂れながら息は荒げた苦悶の表情で走っていました。


おまけに最後はたすき渡しとともにバッタリと力つき倒れ、いかにも哀れなランナーに周りは見えたことでしょう。

レースの前に泣くような辛い練習ができず、綿密な準備が足りないから結果こうなるのは解っていましたが現役の最初から最後まで自分流のやり方でやっていました。


完成されたランナーだと甘い練習に終わらず自分を律することもできたかもしれませんがそうではない自分はもう少し周りの人に教えを請い、どうしたら限られた時間の中一人の練習で強くなれるかを追求すべきだったと思います。

本当に一生懸命に好きでやっていたのか?

何もかも行き当たりばったりだったのでは?


たらればですが色々と競技には悔いも残るし、早くに体を壊して引退したのが今になって残念に思います。


今日は最終日。


29年前に走った小浜町スタートの1区を見に行きます。


















例年冬場、寒い時は全国各地から火災のニュースが多く聞かれます。


聞くに忍びない様な痛ましい死亡事故もあり火災の怖さを思い知らされます。


最近の公共施設においては昔の教訓を生かしてか防火設備はかなり充実しているように感じられますがさすがに個人の住宅ともなればまだまだの感があるのは仕方ないことかもしれません。


かなり普及したとはいえ火災報知器くらいがせいぜいでしょうし、ましてや火元を消してくれるスプリンクラーまで設置している所は数少ないかと思います。


個人の住宅もしっかりした防火設備が望まれますが先の課題になっていくことと思います。





などとこんな事を考えていた折、



前回、治療に関しての話で原因療法と対症療法について語ったのですがこの事から良い例え話ができるのではと思い書いてみました。


何度もこのブログで分かって貰えるまで訴えていきますと同時に書いてましたが普通一般の治療に馴染まれている方にはなかなか理解できかねることなので繰り返し違う表現を使えばまた分かりやすい所もあるかと思います。

肝心の例え話ですが先程の火災報知器とスプリンクラーを引き合いに出すのですが、


健康な人の体には高級な火災報知器とスプリンクラーを備え、そうでない方は二流品の正常に動くかどうか分からない物を備えていると感じています。


人間の体に相当する火災報知器としては五感覚(視、聴、臭、触、味)が主に代表格として働き、反応すると考え、困った症状ではありますが見えない、聞こえない、耳鳴りがする、臭わない、痛む、痺れて感覚がない、味覚がない等他たくさんの症状を感じとることで立派に高級品の報知器としての役目を担っていると考えていいと思います。


二流品は逆に辛い症状が時には分からず都合がいいようですが最終的には火災を知るのが遅れ取り返しがつかない状態で初めて作動するようなもので最終的には困ることになります。


患者さんはとかく痛いから(ノ_・。)  痒いから(T_T)、 聞こえないから(>_<)と


暗く、涙目で訴えられますが、


反面、体は正確に異常を感知し自分自身に異常を教え、知らせてくれている有難いものなのです。


対症療法、原因療法とブログで再三語っていますが、


対症療法は取り敢えず火災報知器のベルを切るようなもので様々な辛い症状を早く無くすようなものと考え、原因療法は火災報知器の作動(症状)をきっかけとしてどこに火元となる原因がありどうやって病気を治せるかということを考えます。


また、高級なスプリンクラーで体のことを例えると火を水で早急に消すという事は大元の原因を解消し健康になるという事を意味し、脳幹調整療法でいうところの脳幹がスプリンクラーに当たります。


誰もがもちろん持つ脳幹ですが、正常に働ききらず、二流品の火災報知器が常時作動して困った症状に悩まされていると考えてもらえたらいいと思います。


加えて言うと人間の場合は高級なスプリンクラー(脳幹)に変わると、火災報知器も同時に高級品に自然と変わります。


異常を知る感度が脳幹を活性化させてしまえば向上します。


痛い、痒い、だるい、痺れる・・・・・。


症状に対して不平、不満ばかり言いたくなりますが、



原因をしっかり探り解消しては如何でしょうか。


体に忠実で優しい脳幹調整療法が皆様のお役に立てることと信じています。










門前市をなすということわざがあります。


たくさんの人で賑わっている様を例えているのですが医療の世界でも流行っている病院、治療院で一時間待ち、二時間待ちどころか4年待ち(冗談みたいな話ですが真偽は定かではありません)というところがあるそうです。


人気があり、集客が上手い要因は色々考えられます。



*先生、スタッフのお人柄が良い。

*建物、設備が立派で清潔感にあふれ居心地が良い。

*待たせない。

*低料金

*アフターフォローがしっかりしている。

*治療技術に優れている。


細かく上げればきりがないのですがこんなところでしょうか。


最後の治療技術がもちろん肝心ですが大したことをしなくても総合力に勝っている所はたくさんの方々の支持を集めていると感じています。



ところで治療技術といえば各種医療全体の99.9%以上が対症療法をする所であるという考えがあるのはご存知でしょうか?


最新の現代医療はもちろん東洋医学においても。


東洋医学はそうじゃないだろうと幻想を抱くかもしれませんが。




そこでこの対症療法の一番の目的は早く的確に辛い症状(痛み、しびれ、かゆみ、発熱、咳、等の様々な現象)を取ることになってくるのですがこれが上手な所が人気となり患者さんで溢れかえり繁盛しているという訳です。


確かに辛い症状を早く取ってもらうとありがたいです。



大方の症状は不快ですし、


気分がいいどころの話ではありませんから。


痛いと仕事に差し障るから鎮痛剤、


眠れないから催眠剤、


痒いからステロイド薬、


薬のみならず


西洋医学では手術、牽引、電気治療等・・・・・。
東洋医学においても針、灸、あんま、漢方薬等・・・・・。


治療技術は星の数ほどありますが症状に着目し、苦痛を和らげることを一番の目的としています。


即効性もあるのですがほとんどは病気の原因を根本から治す治療ではなく逆に健康になり得ないで将来困ることも出て来るかもしれないこと知っておいてほしいと思います。



反対に原因療法ではほとんどの病気に関わる原因は自然治癒力、免疫力の低下とそこに誘引条件が加わった時発症すると考えます。


症状に惑わされずひとつの目安と考え、自然治癒力と免疫力の向上を図る事を一番の目的としているうちに自然に病気は治るという訳です。


余分なことはせず自然に任せて受ける恩恵は計り知れないものがあります。


私は脳幹調整療法に携わったことで、人間の持つ能力の偉大さをしみじみと感じさせて頂きました。


みなさんは自分の能力を過小評価しすぎてはいませんか?


この事をくどいようですがブログでお伝えしたいし、


また、さらに生きているうちはあらゆる面で最後まで自分の隠れた可能性を信じて挑戦する気持ちを皆さんと共に持ち続けられたらと思っています。


度々、生きた屍のようになるのを自制し、また時には皆さんから励まされたり励ましたりできるような関係をこのブログを通じて持てれば嬉しいです。


今後とも宜しくお願いします。