おっぱいもみもみ

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おっぱいはもむけど童貞な虚しさをつづる

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盛りブラの正当性の証明

とある貧乳の少女Aがいたとする(決してイニシャルや、カップ数を意図したものではない)。Aは貧乳がコンプレックスであった。そこで外出の際は必ず盛りブラをつけるようにしていた。これは果たして悪なのだろうか。

おっぱいとはセックスシンボルであり、男子であればペニスに相当するといいたいところだが、チ○コとマ○コが対になるので、おっぱいとチ○コを関連させることは難しい。残る男のセックスシンボルは何か。上腕二頭筋ということにする。盛り上がるおっぱいと、盛り上がる力こぶ。対になるとまではいかなくとも関連付けることは可能だろう。

それでは盛りブラに相当するものはなんなのか。見せ筋だろうか?。違う。見せ筋も鍛えなければつけることは難しい。相当するものが見当たらないので、仮に「つけるだけでマッチョに見える筋肉パッド」を盛りブラに相当するものとして考える。おおよそ2つのものが果たす役割は同じであろう。

しかし決定的な違いが存在する。2つとも異性をひきつけるために使うものであるが、おっぱいは触れず(触れる場合があることも否定はしない)、力こぶは触れるという点である。特に、見た目ムキムキの力こぶは触りたいし、触れたいのではないだろうか。

ここで問題が生じる。筋肉パッドは触った場合にパッドであると一瞬でばれてしまう。そう、ここで女子の夢と希望は打ち砕かれるのである。一方で、盛りブラはどうだろうか。触られることがないから少なくとも男にはばれることがない。男は盛りブラは本来のおっぱいだと思い込む。盛りブラのパッドにこめられた夢と希望は永続的なのである。男女ともに幸せである。最終手金い人類の幸せへとつながる。

以上をもって盛りブラの正当性の証明とする。