3月23日20時過ぎ、娘とお風呂から上がると、母と妹から連絡が入っていました。
‘祖母が心拍停止状態となって、施設から救急病院に搬送された’
少しの間、半信半疑でどうしようか迷って、
でもすぐに準備して、トップスはパジャマのまま、
娘に洋服を着せて、家を飛び出しました。
電車とタクシーを乗り継いで、21時10分か15分くらい、病院に着いて、
おばあちゃんのいる部屋へ通してもらいました。
おばあちゃんは、口から管をつけられていて、
でもその口はとても青くなっていました。
私は、おばあちゃんの顔をなでました、耳元で「おばあちゃん、ありがとう」と伝えました。
涙が勝手に流れてきます。
おばあちゃんの手を、妹が握っていて、私に代わってくれました。
機械は、おばあちゃんの脈がゼロだと示しているけれど、
うそみたいに暖かい手、足、でしした。
そして私たちが到着して程なくして、
機械が、おばあちゃんの脈は完全にゼロとなったことを示し、
病院の方が、瞳孔や脈の動き等を確認して、完全に全ての機能が止まっていることを伝えました。
母はすぐに寄り添って、歌を歌ってあげていました。
3月23日21時24分、祖母は亡くなりました、96歳9か月でした。
未だに、信じられない、信じたくない事実、祖母の最後の光景は鮮明に脳裏に焼き付いています。
私たちは、部屋の外に出ました。
途方に暮れました、でも半分まだ実感が湧かない。
娘にご飯を食べさせることもなく家を飛び出して来たので、おにぎりを食べさせました。
母の弟の奥さんが、私が来ることをおばあちゃんの耳元で「○○ちゃんがもうすぐ来るよ」と伝えると、
少し脈が上がった、ことを教えてくれました。
最後まで愛してくれてありがとう、そんな気持ちになった気がします。
ほどなくして、直接の死因は、腸の障壁がやぶけたことによるものだろう、とのことでした。
日中もたくさんご飯を食べたらしい祖母。
しばらくロビーでおにぎりを食べさせた後は、娘を寝かさねば、と思い立ち、
おじさんに送ってもらいました。
23時過ぎに、娘を寝かせました。
でも、私はほとんど一睡もできなかった。





