朝方まで、長かった就職活動についていろいろ考えていた。
就職を決意し、内定者懇親会も終わったので、これまでの
長かった就職活動を振り返ってみようと思う。
今思うと、『本当に長くて、辛かった、、、』というのが正直な感想である。
プロダクトデザイン職の採用方法は、会社によって様々であり、
早い会社は、3年の12月に合否が決まる会社もあった。
12月から2月の中頃までは有名メーカーの募集がほとんどで、
事前課題を出したり、ポートフォリオ(作品集)の提出などが
1次選考であった。僕の大学は教員が老人ばっかしで、授業内容も
就職に全く役に立たない課題ばっかし与えているので、
案の定、有名メーカーはことごとく落ちてしまった。
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しかし、学校の就職課から「3年の夏休みにインターンシップに行った
無線メーカーの『アイコム』という会社が僕を採用してくれると
言っている」と僕に教えてくれたので、僕は一安心してアイコム用の
課題だけをすることにした。就職課からも「アイコムが採ってくれるんだから
他社はもう受けなくて大丈夫だよ」と言われた。
僕は、その言葉を信じて2月中旬から3月までほとんど動かなかった。
しかし、アイコムの説明会に行って就職課から言われたことを聞いてみると
「そんなことは聞いてない」と一蹴されてしまった。
それでも、事前課題でアピールしようと頑張ってみたが、僕の努力を
あざ笑うかの様に、結局、1次選考であっさり落とされてしまった。
就職課やアイコムに対してものすごく腹が立った。
『アイコムなんて潰れてしまえ!』 これが、落とされた時の素直な
感想であり、就活が終わってもこの怒りがおさまらないほどである。
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その後は、就職に対する焦りをものすごく感じ、リクナビや毎日ナビを
見て必死になって就職活動を続けた。
月曜から金曜まで午前・午後と説明会や筆記試験、面接の毎日だった。
プロダクトデザイン系の就職活動は厳しいというのは知っていたので、
本当に、いろいろな会社を受験してみた。
面接も回を重ねるごとになれて行き、最終面接まで進めるようになって
いった。(内田洋行と岡村製作所だけは筆記で落ちてしまったが)
しかし最終面接がなかなかクリアできず、4月の中ごろになると、
面接や説明会がダブルブッキングしてしまうということが頻繁に
なってきて、悩んでばかりの日々に落ち込んでしまった。
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あれこれしているうちに、ゴールデンウィークも終わり、気がついたら
募集もほとんど無くなっていた。募集している企業も、マイナーな
企業ばっかで安月給で雇うような会社ばかりになってきた。
この時点で、就職には縁が無かったと諦め、他大学の進学を考えはじめ、
他大学の研究室を訪問して、勉強するようになった。
勉強していても、もし大学院まで落ちてしまったら、自分はどうなって
しまうんだろうという不安が毎日のよう襲ってきた。
学校や周りには明るく振舞っていたが、4月に救急車で運ばれたり、
入院したりで、心身ともにかなりボロボロだった。周期的に、底知れない
うつ状態が訪れる日々が続いていた。
本当に、今思うと、一番辛い時期だったと思う。
就職活動は本当にしんどかった、でも自分のことや将来の事を
これまでの人生の中でこれほど考えて考え抜いたことはなかったので
いろんな面で成長できたと思う。
一生懸命に就職活動を続けて本当に良かった。
でも、本当に長くてしんどかった。