今の中高生だとやはり『旅立ちの日に』かと思われます
…自分達の年齢(30代)になると全く違うんですがw
で、この曲の生い立ちを知る人は多いかと思いますが
以下、Wikiの引用(敬称略)
影森中学校校長だった小嶋登は、荒れていた学校を矯正するために
「歌声の響く学校」にすることを目指し、合唱の機会を増やした。
最初こそ生徒は抵抗したが、音楽科教諭の坂本浩美と共に粘り強く努力を続けた結果、
歌う楽しさによって学校は明るくなった。
「歌声の響く学校」を目指して3年目の1991年2月下旬、坂本は「歌声の響く学校」の集大成として、
「卒業する生徒たちのために、何か記念になる、世界にひとつしかないものを残したい」との思いから、
作詞を小嶋校長に依頼した。
その時は「私にはそんなセンスはないから」と断られたというが、翌日、
坂本のデスクに書き上げられた詞が置いてあったという。
その詞を見た坂本は、なんて素敵な言葉が散りばめられているんだと感激したと、
ラジオ番組への手紙で当時を振り返り語っている。
その後授業の空き時間に早速ひとり音楽室にこもり楽曲制作に取り組むと、
旋律が湧き出るように思い浮かび、実際の楽曲制作に要した時間は15分程度だったという。
出来上がった曲は最初はたった一度きり、「3年生を送る会」で教職員たちから
卒業生に向けて歌うためのサプライズ曲のはずであったが、
その翌年からは生徒たちが歌うようになった。
ちなみに初めて披露した年度をもって、校長の小嶋は41年に及ぶ教師生活を定年退職したため、
小嶋が披露したのはこれが最初で最後となった。
その後しばらくは影森中学校だけの合唱曲であったが、まわりの小中学校でも使われだしたことで、
1998年頃までに全国の学校で歌われるようになった。
現在では『仰げば尊 』や『巣立ちの歌 』、『贈る言葉 』などに代わり、
小中高の卒業式 において全国で最も広く歌われている卒業式の歌 となっている。
引用ここまで
非常に残念なのは、この作詞をした小嶋登氏が2011年1月20日、急性心筋梗塞で亡くなったことでしょう
お亡くなりになったことを知ったのが今日のこと
もちろん、自分自身は面識のない方ですが、この素晴らしい曲を作詞された方が
亡くなられたことは残念でなりません
享年80歳…貴方の遺した曲は今でもたくさんの人に歌い続けられています
そして、これからもずっと…
ご冥福をお祈りいたします