扉の意味、演出の妙 | えほんや通信

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名作童話の電子出版「えほんや」の編集長・原 真喜夫のブログ。こどもの本と教材、雑誌、実用書の編集を手がける編集プロダクション・スキップの代表取締役。アロマテラピーにも目覚める。村上春樹、マーヴィンゲイ、寿司と焼き鳥、日本酒とワイン。

「おおかみと7ひきの子やぎ」

オオカミと7匹の子やぎ

若手の名手、 平埜 あすみさんの作品です。

重厚な塗りの画面は、技術の高さと
えほんの内容への深い理解があってこそ
できるものです。

「誰が来ても、扉を開いてはいけませんよ」

お母さんやぎの言葉は象徴的です。

扉は危険な外界と、やすらかな家庭の内側の境界線。
結界、なのです。

おおかみは扉があかない限り、中には入れません。

力ずくで、扉を壊せばいいのに…。

もちろん、それでは、童話の教訓的な側面が
意味をなくしてしまいます。

扉を開けない限り、子やぎたちは、安全なのです。

さらには、大人と子どもとの境界線としての
役割を果たすこともあります。
(ここでは、それには触れませんが)

オオカミと7匹の子やぎ

扉絵に描かれた扉

この扉の意味を無意識のうちなのか
意図したことなのか、画家は
表紙に(つまり扉絵として)用いています。

しかも、おおかみと子やぎの間に。

物語の導入として、世界をわけ隔てる
強固な扉ほどふさわしいものはありません。

これほど見事に、物語を象徴する1枚には
なかなか出会えません。

構図も「素晴らしい」の一言です。

オオカミと7匹の子やぎ
白い手にご用心

白はお母さんの手の色でもありながら、
一方で安全や平和を象徴する色でもあります。

扉を開けさせるためには、おおかみも
大変な努力を重ねなければいけなかったのです。
最後の仕上げがこの「白い手」。

その白い手が扉の黒い窓の向こうに映った時、
子やぎたちは、言ってしまうのです。

「おかえり、お母さん」

子やぎたちの無垢な表情が
その後に続く惨劇の場面を一層むごたらしいものにします。

扉をあけた瞬間に、平和な時は終わり、
たたかいの時が流れ始めます。

オオカミと7匹の子やぎ
かくれても、むだだぞ~。

おおかみは子やぎたちを
次から次へと飲み込んでいきます。

それを、シルエットで描き出す妙!

これも脱帽です。

血を描かずに死を描く。
古今東西の絵本作家の苦しむポイントでもあります。

暗闇の中に、末っ子やぎが隠れた
柱時計がしっかりと描かれていて、
惨劇の「時」を象徴するページとなっています。

誰でも知っているお話ほど
絵本にするのは難しい、
と最近つくづく感じます。

それを軽々とやってのけたのは
才能なのか、努力なのか。

この後が楽しみな絵本作家さんの一人です。

もちろん、えほんの名手である
お父様のひらのてつおさんからの
厳しいご指導があったのでしょうが、
それを差し引いたとしても、
十分に素晴らしい仕上がりがここにあります。

物語の象徴である扉と
素晴らしい演出が随所にちりばめられた名作。

ぜひ読んで頂きたい作品です。