魔法のまくら
タオが引っ越してきた六畳一間の下宿は、畳はなく、板が敷いてあるだけだ。タオは初めての一人暮らしに気持ちがはずんでいた。
タオは貧しい米農家の次男に生まれた。村に仕事がないため田植えのあと町にやってきた。
タオの食事は毎日が野菜。冷蔵庫はない。八百屋のおばちゃんとすっかり仲良くなった。
「おばちゃん、このリンゴ箱、譲ってもらえない?」
「おお、タオくん。何につかうんだい?」
「勉強机にしようと思って」
「もっていきな」
「いくら?」
「なあに、お代はいらないよ」
「やったぁー」
はじめての部屋にりんご箱が入った。雑貨屋で青と白のチェック柄のビニールシートを手にいれた。貼り付けてみると、かっこいいテーブルになった。この上でご飯を食べ、勉強もする。
この七月から昼はカメラを組み立てる仕事が決まった。
同時に週に一回の語学教室を申し込んだ。夢は童話作家。と、世界の童話を翻訳すること。
とにかくいきなりの忙しさに、その夏が暑かったのか寒かったのか、まるきし覚えていない。いつも授業であてられるたび、冷や汗をかいていたからだ。
最近、隣に誰かが引っ越してきた。昨日は酒盛りがあったらしい。お客が、わんさか集まって夜中なのに大声でしゃべっている。ときどき笑い声が入り混じる。そのせいでタオはちっとも眠れなかった。
隣室との壁は、薄いべニヤ板一枚。隣の音がつつぬけだ。おなら、いびき、はぎしり。おそらく年配のおやじさんが住んでるんだろう。まだ、顔はみていない。
語学教室で友達ができた。ブンという年の離れた兄貴分。ブンは出版社に四十年勤務していたが数年前に退職したようだ。ブンの家には本が山のようにあるらしい。物を整理するといいことが舞い込むという本が流行っているからなのか。どうも片付けに本腰を入れた様子。
休み時間、タオはいつも本を読んでいた。タオの本には図書館のマークがついている。ブンはチラリと横目で見ていた。
授業が終わったあと、ブンはタオに声をかけた。
「本を整理しているんだけど、よければ、もらってくれないか」
「それはありがたい」
タオの顔がぱぁっと明るくなった。
ふたりは帰り道が途中まで一緒。角のところで挨拶して分かれる。曲がったところで、タオはひとり飛び跳ねた。
タオは本を持っていなかった。自分の本に赤線を引きながら、思いっきり本を読んでみたい。そう思っていたのだ。
次から勉強のカバンとは別にリュックを背負っていった。いつブンが本をくれてもいいように。その日は、ブンが本を持ってこなかったので、八百屋でキャベツとさつまいもを買ってリュックに入れた。
途中、家を解体している現場を通った。たくさんの煉瓦やら板を処分しようとして、大型トラックに運んでいた。あともう少し積み上げれば作業が終わるところだった。
「残った煉瓦と板、ぼくにくれませんか?」
交渉は成立。タオは何回にも分けて家に運んだ。壁に本棚をこしらえたのだ。細長い板を壁際に敷き、両端に煉瓦をたてる。その上に板を置く。そのまた上の両端に煉瓦をたてる。また板を置く。それを七段作る。あとは、ぎっしり本を詰めれば厚い壁の出来上がりだ。タオはにんまり。よし、いいぞ。
ブンの片づけはどんどん進んで、もう読みそうにない本を片っ端からタオにやった。タオはありがたくちょうだいし、どんどん棚につめていった。しだいに隣の音は気にならなくなってきた。よし、どんどん良くなっていくぞ。
ある日、ブンが本でないものを袋からとりだした。
「片づけたらこんなもんが出てきた。つかわないからもらってくれ」
半円柱形をした木製の枕。直径十センチほどの丸太を半分に割ったかまぼこ状のものだ。ひと目みて上質のものとわかった。柔らかな白木で丁寧にヤスリがけがしてある。「西帰浦治癒の森」(ソキポチユノモリ)と焼き印が施してあった。タオは枕を持っていなかった。ブンと分かれて、角を曲がると飛び上がって喜んだ。こんな枕が欲しかった。
その夜、枕の上に頭をのせると、なんて気持ちいいんだろう。首を指圧して貰っているようだ。ヒノキのいいにおいがする。森の中にいるような気分だ。深い眠りにおちていった。その夜、タオは夢をみた。
父親と、母親の夢だ。小型トラックの荷台にタオが乗せられている。運転席から振り返ってにやりとする父ちゃん。日焼けした元気いっぱいの目。タオが熱を出して寝込んだとき、朝まで看病してくれた母ちゃんの甘い匂い。
朝がきた。いい目覚めだ。ああ、さっきのは夢だったのか。本当に父ちゃんと母ちゃんが近くにいるみたいだった。肌ざわりも、体温も感じとれたのに。
生まれて初めて親と離れた。涙がほおを伝った。ぼくはいつだって見守られている。
夜くたくたに働いて帰ってくる。夕飯を食べ終えるとすぐ眠くなる。枕に頭をのせると、すーっと深い眠りに入る。短い睡眠で足りるようになった。朝五時前、ぱっと目が覚めるようになる。早寝早起きが習慣になり、朝勉強が出来るようになった。枕がきっかけで、毎日の暮らしにリズムが生まれた。ああ、なんて楽しいんだろう。ますます良くなっていく。
タオはブンから貰った本に、丹念に目を通していった。タオは一冊読み終えるごとに、一枚の紙に感想をもとに物語を書いてそれをブンに見せた。それが百枚にもなろうとしていた。
童話をつくってコンクールに応募する前には必ずブンに見て貰った。まだ結果は出ていない。が、大丈夫。出来る気がする。作品を生みだすために、物を見て、感じて、聞いて、人と出会って、話して。生きる喜び。もう、結果がでなくても満足。というほど気持ちが高まったその時、郵便受けに受賞通知が入っていた。
2017/10/30 05:30
Q1.ニックネームは?
hinneyo
Q2.最近のマイブームは?
童話
Q1.好きな食べ物は?
りんご
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