またしても戦争ものになって申し訳ないですが、遅ればせながらこれは出しておきたかった。これまで長崎の原爆を描いた絵本の存在を知らず、つい最近知った。1945年8月9日、広島での惨劇からわずか3日後にふたたび繰り返された長崎での原爆を描いた絵本。

※今回も長いですので適当に…🙇


『あの夏の日』



葉祥明:絵・文 長崎市:英訳 自由国民社(2000年)



この表紙絵だけでもわかるが、まさしく葉祥明作品といった絵からはじまる。それはその後の地獄絵図からはまったく結び付かないほどにおだやかな、さわやかな夏の日──1945年8月9日、長崎の町はきれいな青空が広がり、夏休みの子どもたちは水遊びや虫捕りに夢中になっていた。人々は仕事や学校でその日もいつもと同じように、戦時中とはいえおだやかな夏の一日を送ろうとしていた。そこへ、青空の彼方にたった一機、飛行機がやってくる。そして──



原爆投下の瞬間の絵は、さわやかな夏空だ。それがかえって鮮烈な印象を受ける。そうだ。誰もその瞬間、その0.1秒前まで、誰も、何が起きようとしているのかなど知る由もなかった。その瞬間まで、みな平和におだやかに暮らしていたのだ。そしてそのおだやかな夏の一日は、そのコンマ数秒ののち、地獄の光景へと一転する。



~何万人という人びとのいのちと、つつましい暮らし、

そして、夢や希望や未来が、

たった一発の原子爆弾によって、

一瞬のうちに奪われてしまったなんて、

あなたは信じられますか?~



そう、まさにそうなのだとあらためて思わされた。何万人もの命が奪われたということは、

何万もの人の夢も、

未来も、

希望も、

なにもかもが、

ほんの一瞬で、

奪われたのだ。

それも町ごと――

一つの町が、一瞬で根こそぎ破壊された。



この本、絵本としてはページ数も多めになっているが、原爆やその被害についての説明など、教材として非常にすぐれたものになっている。が、原爆の被害を直接被った人たちからすれば、ここに記述された内容では全然足りないとも思われるはずだ。作者にとっても、もっともっと書きたいこともあっただろう。それでも絵本として、児童向けの教材として、長すぎず的を絞ったギリギリのところを目指しておそらくは削っていったのだろう。その作業は時に、血を吐くような葛藤に苛まれてのものだったのではないかと勝手ながら想像する。一文一句削るたび、地の底から、斬られたような怨嗟の悲鳴を聞いたのではないか。違う!こんなもんじゃない!もっともっと言ってほしいことがあるんだ!と、犠牲になった人々の声と向き合い、苦闘し、大袈裟に言えば命がけの作業だったのではないか・・・と、もちろん僕の勝手な思い込みだけど、そんな姿が思い浮かぶのだ。いずれにしろ、葉祥明さんよくぞこれを描いてくれたと思わずにいられない。



原爆投下以降の場面についての詳しい説明は避ける。ぜひ読んで体感してほしい。葉さんらしいおだやかなタッチの絵が、かえって酷にすら映る地獄が、かつてこの国で、この地球上で、実際に見られたのだ。そしてその地獄は、同じ人間の手による蛮行だった。同じ人間同士でありながら、一方は原爆投下のボタンを押し、一方は手を合わせて祈った。そのことの意味を深く考えてほしい。



読み終えてあらためて見返す表紙の青空が、憎らしいほど美しい。葉さんは特定の誰かやどこかをなじるような言葉は用いず、最後に未来を担う子どもたちに向けたメッセージを書いている。また本書は日本語と英語の両方が並記され、英語圏の人でも読めるよう配慮されている。それは日本のみならず世界中すべての人たちに知ってほしいと願ってのものだろう。


表紙を開いた見返しに記された言葉、それは裏の見返しでは英語で記される。この一文こそこの本の根底にある想いだろう。



~戦争、そして原子爆弾の犠牲となられたすべての人たちへ・・・祈りをこめて



~I pray for all the victims of war and the victims of the atomic bombings.



表紙の絵。夏空の下、虫取り網を持った少年の視線の先には、手を振るお母さんの姿。平和な平和な、夏の一日・・・それを根こそぎ奪った原爆。この爽やかな絵がかえって目と心に突き刺さる。ただこのおだやかでやさしい絵に包まれて綴られたこの本は、原爆の犠牲になられた方たちにとって、ほんの少し、ほんの少しだけ、溜飲を下げるものになったのではないか。葉祥明さんは本当にすばらしい仕事をしてくれた。でも、大切なのはこれからだ。この本を、この出来事を、想いを、伝えていかなければならない。それを忘れないでほしい。


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