「くらす」という極端なまでに素朴で飾り気のない実直な題名が、作者の思いをそのまま代弁している、そんな絵本。

くらす、とはこういうことなのだと──

『くらす』
森崎和江:文   太田大八:絵   復刊ドットコム(2015年)

海辺の小さな町の風物詩をあたたかい眼差しで描く、昭和のなつかしい匂いがプンプンする、昭和58年刊行の復刻絵本。

ひろしの家は生花栽培の農家。朝の3時に起きて積み込みを手伝うなど当たり前。市場では友だちのあきおちゃんと一緒になる。あきおちゃんのお父さんは漁師だ。ひろしのお姉ちゃんは市場でスカートを選ぶ。そんなお姉ちゃんはもうじき定期船の船長さんと結婚して家を出ていく。港に遊びにいくとあきおちゃんは赤ちゃんのお守りに忙しそう・・・

もうじきお姉ちゃんが結婚して──といった物語はあっても、全体としてはそれも日々の暮らしの点景として溶け込み、大きな物語をもたない、しっかりと地面に足をつけた日常の何気ない暮らしぶりが丹念に綴られている。作者の森崎和江は福岡と縁が深く、絵を描いた太田大八も長崎出身ということで、舞台がどことは書かれていないが福岡か長崎あたりの小さな港町というところだろう。表紙からして魅力を覚えるが太田大八の丁寧で人肌を感じる絵がすばらしく、おはなし同様飾らない実直な文章にも強く惹かれる。

スマホもインターネットもVRもない時代。慎ましくも実直な日々の“くらし”にこそ真実がある。こうして復刊されて本当によかった。昔を懐かしむ昭和世代だけでなく、むしろ今の若い人たちにこそ読んでほしい。なんの面白味もない世界に感じるかもしれないけど、大切なことがこの本には、言葉でも絵でもなく、しかし確かに存在する。それを感じ取ってほしい。

刊行の年はまさに僕がひろしぐらいだった頃。個人的にも見ていてなつかしい想いに駆られる。


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