ここ数ヶ月、ようやくマインドと身体が一体化してきたかなと思えるようになってきた気がする。周りの情報がさらに気にならなくなっていく感覚。今自分がしなければいけない事へのフォーカスが上手くなった気がする。今ここを生きるという意味がやーっと体感として分かってきた。
と感じていた矢先の出来事。
3年ぶりに歯医者さんに行った。一人でやってる先生で、今までは挨拶くらいで会話をしたことはなかったが、今回初めて会話をする機会があった。
その会話の中で、
僕は子供の頃から手が器用で物作りが好き。高級車が大好きで自分で車のデザインを描くのが好きだけど、お父さんにそんな仕事につくのは難しいと言われたし、つけなかったら一般車のデザインとかするのは嫌だから、しかたなく歯医者になった。歯医者は好きでやってることじゃない。早く辞めたい。でも30年やってるし家のローンなどもあるからそう簡単に辞められる訳がない。僕はこの仕事の奴隷です。あと10年くらいしたら死ぬんじゃないかな?!
と話された。
先生のオフィスは凄くお洒落で、そこを訪れる度に素敵だなと思っていた。自分で内装、インテリアを考えて作ったというから、彼のセンスの良さが伝わる 。10分くらいの短い会話でその方の少しを知ることが出来たが、彼の創った素敵な空間と心の声が彼の発言と一致していないのが、わたしにはとても心地悪く感じた。人ごとだけど悲しかった。気付かせてあげたいと思ったがそれはわたしのする事ではないと分かっているのがめちゃくちゃ苦しかった。
それから1週間、わたしの頭の中はその感情に襲われ続けた。こういう場合は自分からずれていると分かっているので、呼吸やら気を紛らわす事やらを色々するけどなかなか戻れない。本当にずっと苦しかった。久々にかなり強力だった。
再診でまたお会いする機会がありまた少し会話をした。そしたら奥様が肺のご病気を患っていると話してくれた。そこでなんだか納得できた。肺の病気は、諦めてしまったものは何か?というのを教えてくれる場所でもあると学んだ事がある。彼の不協和音、通りで強いはずだ。自分のハートに従って生きていないというのはこんなにもヘビーなのか。
次の扉を開く前に毎回やってくるテストかと思ってしまうちょっと強めの出来事。私の目の前に現れる現実は全てわたしを知る為。分かっちゃいるけど今回もまんまと同調しまくってしまった。
彼の姿は私なのに。
でもやっぱりどんな出来事が起ころうと結局は
ありがとうわたし。
と辿りつく場所はいつも同じ。
はぁ〜、やっとまたひとつ軽くなれた。
自分が本当にやりたい事を推し殺して生きておられる方、沢山いるんだろうな。親に言われた事だから、しょうがないから、難しいから、出来るはずないから、挙げればキリが無いが、それは自分のハートの声ではない。エゴのしつこい囁き。
この先生も含め、どうかどうか、自分の心の声を受け入れ、本来の自分で輝いて生きていける方が増えていきますように。あちこちで綺麗な音を聴いていたいです。