大切にしたい人の中に自分がいないってだけなのだ。大雨はまたこの星を綺麗にする。初めて降り立った駅の路地裏、殴られたばかりのヒリヒリするほっぺを押さえていたら「立てよ、早く歩け、お前はなんにも出来ない!」とパーカーの首を引っ張られた。びしょ濡れでぴかぴかの地面の上を引きずられる。

 ぼーっとしながら、あなたは元気なのかな、安心して眠れてるのかなって考える。大切な人の抱えきれないような辛い気持ちは全部消したい。そういえば、小さい頃から時間を止める魔法使いになりたいんだった。本心を伝えるのが下手っぴだから、時間を止めて「ありがとう」とか「大丈夫だよ」って囁いてみたい。首が苦しくなって涙で脱力しながら引きずられたまま。殻に閉じこもって窮屈な地面をゆっくり這ってるかたつむり。苦しいよー、離してよーって本心が言えない。助けての涙も雨に紛れつづける。


 ひと息ついた君が泣きながら私を抱きしめて「でも怒らせる方も悪い、殴らせる方も問題がある」ってこうして数十分喋ってる。「俺が100%悪いんよ、やから死ねばいいんや」ってなんにも言い返せないような言葉ばかり続ける。頭の悪い私と君にはまともな未来なんて訪れない。最終のベルで新幹線に乗る。窓際ではしゃぐ君越しの光を見ている。近くにいるべきは私じゃなかっただけなんだ。別に笑って過ごしてくれたらいいなと思う。幸せになってくれるならそれでいい。これからはそこに私がいないだけ。


 生き急ぐってのは「生きたい」とか「死にたくない」って思える人限定で感じるものだと思う。私は、死にたくないというより、死にたくなりたくない。そのときが来たらいつでも死んでしまえる気がする。

 長旅になるつもりだったちっぽけな移動が終わる。ほっぺがまだ痛い。これから先も何度も強烈に思い出す街の名が改札に飲み込まれる。駅は生き急いでぎらぎらしている命で溢れてる。キャリーケースがぶつかって、振り返って怒鳴った人のぴかぴかした生命のきらめきに目を伏せる。


 別に穏やかじゃなくてもいーね

 どうか健やかで。