国民生活に必要の無い法人や民間並みに儲けている法人は、廃止又は民営化すべきです。
しかし、国民生活には必要だけど、「この際地方へ下ろしてしまえ
」と乱暴な意見もあります。昨年から緊急雇用対策の一環として、ハローワークと自治体、社会福祉協議会に分かれた就労支援や生活保護の申請窓口を一本化する「ワンストップ・サービス」の提供が始まりました。
ところが、全国展開するはずのワンストップ・サービスが、東京、大阪、愛知での試行となりました。
当初、国は11月30日をワンストップ・サービスディと定め、全国の大都市圏、政令市、中核市で行うとして、215の市区町村と77のハローワークが参加しましたが、支援の規模が絞られてしまい、残念ながら全国展開に至りませんでした。
支援の規模を絞ろうとする動きの背景には何があったのでしょうか。
それは各自治体の台所事情にあります。
ワンストップ・サービスを実施するということは、職業相談や職業訓練の斡旋から生活相談、つまり生活保護の申請を受け付けることになります。
相談・受付まではハローワークの窓口で一括して受付ますが、生活保護の支給は国が4分の3、自治体が4分の1を支出することとなっています。
昨年10月の生活保護受給世帯は過去最多の128万世帯(前年比14万増)に達し、全体で3兆円をゆうに超えて地方財政を圧迫し続けています。
そこで、おいそれと生活保護を増やしたくないのが、自治体の本音でしょう。
実際多くの自治体が尻込みしたようです。
困窮者が集まる場所で、生活保護の申請まで受付けたら負担がさらに増えてしまいます。
負担を抑えるには、窓口を設けなければいいという逆立ちした論理です。
「どうしてもやるなら協力できない」と自治体から突き上げられた厚労省も「国が自治体に命令できる時代ではない」と積極的に動こうとはしませんでした。
このように、全国展開に至らなかった理由は、不況下で増加する一方の生活保護費をめぐる、国と地方のいびつな駆け引きだったようです。
ワンストップ・サービスは昨年12月、全国204カ所で実施されました。
ただ、生活保護申請を含む窓口一本化は実現しませんでした。
「政治主導」のスローガンだけでは打ち砕けない厚い壁だったんですね。
しかも「厚い壁」は、地方分権というマスコミが大好きな「正義」そのものだったのです。
マスコミのステークホルダーは、スポンサーであり、消費する国民なのです。
報道される悲惨な派遣社員やパート労働者などの勤労する国民ではありません。
話を戻しますが、
現在の社会状況下においては、自治事務ではなく法定受託事務であるはずの生活保護業務についても、「国が自治体に命令できる時代ではない」と、積極的に動こうとはしないことには合理的な理由があります。
地方自治体にゆだねるということはそういうことなのです。
それにしても全国のハローワークが厚労省の命令で迅速に行動し、窓口一本化はできなくてもワンストップサービスができたのは、何よりもハローワークが国の直轄機関であったからでしょう。
もし、地方分権派の方々の言うとおりに、ハローワークを地方自治体にゆだねていたとしたら、そもそもハローワークで何かすること自体からして、「国が自治体に命令できる時代ではない」と積極的に動こうとはしなかった可能性が高いのです。
地方分権というのはそういうことなのです。
行政刷新会議等において、国の公共職業訓練を地方自治体がやればいいという意見もありますが、国がやるべき事業を地方分権にゆだねて、それをやらなかった場合、あるいは、やれなかった場合のリスクを見積もる必要性があると思います。