今は大分と熊本が終着駅ですが、昔は「富士」も「はやぶさ」も西鹿児島駅が終着駅でした。
今から30年以上前の話ですが、大学受験で上京したとき、初めて「はやぶさ」に乗って、西鹿児島駅から東京へ向かいました。
同級生と2人でB寝台の3段ベッドの下段と中段で、私は下段でした。
西鹿児島を2時か3時ごろ出発したと思いますが、昼間は下段のみのシートで、3人3人の向かい合わせで、6人が座れて、特急列車と同じ扱いでした。
途中、鳥栖駅で長崎からやって来る寝台特急「さくら」とドッキングしました。
門司港駅を過ぎた辺りで、午後7時ごろになり、寝台をセットするための作業員がやってきました。
ここからは、カーテンを降ろして、各々プライベートタイムです。
昼間、私たちのボックスは、同級生と向かいに若いカップルの4人だけでした。
夜も同じメンバーで、駅弁を食べて歯磨きして、それぞれカーテンを閉めて、「傾向と対策」や「赤尾の豆単」で受験生勉強をしていました。
と、そのときカーテン越しの向かい側から、変な息使いが聞こえてきて、勉強どころではなかったことを思い出します。
浜松から静岡あたりで、夜が明けてきますが、太平洋の朝焼けが美しく、嗚呼、うすぐ東京なんだ。と胸が高鳴ったことを思い出します。(田舎者ですから…)
そして、横浜駅に停車しているとき、ホームにいる大勢の通勤客を見て、やっぱ都会だなあ
と感じました。東京駅へは朝10時半ごろ着いたと記憶しています。
例のカップルも、多分、スッキリと清々しい気持ちで降り立って行ったのだろうなあ、と思い起こす今日この頃です。
もちろん、私と同級生は素晴らしいブルトレの旅を満喫し、さまざまな興奮に酔いしれ、寝不足だったことを思い出します。
大学受験ですか


1番、right(当然)、イチロー

でした
