親子
RAKUGAKI
親と子が
何故こうもすれ違うのか
それはきっと お互いが
真っすぐだから
似たような方向に真っすぐだから
そんな真っすぐが触れ合うなんてことは
難しいね
見知らぬ誰かと誰かが
フニャンフニャンとグニャングニャンが
触れ合う方が
簡単だね
「おい、自分を曲げていこうか」
親子に限らず、親しき仲に、思い合う中にすれ違いってものがたくさんある。
それはきっと想ってるから故のもんだ。
想うとベクトルが生まれる。それは結構確固たるもんだ。
「あなたのために」
それはそれはマッスグな想い。
思いつきたくない悲しい考えだけど…
お互いがお互いを思いあったら人はすれ違うんじゃないか?
その可能性が極めて高いのではないか?
自分を一番に考えた方が意外にすんなりいくんじゃないか?
そこまでいかなくとも一歩ひいた立場の方がお互いを見つめあえるのではないだろうか?
正直と遠慮と嘘
思いやりと我慢と犠牲
凄いことやってかないとうまくいきゃしない
たとえそれが純粋無垢な心からの愛情だとしてもだ
あぁ僕は猫になりたい。