年末の忙しさにかまけてブログを更新できないまま年を越してしまったが、今年も書き続けていこうと思う。
さて、新年早々の大地震で、2024年は激動の年となることを伺わせている。また世界情勢も地盤と同じように不安定で、あいも変わらずの分断と紛争に人々の不安は増大している。
ただ、地震については定期的に訪れるものであり、長い人類の歴史から見ても、これらの災害に対処してきて今日があるわけだ。とは言うものの、愛する人や親しい人を亡くした悲しみは痛いほど共感できる。それはウクライナやガザで起こっている数万人の悲劇においても同じだろう。いや、憎しみの対象がいないだけ、自然災害の方がマシなのかもしれないが。
今回の地震でかろうじて救われたことは、珠洲市に原発ができなかったことと、志賀原発が稼働中でなかったこととだ。もし仮にどちらかのタイムラインが異なっていれば、福島の二の前になることは明らかだ。そして、放射能という、死を超えた生命滅亡の汚染物質を放出してしまうことになったかもしれない・・・。
さて、前回のブログで人類を支配しようとする意識体の正体に触れると予告したが、まさに新年早々、私たちはその意識体によってコントロールされ始めている。その手法は巧妙で、個々人の意識に簡単に入り込む。それはいったい何かと言えば、「死の恐怖」なのだ。それは自分自身の死でもあり、また愛する人や親しい人の死、そしてメディアで報じられる多くの死の報道に人々は憂い、死から逃れられることを常に意識する。
この「死の恐怖」があるのは当たり前だと、多くの人は思うだろう。しかし、実はこの恐怖心は「宗教」によって教えられてきたということを理解してほしい。
ここで一つの事例として紹介したいのが1906年に起こったバリ島での集団自決だ。当時植民地を求めてバリ島に攻め込んだオランダ兵の前で、王や僧侶や一般人が数百人規模の集団自殺を図ったという史実だ。バリ島の人々の宗教観は他と異なり、他人を殺すことが最も重い罪であり、死後の世界や転生において報いを受けるというものであったため、彼らは争いを避け自ら死を選んだという。それを目の当たりにしたオランダ人は、その行動を全く理解できず、さらには恐怖心まで覚えたと言われており、結果としてバリ島にだけは現地習俗、文化、宗教を極力保存する政策を敷いたという歴史がある。そして、この事件がきっかけで、西欧による植民地支配は後退していったことも興味深い。
この事件は私たちにある啓示を示しているのではないだろうか。例えば、人生を誰かに支配されるより、死の自由を選ぶことが尊いと教えられたとすると、奴隷制度は成り立たなくなるだろう。言いなりにならなければ殺すと脅されても、死を選べば彼らの思惑は無になる。
では、自分の死ならまだしも、目の前で自分の子供を人質にされ、言うことを聞かなければ殺すと脅された場合はどうか。その答えも同じである。自分がその場で死を選べば、彼らの思惑通りにはならず、結果として子供は殺されるかもしれないが、その悲劇を見ることはない。
ほとんどの人がその教えを受け入れ、死こそが最も避けるべきことのように考えている。そんな中で、多くの同胞を殺され、国を追われ迫害されたユダヤ教徒は、より強い死への恐怖を抱いていたに違いない。実は、そこに目をつけた意識体(死の恐怖を利用する意識体)が、優秀な一部の高級ユダヤ人や権力者の意識にウオークインし、この社会をコントロールするに至ったのである。
では、その意識体の正体とは何か。それはまさに畑を食い荒らすイナゴである。その狙いは、星々を食い荒らし、次なる星をまた食い荒らし、自分達に都合の悪い生命を絶滅させ、宇宙を支配することにある。そして、彼らの好物は、生命が苦しみ絶滅していく様を見ることという、かなり悪趣味なのだ。戦争や犯罪で多くの人が苦しみ悲しみ憎しみむ姿や、森や植物が破壊される様や、動物や微生物が絶滅する様が好きなのである。
その意識体の名はすでにご存知の方もいると思うが、色々な呼ばれ方をしているので混乱を避けるため、ここではイナゴ意識体と呼ぶことにする。そんなイナゴ意識体はこの地球を食い物にし、次の星である火星に進もうとするだけでなく、宇宙を支配するため、宇宙の広がりまでもを阻止しようとしていることも重要なのだ。
さて、宇宙の広がりを阻止することとはどういうことか。また、阻止する手段とは何かについて、次の回で書くことにしよう。