金環日食で大騒ぎの朝。
 ご他聞にもれず、子供と一緒に日食メガネを奪い合いながら空を見上げた。そのために、電車を数本遅らせ、なおかつ余分に電車賃を払って。

 いつもとは違うルートでの通勤のお供は、カラヤン/ベルリンフィルの最後の来日公演のライブ録音。モーツァルトの39番、そしてブラームスの1番。
 結果としてカラヤン最後の日本公演となった演奏。

 実のところ、モーツァルトの39番は、それほど好きな曲ではない。持ってるCDが、べームのモノラル録音、コーホー先生ご推薦のムラビンスキーの2枚だけ、というのが要因かも。遠い記憶では、この2つならベームの方が好きかも。純白の白鳥のような曲、なんてコーホー先生の言葉に従えば、このカラヤンのは真逆の演奏。実にカラフルな色合い。しかも古楽器演奏に始まる昨今の軽やかなモーツァルト演奏をあざ笑うかのように、分厚く重厚な響き、ロマンティックな表現。しかし、抗し難いこの魅力は何だろう。

 もともとこのCDが欲しかった理由は、次のブラームスにある。ライブを聴いた武満さんが、この演奏を絶賛していたという。それを聴いて、ミーハーな僕としては、聴かずにはいられない。

 いや何と凄い演奏か。これを聴くと、流麗で綺麗なだけ、東郷青児の絵みたい、なんて非難する人の気が知れない。第1楽章の重戦車のような重い響き、それに続いて浮かび上がる悲しげなオーボエの響きにまずは惹かれる。武満さんの言った「こんなに美しいオーボエを聴いたことが無い」という言葉が頭にあるせいかも、というのは、あえて否定しない。でもそれが無くてもきっと、この音なら引き込まれずにはいられなかったろうとも思う。もともと、管楽器の中では特にオーボエの音が好きで、オーボエが美しいというだけで、シベリウスのマイナーな曲を好んで聴いていたりするので。
 そして第2楽章、ここでもやはりまずはオーボエが何とも魅力的。これを実演で聴いたら鳥肌が収まらなくなるのではないか。コンマスの安永徹さんの証言では、この日、ある瞬間にオーボエが信じられないような素晴らしい音を出し、その瞬間、カラヤンもオケもそれに引張られるように変わった、とのこと。正直、素人の僕にはその瞬間がどこなのかはっきりとは判らない。ある人は2楽章だとも言うが、僕は1楽章かも、という説も捨てられずにいる。
 いずれにせよ、終楽章が終わった瞬間、背筋がぞくぞくして、目頭が熱くなった。駅から会社に向けて歩いている途中にも関わらず、音楽に引き込まれて、周りの情景は見えているようで見えていないような状態のまま、会社のドアを潜った。これは通勤中にヘッドホンなどで聴いては失礼な演奏だった。今度はちゃんと家でスピーカーの前に座って聴こう。

 これで、僕にはどうしても姿勢を正してからでないと聴けない特別な演奏が3つになった。一つは、ベルティーニ/都響のマーラーの第9番、もう一つはカラヤン/ベルリンフィルのエロイカ(ベルリンフィル100周年の演奏)、そして、このカラヤン/ベルリンフィルのブラ1。

 ところで、このときの音友がたまたま取ってあったので、手に取ってみたのだが・・・いやはや、評論家の先生方の酷評ぶりといったら、何だこりゃ、と思う。コーホー先生はともかく、それ以外の人たちもそろいも揃って、やれ「衰えた」だの、やれ「うまいけど感動しなかった」だの、ひどいものだ。評論家の意見などいかに当てにならないものか(全部が全部じゃ無いと思うが)。評論家の意見などよりも、会場の熱狂的な拍手の方が余程信じられるようだ。